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好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

蒼穹ノ旗 一

2024年05月22日 | 薄桜鬼×ハリー・ポッター転生クロスオーバーパラレル二次創作小説「蒼穹ノ旗」
「薄桜鬼」と「ハリー・ポッター」の腐向け二次小説です。

作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。

1869(明治二)年5月、箱館。

鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争―旧幕府軍と新政府軍との戦いは、終わりを迎えようとしていた。
「土方さん、大変だ!弁天台場が、敵に包囲された!」
元新選組副長・土方歳三は、部下達を連れて五稜郭から弁天台場へと向かった。
しかし、一発の銃弾が彼の身体を貫いた。
「土方さん!」
土方と共に馬に乗っていた千鶴は、落馬した直後でありながらも、彼を人気のない場所へと連れて行った。
同じ頃、一人の少年が倒れた男を必死に引き摺っていった。
「先生・・しっかりして下さい!」
「ポッター、お前だけでも逃げろ・・」
「嫌だ!」
「我輩は、どうせ長くない。だが、貴様はここで死ぬべきではない。」
セブルス=スネイプは、そっと最愛の人と同じエメラルドの瞳をした少年―ハリーの頬を撫でた。
その間にも、マグルに撃たれた胸からドクドクと血が流れている。
「僕が、絶対にあなたを死なせはしない。」
ハリーはそう呟くと、持っていた脇差で己の手首を傷つけると、その血をスネイプに飲ませた。
ハリーがスネイプの呼吸を確めると、刀と共に腰に差していた杖を取り出し、その場から“姿くらまし”した。
「ハリー!」
「ハーマイオニー、早くこの人の手当てを・・」
そう言ったハリーは、気を失った。
「ハリー、しっかりして!」
自分に呼び掛ける友の声が、徐々に遠くなった。
「寒い・・」
「ねぇロン、本当にこの道で合っているの?」
「確かに、この辺りなんだけどな・・」
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、ホグワーツ魔法魔術学校の修学旅行で京都に来ていた。
魔法界の京都には、烏天狗や妖狐などの日本固有の妖怪で溢れていた。
三人は魔法界の京都を満喫した後、マグル界の京都で人気の和菓子屋へと向かっていた。
しかし、いくら歩いても、三人は目的地に辿り着く事が出来なかった。
「どうなっているんだ?」
「お前達、そこで何をしている?」
三人が同じ道を何度も歩いていると、そこへセブルス=スネイプが現れた。
「先生も道に迷ったんですか?」
「漢方薬を扱う店を探していたら、お前達に会っただけだ。」
スネイプはそう言った後、気まずそうに咳払いした。
「お前達、マグルの前では・・」
「“決して魔法を使ってはいけない”でしょう?でも、非常事態が発生した時は例外ですよね、先生。」
「さよう。」
スネイプは、杖を取り出すとハーマイオニーの背後に迫って来ている白髪の化物に向けて失神呪文を放った。
「ねぇ、あれ何なの!?」
「僕達にもわからないよ!取り敢えず今は安全な場所へ逃げよう!」
白髪の化物に向かってハリーは守護霊の呪文を放ったが、それは化物には効かなかった。
「ポッター、危ない!」
スネイプは白髪の化物に襲われそうになっているハリーを助けようとしたが、間に合わなかった。
白髪の化物がハリーに牙を剥こうとした時、刃がその身体を貫いた。
「あ~あ、はじめ君、そいつ僕が殺そうと思ったのに、仕事早いよね。」
「俺は己の務めを果たしているだけだ。」
突然自分達の前に現れた二人の青年からハリーを守ろうと、スネイプは彼に覆い被さった。
「ねぇ、もしかしたらこの人達、羅刹を見ちゃったんじゃないの?」
青年の一人は、そう言うとロンとハーマイオニーに刃を向けた。
「ねぇ、殺しちゃいましょうよ。」
「止せ、総司。この者達の事は、副長に任せろ。」
スネイプがハリーと共にその場から逃げようとしたが、背中に刃を突きつけられ、諦めた。
「逃げるなよ、背を向ければ斬る。」
スネイプとハリーがゆっくり背後を振り向くと、そこには艶やかな黒髪をなびかせた男が、アメジストのような美しい紫の瞳で二人を睨んでいた。
「先生ぇ・・俺達、どうなっちゃうのぉ?」
スネイプが我に返ると、ロンが半泣きになりながら自分を見つめていた。
「あんたが、こいつらの保護者か?」
「さよう。」
「悪いが、あんた達をこれから屯所へ連れて行く。ここじゃ、あんた達のような異人達は悪目立ちして、攘夷派の奴らに見つかるのは時間の問題だからな。」
「わかった。」
「ロン、しっかりして、泣いても何も解決しないでしょう!」
泣きじゃくるロンを立たせたハーマイオニーの姿を見た後スネイプはそっとハリーの手を取った。
「案ずるな、ポッター、我輩は必ずお前を守る。」
「先生・・」

