女性天皇と女系天皇との差異を一般の国民は知らず、また知らされていません。その無知につけこんでの、女系天皇擁立の危険をはらむ愛子さま天皇擁立論を国民に吹き込む「知識人」たちがいます。
孝謙天皇、重祚して称徳天皇を女性天皇の例として上げていますが、孝謙・称徳天皇はあくまでも一代きりの「場つなぎ」天皇であったことには、狡猾に触れていません。
歴史上の女性天皇は、未亡人か独身です。
国民をミスリードする知識人たちは、男系であっても愛子さまが天皇陛下となられ、そして民間の男と結婚されたとすると、その時点で皇室の血統が出自に「ある疑念」が持たれている小和田家のそれにとって変わられることを言いません。
男系で繋がれた皇統を辿れば神武天皇に行き着きますが、小和田家の血統はどこまで辿っても、三代前の先祖が不明という小和田家にしか行きつかないのです。
現行の皇室典範第1条には、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と定められています。
女性天皇擁立が不可なのは、「神道儀礼」の問題があります。宮中の神道儀礼には女性が行うことが出来ない儀礼が多種存在することを忘れてはなりません。
皇室典範の存在を前提に、愛子さま天皇などあり得ない、また愛子さまの知能含めた現在の状態では天皇は務まらないとする楽観論がありますが、油断大敵です。
まず典範に関しては、今上陛下の「お気持ち」に即して「特措法」により、やすやすと憲法違反と皇室典範無視が行われてしまったという現実。
愛子さまご本人がたとえ不適格であれ、結婚相手にハンドリングさせるという手段があります。仮説ですが出自ロンダリングした男を、伴侶として選ぶことがあり得ます。もうすでにその候補はいるのではないでしょうか。
ついでに述べれば、愛子さま天皇肯定論によく引き合いに出されることに天照大神は女性である、というのがありますが、これもまやかしです。
まず本来、神という無形の高次元の存在に「人間的意味」での性別などありません。この世に肉体を有した天皇と並べて論じるのは乱暴です。
天照大神は男神であった、という説も有力で伊勢神宮にお祀りされているのは、捧げられるのが男子の装束であることから男神であるとも言われています。だから天照大神の「性別」を根拠にした、女系天皇擁立論はまやかしです。このことは過去記事で詳細に検証したので、割愛します。
いずれにせよ、男系男子がいらっしゃるときに、見解が二分される天照大御神を引いての女性天皇正当化はまっとうではありません。
以下、コメ欄に頂いた読者さま投稿です。参考までに。
■皇族に人権はない。当たり前の事実を、日本人は忘れてしまったのか?/倉山満 2019年04月01日
倉山満が旧宮家復帰派に転向していてワロタ🤣 小野寺まことさんの”歴史の正視“による”天皇カルト“からの脱出を求める動画を、 記事にして頂きありがとうございます。
さて、BB様他記事のコメント欄で拝見した…
>「デマに注意」とメルマガで配信していた倉山満氏が、 >SPAのニュースサイトに東久邇家の家系図を乗せて水間さんの主張をパクったような記事を掲載して、倉山信者からひんしゅくをかってます。
SPA! 3ページ目 旧宮家皇籍復帰について https://nikkan-spa.jp/1562553/3 文頭から https://nikkan-spa.jp/1562553
>天皇の五世孫(玄孫)は、臣籍降下する。伏見宮家は、例外とされてきたのだ。
そうですよ! 世襲親王家という特別な家系なんですよ😤
今上陛下の血筋の基はこの傍系の伏見宮家から出た後花園天皇から発しており。 さらに後花園天皇直系の後桃園天皇まで直系継承されたが血統が途絶えたので、3世遡った東山天皇の第6皇子で中御門天皇の弟の閑院宮直仁親王(世襲親王家閑院宮初代)の、さらに孫である光格天皇が傍系の閑院宮から即位しました。 光格→仁孝→孝明→明治→大正→昭和→今上と、その後は直系で継承されています。
つまり。世襲親王家による傍系継承を否定したら、今上陛下否定になってしまうんです🤐
伏見宮とは… 世襲親王家の4家の中では最も歴史が古く、持明院統の嫡流で北朝の崇光天皇の第一皇子栄仁親王が初代です。宮家を嗣ぐ王子や天皇即位を目された王子は、時の天皇の猶子となり親王宣下を受けました。血のスペアとして時代を超えて皇統の伴走者を務めてきた宮家です。
