大空を見上げて

日頃感じていること

山田洋次の映画BS

2011-06-20 | Weblog
 この4月からNHKBSプレミアムで放映されている映画を楽しみに観ている。

毎日曜午後10時から2時間で、今迄三船敏郎の「無法松の一生」原節子の「東京物語」小林圭樹「名もなく貧しく美しく」吉永小百合の「キューポラのある街」など、画面に映る昭和20年後半から30年の街並みや車、その時代の人々の服装、家庭内の風景が懐かしく一人感動しながら観ている。
私と一回り年齢の違う妻は古すぎてあまり興味がないと言うのでその時は妻にあわせて他のを見る。
今年は家族編で50本放映との事、録画して妻がいない時一人静かに楽しみたい。

昨日の日曜、私は県庁にての県銃剣道連盟の役員、理事会があり今年の8月日本武道館で行われる全日本及び10月の山口国体又同じく10月23日の県大会に関しての会議があり出掛けて来た。
妻は教会へ。
嫁より父の日のプレゼント届く心より感謝している。       

                        
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懐かしき青春

2011-06-18 | Weblog

 大空に舞い降りる我が青春の想い出。
今回、妻が今年の空挺初降下の動画を入れてくれました。
「 空挺レンジャー松田 準備よし!いくぞー!おう!」

【第1空挺団】平成23年「降下訓練始め」Part3[桜H23/1/17]
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充実した日々

2011-06-14 | Weblog
 この数日木、金と会社から休暇を頂き土、日と4日間大変忙しくも充実した日々だった。
先週の9日の木曜日義父が膀胱がんで江戸川病院へ入院したので病院へ・・・
次の日10日内視鏡による手術だが、私達夫婦は奈良の叔母が亡くなりお通夜で家を朝6時に出た。
車内で携帯にて手術の様子を聞くと午前中に20分間で無事終了との事安心した。
千葉からのドライブで奈良県生駒まで780kmだが渋滞もなく時間調整しながら17時到着。
懐かしき親戚の方々と叔母の話をしながらお通夜終了後、凄い雨の中奈良パークホテルに泊まった。
次の日は葬式、火葬、初七日とすべて終え16時30分に葬儀場を後に3時間ドライブして三重県の国民宿舎湯ノ山ロッジホテルにて一泊した。
12日の日曜日ホテルを10時出発、15時東京に到着父の病院へ見舞いに、もう歩いて元気だった。
妻を実家に送り私は現役時代のOB会が18時から小岩のカラオケ・シダックスで。
久しぶりの昔の仲間18名と飲んで歌ってとても楽しく帰宅は夜遅くなってしまった。

*今年70歳となる私が往復1500kmのドライブをしながら恩義ある伯母のお通夜、葬式に妻と共に出席でき本当に良かった。
 又見舞いやOB会と元気で充実した日々をこなせる事に改めて健康だから出来ると神に感謝している。
   (妻のブログ「Yahoo検索:乳と蜜の流れる地へ」覗いて観て下さい。)
        

(満100歳の故伯母さん)(私達と故次男の奥様と孫達)(妻と故長男の奥様、孫のお嬢さん達)(故伯母の末弟御夫婦と私)(伯母の兄弟のご子息達)(湯の山ロッジホテル「三重県四日市」)
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叔母の旅立ち

2011-06-08 | Weblog
 今朝、奈良県生駒在住の叔母が亡くなったと連絡がきた。
亡父の弟の奥様で昔とてもお世話になった大事な身近な叔母である。

終戦の年、外地から引き揚げて放浪の旅をしていた私達家族を家に迎え入れ何ヶ月もお世話してくれた恩義ある人でもある。
叔母さんは「薫(亡父)さんには主人(父の弟)が若い頃に学費を工面してもらって、帝国大学の法科へ行かせていただいたので当たり前です。」と言っていた。
終戦後の混乱の時期で何処の家も自分達家族が食べていくのが精いっぱいで大変な時代、本当に迷惑を掛けて申し訳ないと生前父が感謝の言葉を口にしていたのを思い出す。

