賃貸住まいの高齢者

単身赴任生活が終わり、定年。でも生活できないから、、どうしよう。。

自己主張できない人

2022-07-25 20:17:05 | メンタル


他人の目を忖度しているのではありません。
他人からの否定や非難、抵抗などが怖くて言えないのです。
なので、嫌だと思うことでもOKしてしまうのです。
そうして病んでいくのです。
病んだ結果の行き着くところは「誰かを殺したら刑務所に入れる」
そういう考えまで浮かんでくる。
そうして、他人から「凶暴なヤツ」と指を刺されるのです。
だったら、嫌われてもイイから、「嫌だ!」と言いなさいよ。

ところで、中島みゆきさんの「ファイト」という歌があります。
「階段から子供を突き飛ばした女を目撃したけれどそれを言えなかった。私の敵は私です」
言えますか?
道で、電車の中で、街角で、「それは間違ってる」「嫌だ!」と声に出して言えますか?
おそらく徒党を組んでたら言えるんでしょう。
自分のその時の正義の感情を声に出せますか?
徒党を組んでて、そしてそれが間違いだと気づいて、「間違いだ!」って。

みんなおんなじ様に感じるのは私だけ?
私が道を外した殺人者の感情と同じであって、多くの人はみんな、正しいことをしっかりと見据えて、そして、自分が間違ってたら、それを認めて道をただして、方向を変える事ができますか?
「間違ってるかもしれないけれど今更言えない」ってなってませんか?

詐欺行為に知らず知らずにハマってたり、気づかないうちにどこかの怪しい集団の一員になってたり、受け子にされてるのを気づかずに、既にカタギに戻れなくなってたり。

「勇気」って言葉では簡単な行為に感じるかもしれませんね。
たかが一言のこと、が、とてもハードルの高い人がいる。
そして、その個人差を認めない人がいる。

人は人を見て育つ。
その人がなかなか交われない。
文化交流できない。

これから、更に 暮らしが悪化しないことを祈ります。
切に祈ります。
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脅迫神経症

2022-07-25 17:51:12 | メンタル

私個人の考えですが、
神経質な事は誰でも有り得る意識だと思います。

その意識が度を越すと強迫神経症という事になるのではないのか、と。

つまりそこに程度の差が存在する、と。

その程度はそれ自体にも個人差があるのではないのか、と。

ちょっとした事で神経質に考える人が、その人の今の現実の日常よりも更に忙しい日々を余儀なくされていたら、と仮定する。

そうした場合に、もしかしたら、「忙しいので神経質になり様もなくて神経を使う事をスルーする」かもしれない。

あるいは、余計に神経を混乱させて神経症を早期から発症するかもしれない。

その環境によって様々に変化する要素がある、と感じるのです。

人の感覚はいい加減であって、例えば、
随分とお腹を空かした人でも、セックスの最中ではあまりそういう感覚を意識しないだろうな、とか。

または、逆にそこまで腹をすかせていたら、本来の性欲自体も消えてるかもしれない。

人の性質と環境が、その場の状態によって色々と違うだろうな、と。

であるならば、病名などもいい加減なものであって、医者の診断すらも、ただのラベリングにしかならない場合も多々ありすだな、と思うのであります。

私はワリと神経質だと言われる事も、嘗ては多かったです。

今は、自然と、ある意味「どうでもいい」意識を持とうとしてますから、「大雑把な人」になって行ってる気がします。

最近はあまり意識しなくても大雑把になってる。

それと同時に、物忘れも随分多くなった。

覚えようとしない意識が強くなってる。

日々 碌なことが無いので、できるだけ多くの事を忘れたほうが得だと認識してるんだろうな、と。

それは自分がそうしよう、という意識の外でも、無意識に「忘れたい」という気持ちがどこかで作用してるんじゃ無いのかな、と。

だから、大事なことすら、忘れてる。

行動にもそれが出る。

どんどん多くなって行って、いずれは「ボケた」という状態になる。

そうなったら、シメたものかもしれません。

そういう気持ちを考えるという事は、やはり、神経質に物事を受けやすい環境に私自身が存在してるのでしょう。

覚えておきたい日々ばかりになるならば、脳裏に多くの記憶をしたい、と念じるのでしょうけれど、ただ、そういう老人が多くなればなる程に若者への負担も多くなりそうです。

それはそれで、あまり嬉しい未来とは思えない。

まぁ、人の事を考える余裕があるだけ まだ精神的に切羽詰まってないのか。

であるならば、やはり基本的に神経質な性質を持ち合わせてるんでしょうかな?

でもやっぱり、神経質な感覚がなくなるまで、そういう方向で歩いて行くんでしょうなぁ。
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高度情報化社会では いかに情報収集をするかが重要である

2022-07-25 05:57:53 | メンタル


高度情報化社会では いかに情報収集をするかが重要である

何の情報を取るか
どこから取るか
どう取るか
など

情報が混沌としてて嘘が非常に多い上に間違った解釈もたくさん発生する
間違った解釈により事実が嘘に変わる事がほとんど

従って、そこの見極めが決めてとなる
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