ゆらりと、黒い人影がハリー達の背後を通り過ぎた。

「道に迷っていたら、羅刹に襲われたと?」
「そうです。」
「あの、僕達はどうなるんですか?」
「それは明日に決める。」
謎の化物に襲われた後、ハリー達はその場に居合わせた数人の男達に連れられ、彼らが“トンショ”と呼ぶ建物へと入った。
ハリー達の前には、黒髪の男と、眼鏡を掛けている男と、柔和な顔立ちをした男が座っていた。
「おいトシ、そんなに睨むな。子供達が怖がっているだろう?」
「そんな事言われてもなぁ・・」
「自己紹介が遅れたな。俺は新選組局長・近藤勇、それで俺の隣に座っているのは新選組副長・土方歳三。それと・・」
「わたしは新選組総長・山南敬助と申します。」
眼鏡を掛けた男は、そう言ってハリー達に微笑んだ。
「さてと、今夜は色々あって疲れたようですし、皆さんどうぞお部屋で休んで下さい。」
「わかりました。」
その日の夜、ハリー達は土方に用意された部屋で休む事にした。
「うわぁ、床に直接寝るなんて、一度もやった事がないや!」
「ロン、早く寝ましょう!」
「うん・・」
「二人共、お休み。」
「お休み、ハリー。」
ロンとハーマイオニーが部屋の襖を閉めた後、ハリーは布団の中に入って泥のように眠った。
―あいつを殺せ!あいつは化物だ!
紅蓮の炎に包まれた森の中を、ハリーは必死に走っていた。
その小さな胸には、一振りの脇差があった。
“ハリー、これを持って逃げなさい!”
“母さん達はどうするの?”
“何も心配するな、ハリー。大丈夫だ。”

それが、両親を見た最後の姿だった。

ハリー達が住んでいた集落は、突然やって来た人間達によって滅ぼされた。
父と母の消息は、未だにわかっていない。

―殺せ、こいつは化物だ!