世襲親王家は、伏見宮家、桂宮、有栖川宮、閑院宮の4家。 明治旧皇室典範により永世皇族制となり、親王宣下と世襲親王家の制度は終わりました。
第3代貞成親王の第一王子彦仁王(後花園天皇)は嗣子のない称光天皇の猶子となって皇統を継ぎ、先に述べたように、この系統が今日の皇室に連なっています。一方、貞成親王の第二王子貞常親王の系統は以後代々と伏見宮を継承し、明治になり邦家親王(香淳皇后に繋がる今上天皇高祖父)の代以降、伏見宮家の連枝が数多くの新宮家を創設しました。
そして、GHQに皇籍離脱させられた11宮家は全て伏見宮系😌
>一方、元皇族と旧皇族の皇籍復帰は多くの先例がある。特に一例ずつあげる。定省親王は、当時の藤原氏の圧力により臣籍降下させられ源定省となったが、皇籍復帰して第59代宇多天皇となられた。臣籍にあった源定省の子が源維城であり、父の皇籍復帰に伴い親王宣下され維城親王となった。後の第60代醍醐天皇である。
>宇多天皇は元皇族から、醍醐天皇は旧皇族から天皇となった先例である。いずれも寛平の治、延喜の治で知られる名君である。
>今こそ皇統保守のために、どなたに皇統に復帰していただくかを具体的に議論すべき時が来た。こうした際、「人権」を持ち出す論者がいるが、目もくれる必要はない。皇統保守は、婚姻の自由に優先する。
旧宮家復帰押しとなると、堂々「人権」もクソ喰らえ!そうだ尊い皇族に人権は無いんだ‼︎ これくらい言わないと、デマと罵った水間さん論説丸なぞりで終わっちゃうもんね😆
まぁ、これから頑張ってください。 だんだん旧宮家復帰へ風が吹いて来たのかしら。
■世襲親王家伏見宮家と旧宮家11家 皇統の伴走者伏見宮家及びそこから発した11宮家と天皇の具体的な関係を、ちょいと調べてみました。
女系派が言うように、どこの馬の骨?となり、ボーッと人知れず生きて来られた訳じゃ決してございません。
◆伏見宮家の歴代当主と天皇 (天皇猶子となり親王宣下は各代受けますが、兄弟が天皇に即位したり内親王を娶ったり天皇と特出した関係のある代のみ掲載しています。)
崇光天皇(北朝3代)→北朝4代は弟の後光厳天皇へ 初代栄仁親王 崇光天皇第一皇子 3代貞成親王 第一皇子が後花園天皇に 4代貞常親王 兄 後花園天皇より 「永世伏見御所と称すべし」と勅許下り世襲親王家となる
14代邦永親王 ←妃 福子内親王(零元天皇皇女) 15代貞建親王の母
15代貞建親王 ←妃 秋子内親王(東山天皇皇女) 17代貞行親王 =桃園天皇第二王子 18代邦頼親王 =貞建親王第二王子 貞行親王逝去により宮家継承 19代貞敬親王 今上天皇は来孫 貞敬親王-邦家親王-朝彦親王-邦彦王-香淳皇后-明仁 20代邦家親王 =今上天皇の高祖父 旧宮家11家の祖 24代博明王 皇籍離脱
◆邦家親王から発した11宮家 (内親王との婚姻、男系男子の有無、悠仁親王殿下同年代の男系男子のご存在。)
20代邦家親王 ・・・・・・・→山階宮・・・× ・・・・・・・→賀陽宮・・・◉1995年頃生1人、1998年頃生1人 ・・・・・・・→久邇宮・・・◉ ・・・・・・・→梨本宮・・・× ・・・・・・・→朝香宮☆・・◉ ・・・・・・・→東久邇宮☆★◉2004年生1人、2010年生1人、2010年頃生2人 ・・・・・・・→竹田宮☆・・◉ ・・・・・・・→北白川宮☆・× ・・・・・・・→伏見宮・・・× ・・・・・・・→閑院宮・・・× ・・・・・・・→東伏見宮・・×
明治天皇内親王が嫁がれた宮家☆ 昭和天皇内親王が嫁がれた宮家★
現在男系男子の方がいる宮家
◉ 現在男系男子の方がいない又は断絶した宮家×
青山繁晴氏が悠仁殿下と同年代の若い男子が5人いらっしゃると述べていましたが。 賀陽家の御次男と、東久邇家の4人の御令息方で5人ということでしょうか?
・・・・・・ここまで
旧皇族には、皇位を継承しさらに未来の皇位継承者を生み出すことのできる若い男性が数名います。
「有事」に備え各家は連絡会を結成しています、
「有事」とは継承男子激減と、それに伴う女系天皇誕生の危険性ではないでしょうか。皇統を継げる旧宮家にも覚悟は出来ている、と見るのは深読みに過ぎるでしょうか?
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祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え