裁判官の夫を42年前(58才)、優秀な息子二人はそれぞれ10年前(60才)と12年前(64才)亡くして、長男の嫁と暮してきたが同居し可愛いがっていたお孫さんの女の子(21才)も亡くしている。
三年前妻と奈良へ会いに行った時、帰り際泣きながら私の手をなかなか離さなかった。
私はその時叔母の手を握りながら明治(43年)生まれの日本女子の強い魂を感じた事を思い出す。
師範学校出の叔母は若い頃は女学校の美人教師だった聞いている。
幾多の厳しい試練と悲しみを乗り越え長寿を全うした事に心より尊敬している。
本当にお疲れ様「ゆっくり安らかに!」と祈っている。
 *金曜日がお通夜なので新幹線又は自家用車にて妻と奈良へ向かう予定。
 その後荷物などある為、車と決定。
  土曜葬儀終了後帰宅へ、途中三重県桑名で一泊日曜夕方帰宅と決定。
            
 (写真:三年前奈良へ妻が編んだショールを肩に嬉しそうな叔母:妻が撮る)
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挑戦!運転競技会

2011-06-06 | Weblog
 先週土曜日、東京都公安委員会及び都市自動車業界の主催する自動車運転競技会に参加した。
普通車、大型トラック、自動二輪、大型バス、大型特殊、それぞれ希望種目にて運転技術を競いあった。

学科、適性等がありその後実地競技だった。
私は大型バス部門を希望し選手84名で三台のバスで行われた。
普段観光バスのプロの運転士が大半で、特別に作られたコースを法令を遵守しながら高度な運転技術が要求された。
私は狭路S、クランクコースそれぞれバックなど調子よくすべてうまくいったが、難問の鋭角で3回までなのに4回切り替えして大きくマイナスとなった。
あとは車庫入れも後方30㎝以内、すべて停止線誤差はなく接輪、脱輪等結構いたが、私はうまくいき自分なりに満足した。

結果は運転適性A(優秀)、学科92点、運転技能90点で16位で残念ながら入賞も出来なかった。
優勝又上位入賞は40代、50代のそれぞれ某観光バス職場代表のプロ運転士がしめていた。
私も教官時代、東京府中試験場にて行われた都内の各教習所指導員大会に会社代表で何度か出場し、二輪や普通車で優勝の経験をしたことがある。
しかしこの度の大会で入賞するには平均95点以上でないと無理、これが今の私の実力で年齢的にも感は鈍っていると自覚した。
        
                                             「学科教員のW氏と私」 
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青春を謳歌

2011-06-01 | Weblog
 私の子供時代、月一回集会所のような所で土曜の夕方幻灯会(フイルムの紙芝居)があり近所の子供達皆とても楽しみであった。
私の記憶では10歳(小3)の頃,初めて映画という物を観たと思う。
学校の課外授業で映画館へニュースと密林王ターザンを観にいった。
ターザン役のワイズミィラーは格好よく、私達ガキ仲間は山へ行き木にロープを垂らして「あ、あぁ~あ~」と叫びながらターザンごっこで夢中で遊び回ったことを思い出す。
30mの陸橋から水源地へ飛び込、急斜面を駆け降りたり、屋根から屋根へ飛び移ったり、現代の親が見たら肝をつぶす事を平気でやっていたような気がする。
                  
 
*二十歳の青春時代、自衛隊で落下傘降下やへりからロープで降下したりレンジャーの基本体力の限界まで野外走路訓練、地べた歩這く前進、垂直の外壁駈けずりおりる、崖から崖へのロープ一本の水平渡り等あらゆる事に耐えながら若さを謳歌した。
幼い頃のターザンごっこを思い出し、時々ふッといろいろ自分の人生を振り返ると元々こういうことが好きだったのか自分には適していたのかと思う事がある。
今考えると特別国家公務員として給料をもらいながら自分の好きな事ができ長い人生の中「我が青春に悔いはないな!」と思う。

                                                                                            
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