はじめて自分が普通の人間とは違うと感じたのは、ハリーが七つの時だった。
両親が失踪し、彼は母方の親族に引き取られたが、そこでは毎日虐待を受けていた。
だが、その傷はすぐに塞がった。
彼らはそんなハリーを気味悪がり、蔑ろにした。
十一の時、ハリーに転機が訪れた。
ホグワーツ魔法魔術学校に入学し、自分が魔法使いであるという事を知ったのだ。
ホグワーツでの生活は、親族宅で過ごすそれとは違い、快適だった。
ハリーにとって、ホグワーツは“家”そのものだった。
(ヘドウィグ、元気かなぁ?)
何度も寝返りを打ちながら、ハリーはホグワーツのふくろう小屋に居るヘドウィグの事を想った。
「眠れないのか?」
「すいません、起こしちゃって・・」
「いや、我輩も丁度眠れなかった所だ。これから、我々がどうなるのか・・」
「これから、どうなるのでしょう?あの人達は僕達を、悪いようにはしない筈です。」
「そうだな。それよりもポッター、お前何か我輩に何か隠している事はないか?」
「いや、少し昔の事を思い出してな・・」
スネイプはそう言った後、ハリーに学生時代にあった“ある出来事”を話し始めた。
それは、魔法薬学の授業の時に起きた。
「今日は、“真実薬”を作ろう。」
スネイプはその日、いつものようにリリーと薬を作っていた。
問題が起きたのは、そろそろ授業が終わろうとしている頃だった。
「危ない、セブ!」
リリーは、大釜の中にあった液体を右腕に被って火傷してしまった。
「早く、エバンスを医務室へ!」
「リリー、大丈夫か?」
「ええ。」
リリーを医務室へ連れて行ったスネイプは、彼女が火傷した右腕の傷が塞がっている事に気づいた。
「リリー・・」
「セブ、わたしね・・」
リリーからスネイプが聞いた話は、俄かに信じ難いものだった。
彼女の一族は、中世の頃から続く吸血鬼の末裔だというのだ。
「でもリリー、君はマグル生まれじゃないか?」
「“先祖返り”っていうのかしら?わたしだけにその能力と血が受け継がれて・・」
「そうか。」
「ねぇセブ、これからもわたしと友達で居てくれる?」
「あぁ、勿論さ。」
「そんな事が・・」
スネイプからそんな話を聞いたハリーは、驚きの余り絶句した。
「どうして、先生は僕にそんな話をするんですか?」
「あの時、リリーはこうも言っていた。“もしかしたら、自分の能力と血が自分の子に受け継がれるかもしれない”と。」
「そういえば、僕も普通の人間より傷の治りが早いんです。その所為で叔母さん達から気味悪がられちゃって・・」
「そうか。」
「ロンとハーマイオニーは、この事を知っています。あと、ダンブルドア先生も。」
「あの白髪の化物は、リリーが以前言っていたものと同じものだったな。確か、ああいった化物は、“人工的”に作られるとか・・」
「“人工的”に化物を作るなんて、そんな事があるんですか?」
「一度、ニコラス=フラメルが持っていた“賢者の石”―それと似たようなものを作り・・」
スネイプがそう言った時、外から大きな物音がした。
「先生、今のは一体・・」
スネイプが襖を少し開けて外の様子を伺ったが、そこには誰も居なかった。
(気の所為か・・)
「先生?」
「気の所為だ、早く寝ろ。」
「はい・・」
スネイプが襖を閉めた後、山南は隠れていた中庭を後にして、ある場所へと向かった。
そこは、脱走した隊士達を監禁し、“実験”を行う場所だった。
蝋燭の仄かな灯りに照らされ、両手足を鉄枷で拘束された化物が、赤く光る目で山南を見た。
「食事の時間ですよ。」
「血を・・血をくれぇ!」
「喉が渇いて死にそうだぁっ!」
「そんなに慌てなくても、皆さんの分はありますよ。」
山南はそう言って笑いながら、懐からある物を取り出した。
それは、硝子壜の中に入った真紅の液体だった。
「また、失敗ですか・・色々と改良しなくてはいけませんね。」

