大空を見上げて

日頃感じていること

愛犬シロの想い出

2019-11-30 | Weblog

     

          

    遠い昔、まだ目も見えない生まれたばかりの犬を父が知人からもらって来た。

私はシロと名前をつけとても可愛がって夏は海へ、雪が降る冬は手作りのソリ

を引かせたりいろいろな出来事が懐かしく今でも想い出される。

特に愛犬シロとのことで、忘れない事があります。

小五の時、近所の大人に連れられて山に行く事になり、友達5~6人で 私の

愛犬シロも一緒に行く事にしました。皆もシロ!シロ!と言いながら可愛がり

構ってくれました。

小さなトラックの荷台に乗り20k位先の岸壁に行き、其処から小船で5k先の

向島と言う大きな島に行きました。

その島は標高も高く険しいですが、自然な山が多くアケビや山ぶどう等が多く

採れます。

シロも山中を駆けずり回り、喜んでシッポを振りっぱなしでした。

弁当のおにぎりを食べ、冷たい山水を飲んで採ってきたアケビを食べた事を

覚えています。

午後も3時頃になり山道を下りかかった時、シロが突然吠え出し何か

「山犬、狼、きつね、たぬき」見つけたみたいで、私は思わずとシロ行け!

と言ったら、シロは吠えながらすごい勢いで追っかけて行きました。

それから少し待っていたのですが、シロが帰って来ません。

だんだん暗くなり、船が迎えに来る時間が迫っている為山を下りながら皆で

シロー!シロー!と何度も何度も呼びながら探しました。

あたりは暗くなりシロは見つからず船に乗る事になり、私は涙を溜めて島に

残ると言ったら大人の人に怒られ仕方なく乗り帰宅しました。

その日の夜は何にも食べないで泣いていた様に記憶しています。

次の日もその次の日も学校から帰ったら、自転車で島の見える場所まで行き

シロー!シロー!と暗くなるまで呼んでいました。

それから1週間位過ぎた早朝父に起こされ、「勝義シロが帰って来てるぞー!」と。

私は庭に裸足で飛び出しシロに抱きつき、シロも吠えながらシッポを振り、それは

今考えても私にとって劇的な再会でした。シロはやせてとても身体が冷たかった

ですが元気でした。

1週間何も食べないで、あの海を泳ぎ20kの道をどうやって帰って来たのか

今でも不思議に思います。

その日はシロに夕食の残り物のご飯や魚をいっぱい食べさせ、夜遅くまでシロの側を離れませんでした。

親に怒られ真夜中に家の中に入った事を覚えています。

その二年後シロは死にました。 

8年間過ごした愛犬シロとの別れは辛く父親と一緒に近くの草原の片隅に

穴を掘って埋め板に「シロの墓 さようなら」と書いたのを覚えています。

   それ以来動物は、飼った事はありませんが今でも犬が大好きです。
(写真:イメージですが、私の思い出にいつも浮かぶ子犬からのシロの顔です)

       

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海を越えて(姉の小説)

2019-11-19 | Weblog

姉の実話(妻が翻訳)

アメリカのカリフォルニア州に住んでいる夫の姉が5年前に
自分の半生をハワードの協力の元、書き上げアメリカで本を出しました。
 
当時、韓国の大邱(テグ)や仁川(インチョン)に住んでいましたが、
終戦と共に故郷の山口県に引き揚げて来ました。
生まれたばかりの主人の弟の死、母親の死、祖父の死、そして韓国からの
過酷な状況の中での逃避行。
日本に帰って来てからも厳しい生活が続きます。
別府でのバスガイドになったこと、友だちを通して芦屋基地にいたハワードと出会い、
結婚してアメリカに渡ることになります。
米軍の兵士だったので、全米の他ドイツ、スペインや日本の福生市、
そして沖縄、またアメリカへと転勤が続きます・・・。
日本海、太平洋、また太平洋、大西洋、地中海・・・と
いくつもの海を越えての生活を送ります。
幼い夫も知らない小さい頃の出来事や思い出も詳細に書かれていて、
夫にも読ませたいと思って、下手ながら4ヵ月かけて翻訳しました。
78079659_2805823782794955_1439069186692218880_n.jpg   
                        姉とハワード夫婦       (3年前スペインにて)主人と姉
友人が読みたいと言うので、私も久しぶりにまた読み直してみました。
訳は本当に稚拙で恥ずかしい限りですが、夫の幼い頃のことも
良くわかって面白いです。
人の人生、いろいろですね。  「妻のブログより」       
 
 
 
 
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嵐が奉祝曲を「国民祭典」で披露【フルコーラス】

2019-11-10 | Weblog
令和元年11月10日 天皇、皇后両陛下盛大なパレードが行われた。
日本人は天皇を中心として、日本国民全員がひとつの家族なんです。
           「国民祭典」で披露【フルコーラス】
 

 日本列島 国民は圧巻光景の祝賀パレードに酔う

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日本民族の先輩達に感謝!

2019-11-09 | Weblog

つもTVBSにて、プライムニュースを楽しく観ています。

最近の韓国の行動は日本の許容限度を超えている。徴用工判決は、1965年の日韓請求権協定という戦後の日韓関係の基礎を根底から壊すものであり、歴史を歪曲した前提での議論には日本は応じることはできない。

日本政府の安倍総理は国と国との正式な約束事を守れない国とは会談は難しいとの見解。

 現在の私達日本人の平和は我々の日本民族又先輩達のお蔭だと思う。 世界の歴史を見ると戦いの連続であり勝者が歴史を作ると言われている。
 人間として戦争は絶対いけないと思うが、白人の植民地政策の歴史を見ると東南アジア(シンガポール、中国上海、インドネシア、ビルマ、タイ、香港、マカオ)等日本近海は次々とが英国やアメリカ、オランダ、ポルトガル等の植民地なった歴史がある。 黄色人種で白人にまともに抵抗して戦ったのは日本民族だけである。
 人それぞれいろいろ意見があるだろうが大東亜戦争で日本は白人達の植民地政策を打破した事は間違いないと思う。 それがきっかけで戦後植民地だったほとんどの国が独立国となった。
 明治時代大国ロシアは、この四季豊かな美しき日本列島や朝鮮半島を植民地にと日露大戦争がおこり我々の祖父達は戦い大きな犠牲と命をかけて日本を守ってくれた。
その後日本は朝鮮半島を日本の植民地の様にしてしまったがその頃の朝鮮は自国の経済力は乏しく、又自衛する能力がなく仮に日本でなくてもロシア又中国の植民地になったただろう!いわれている。
日本民族という誇りをもって人生を送り、又我が民族の先輩達のお蔭で今のこの幸せな生活があると今日も深く感謝している。
 
 
  
 
                      
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感動!ラグビーワールドカップ2019 決勝

2019-11-03 | Weblog

【ハイライト】イングランド vs. 南アフリカ ラグビーワールドカップ2019 決勝

      

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