山南は溜息を吐くと、そのままその場所から去った。
その中は、不気味な静寂に包まれていた。

ひょんな事から幕末にタイムスリップし、化物に襲われ、新選組に保護されてから一夜明け、ハリーは眠い目を擦り、強張った筋肉を軽く伸ばした。
「おはよう、ハリー。」
「おはよう。」
朝食の為、大広間に入ったハリーは、そこで眠そうな顔をしているロンとハーマイオニーに会った。
「二人共、良く眠れた?」
「全身が痛くて眠れなかったよ。」
そう言ったロンの顔には、畳の跡がついていた。
「あれ、スネイプ先生は?」
「おはよう、諸君。」
大広間にやって来たのは、黒の着流しに白い襷を掛けたスネイプだった。
「せ、先生、その格好!?」
「どうしたんですか?」
「何もする事が無いから、炊事を手伝ったのだ。」
「そうですか・・」
「てめぇら全員、揃ったな?」
歳三はそう言うと、じっとハリーを見た。
「あの、僕に何か用ですか?」
「いや・・」
「土方君、大変です!」
「どうした?」
「蔵に監禁していた羅刹が逃げ出しました!」
「何だと!?」
山南と歳三は、大広間から出て行った。
「どうしたんだ?」
「さぁね。」
二人はそのまま、大広間に戻って来なかった。
「ねぇ、さっき二人が言っていた“ラセツ”という奴って、何なの?」
「それは、わからないな。」
「余り深入りしない方がいいかもしれないわ。」
「そうだね。」
ハリー達がそんな事を言いながら厨で洗い物をしていると、そこへ歳三がやって来た。
「ハリー、来てくれ。」
「は、はい・・」
(何だろう・・)
ハリーが歳三と共に向かったのは、山南の部屋だった。
「君が、ハリー=ポッター君ですね?」
「あの、僕に何か用ですか?」
「土方君、彼と二人きりにさせて頂けないでしょうか?」
「わかった。」
山南と二人きりになったハリーは、不安そうな表情を浮かべながら彼を見た。
「君は、これが何だかわかりますか?」
山南は、懐から硝子壜を取り出し、それをハリーに見せた。
「これは、“生命の水”・・」
かつて、ロンとハーマイオニー達と共に“賢者の石”探しに奔走した事をハリーは思い出した。
「あなた方の“世界”では、そう呼ばれているのですね。」
山南はそう言うと、笑った。
「あの・・」
「これは、“変若水”・・わたしが、ある実験の為に使っています。」
「実験、ですか?」
「はい。さぁ、こちらへどうぞ。」
山南に連れられてハリーが向かったのは、屯所から少し離れた蔵だった。
そこは暗く、不気味だった。
「ここは・・」
「ここは、蔵です。」
奥から、獣が吼えているかのような声が聞こえて来た。
「あの、どうして僕をここへ連れて来たのですか?」
「昨夜、あなたとスネイプさんの話を聞いてしまいましてね・・」
山南は、そう言って暗く淀んだ目でハリーを見た。
「あなたの血を、わたしの実験の為に使わせて頂けないでしょうか?」
「え?」
ハリーは、脇差を手に自分に向かって来る山南に怯え、彼から少し後ずさった。
「スネイプ先生・・」
「どうした、ミス・グレンジャー?何かわたしに言いたい事があるのか?」
「実は・・」
ハーマイオニーが、山南にハリーが連れて行かれた事をスネイプに話すと、彼は厨から飛び出した。
「一体、何を言っているのですか、山南さん?」
「ほんの少しだけでいいのです・・」
山南が脇差を手に、ハリーへと少しずつ迫って来てこようとした時、スネイプが蔵に入って来た。
「エクスペリアームズ!」
スネイプはそう叫んで山南に杖を向けると、彼の手から脇差が飛んでいった。
「ポッター、大丈夫か?」
「は、はい・・」
「どうした、一体何があったんだ!?」
歳三が蔵に入ると、そこにはスネイプの武装解除呪文を受けて失神している山南の姿があった。
「この人、僕を襲おうとした!」
「それは、確かなのか?」
「はい。」
「そうか。ハリー、スネイプ殿はここから出て行ってくれ。後は俺に任せろ。」
「わかりました。」
「怪我は無いか、ポッター?」
「はい・・」
「一体、何があった?」
ハリーは、スネイプに山南と話した事を伝えた。
「そうか。心配するな、ポッター。あの男からは我輩が守ってやる。」
「はい・・」
それから数日経った。
大広間に山南の姿はなかった。
「暑いなぁ。」
「ジャパンの夏がこんなに暑いなんて思わなかったよ。」
ハリー達が新選組に保護されてから、数ヶ月が経った。
今日の茹だるような暑さに、ハリー達はへとへとになっていた。
団扇で顔を扇ぎながら汗を掻いているハリー達の隣で、スネイプは涼しい顔をしていた。
「どうして先生は、そんなに涼しそうな顔をしているんですか?」
「脇の下を紐で締めているだけだ。」
「え、そんなので、汗を掻かなくなるんですか?」
「試してみるといい。」
「はい・・」
ハリーは、道場での稽古の後、蔵へと入ってゆく山南の姿を見かけた。
彼は、少しやつれていた。
「おいハリー、そんな所で何をしているんだ、行くぞ!」
「わかった、すぐ行く!」
(何だか、嫌な予感がするな・・)
その日の夜、一人の芸妓が殺された。
彼女は、全身の血を何者かに吸われ、その肌は老婆のようにしわがれていた。
「厄介な事になっちまったな・・」
「ああ・・」
「これからどうなるんだ?」
「さぁな。」
コメント

大事なものは目蓋の裏 1

2024年05月19日 | ツイステ×薄桜鬼クロスオーバー腐向けパラレル二次創作小説「大事なものは目蓋の裏」
「薄桜鬼」「ツイステッドワンダーランド」二次小説です。

制作会社様とは一切関係ありません。

BL・二次創作が苦手な方はご注意ください。

リドルとアズールが純血の鬼設定です、捏造設定ありですので、苦手な方はご注意ください。

「ねぇアズール、ひとつ聞きたい事があるんだけれど・・」
「何ですか、フロイド?」
「俺達、何処に居んの?」
「それはこっちが聞きたいですよ~!」
アズール=アーシェングロットとその幼馴染であるジェイドとフロイド=リーチ兄弟は、見知らぬ場所を先程から全速力で駆けていた。
事の始まりは、ナイト=レイヴン=カレッジ内にある鏡舎で三人が取引先へと向かおうとした所、何かのトラブルが発生し、気づけば見知らぬ場所に居たのだった。
「ここ、金魚ちゃんの実家でもねぇし、学校でもねぇじゃん!」
「確かに、妙な建物がありますね。それに、先程から僕達を追い掛けている方達は、一体どなたなのでしょう?」
「そんなの知るか!」
「待て小僧~!」
「逃がすか~!」
三人を執拗に追い掛けていたのは、偶々彼らと目が合っただけの、変な身なりをした男達だった。
「これでは埒が明きませんよ、お前達、何とかなさい!」
「え~、無理言うなよ!」
「全く、しょうがないですね。」
アズールの言葉を聞いた双子は寮服の胸ポケットからマジカルペンを取り出し、男達に向かって攻撃魔法を繰り出したが、何も出なかった。
「え?」
「は?」
「こうなったら、仕方ありませんね・・」
ジェイドはマジカルペンを握り締めたまま、男達の内一人に回し蹴りを喰らわせ、もう一人の側頭部をマジカルペンで殴りつけた。
「暴力・・やはり暴力で全ては解決出来ます。」
「ジェイド、すげ~」
フロイドがそう言って笑っていると、突然三人の前に白髪の化物が現れた。
「ジェイド、フロイド、やっておしまいなさい!」
「了解~!」
フロイドは口端を上げて笑うと、化物の頭を潰した。
「何こいつ、チョ~弱ぇじゃん。」
「フロイド、余所見してはいけませんよ!」
「わかっているってぇ~」
ジェイドとフロイドが化物を倒していると、向こうから揃いの服を着た男達がやって来た。
「あれぇ、君達、何をしているの~?」
「ゲッ、何かやばそうな奴が来た。」
「少し厄介な事になりそうですね。」
「どうしました、二人共?」
ジェイド、フロイド、アズールが一斉に背後を振り向くと、そこには癖のある茶色の髪を揺らしながら、翡翠の瞳で自分達を睨みつけている男の姿があった。
「へぇ、君達が“あれ”を倒したんだぁ。」
「あの、申し訳ありませんが退いて頂けないでしょうか?僕達は先を急いでいるので・・」
「はいそうですかと、僕が逃がすと思う?」
男はそう言うと、白刃を煌めかせた。
「ふぅん、アズール、こいつ絞めていい?」
「お待ちなさいフロイド!何か考えないと・・」
拳を鳴らすフロイドを制したアズールは、あの化物が自分に向かって来ている事に気づいた。
「アズール、危ない!」
慌てたフロイドがアズールに駆け寄ろうとしたが、化物はアズールの眼前に迫っていた。
だがその化物の爪がアズールに届く前に、一人の青年が化物を一撃で斬り伏せた。
「あ~あ、僕が倒そうと思ったのに。はじめ君、仕事早いね。」
「俺はやるべき事をやっただけだ。それよりも総司、こいつらは・・」
「さぁ・・でも、“あれ”を見ちゃったから、見逃す訳にはいかないなぁ。」
「彼らの処遇を決めるのは俺達ではない。」
アズールがフロイドの元へと向かおうとしていると、冷たいものが首筋に押し当てられる感触がした。
「逃げるな、背を向ければ斬る。」
アズールが振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
月光に照らされた、美しい黒髪に紫の瞳、雪のような白い肌を持った彼は、まるで―
「アズール、何をしているんです?」
「ジェイド、フロイド、この方達に従いましょう。このままここで揉めても埒が明きません。」
「えぇ~、こいつら絞めたかったのに。」
「フロイド、アズールの言う通りにしましょう。」
「つまんねぇの。」
フロイドはそう言って舌打ちして不貞腐れたが、赤髪の恋人の姿を見るとすぐに笑顔になった。
「あ~、金魚ちゃんだぁ!」
「フロイド、どうして君がここに?」
「僕達も居るんですがね、リドルさん。」
「ジェイド、それにアズールまで・・一体、何で・・」
「それはこちらの台詞です。さぁリドルさん、行きましょうか。」
妙な所でアズール達と会ったリドル=ローズハートは、アズール達と共に浅葱色の服を着た男達とその場を後にした。
「トシ、その子達は?」
「今から話す。」
アズール達が黒髪の男に連れられた所には、数人の男達が座っていた。
「土方君、話をする前に、まず自己紹介をしないといけませんね。」
「そうだな。俺は新選組副長・土方歳三。俺の右隣に居るのが局長の近藤勇、近藤さんの隣に居るのが総長の山南敬助だ。みんなは、山南さんと呼んでいる。」
「皆さん、宜しくお願いしますね。」

こうして、アズール達は新選組で暮らす事になった。

―リドル、“あの事”はお友達には知られていないのね?
―はい、お母様。
―そう、なら良かった。リドル、あなたはもっと自分の魔力を管理しないといけないわ。
―はい、お母様・・

また、あの夢を見ていた。

リドルがオーバーブロットし、ウィンターホリデーに実家に帰省した際、母と交わした会話。

―あなたは、・・なのよ。”それ“を自覚して頂戴。

母が決めたルールは守らなければ。
そうしなければ。

「うっ」
リドルは急に胸の上が鉛のように重くなり、思わず呻いた。
ふと目線を上に向けて見ると、そこには自分に覆い被さっているフロイドの姿があった。
身長191センチの彼に覆い被さられ、リドルは必死に藻掻いてフロイドから逃れようとしたが、彼の身体はビクともしなかった。
「ウギィ~!」
「うるせぇな・・あ、金魚ちゃん?」
「首をはねてやる!」
リドルの怒声で、新選組屯所が揺れた。
「皆さん昨夜は良く眠れましたか・・フロイドさん、どうなったのですか、その顔は?」
「おやおやフロイド、その様子だとまたリドルさんにちょっかいを出しましたね?」
ジェイドはそう言うと、フロイドの顔に残る赤い手形を見た。
「リドルさんはどちらへ?」
「彼なら土方君の所です。」
「へぇ~・・」
「フロイド、顔が怖いですよ。」
大広間でアズール達が朝食を食べている頃、リドルは副長室に呼ばれていた。
「そうか。つまりお前達は、ここではない世界に居て、ここへ来てしまったと・・」
「はい。僕達が居た世界は、魔法が使えたのですが、この世界は魔法が使えないのです。」
「そうか・・まぁ、これからお前達の処遇を考えなきゃなんねぇが・・」
土方はそう言うと、眉間に皺を寄せた。
「あのデカい図体の奴らをどうするのかが問題だな。」
「ジェイドとフロイドの事は、アズールに任せておけば大丈夫だと思います。」
「アズールっていうのは、あの眼鏡の奴か?あの二人とどんな関係なんだ?」
「アズールとジェイド達は、幼馴染なんです。」
「朝飯の前に呼び出して悪かったな、もう行ってもいいぞ。」
「はい、では失礼します。」
リドルが副長室から出て大広間に入ると、フロイドが彼に抱きついて来た。
「金魚ちゃん、サメ方と何話していたの?」
「サメ方?」
「土方君の事ですよ。何でも、フロイドさん土方君の事が怖いみたいで・・」
「だってあの人、苦手なんだもん。海の中に居た頃、天敵と出くわした事を思い出しちゃってさぁ・・」
「海の中、とは?」
山南がフロイドの言葉を聞いて戸惑った顔をしていると、そこへ帳簿を持ったアズールが入って来た。
「フロイド、またリドルさんにちょっかいをかけているのですか?」
「アズール、それ何?」
「新選組の帳簿です。先程朝食の準備をしていたら、少し気になる事がありまして・・」
「気になる事?」
「食材が余っているというのに、その半分が腐っています。それで、食材をどう仕入れているのか気になりましてね。」
「アズール、相変わらずだね~」
フロイドはそう言って笑いながら、道場へと向かった。
「あ、やっと来た。」
そう言ってフロイドを迎えたのは、新選組一番隊組長・沖田総司だった。
出会った時から、フロイドと沖田はウマが合わないらしく、互いの目が合えば、「何、斬られたいの?」と沖田が言えば、「あ、絞められてぇの?」と、フロイドが返す始末だ。
「絞めてやるから、覚悟しろよ!」
「へぇ・・」
木刀で激しく打ち合う音が道場から聞こえ、ジェイドは洗濯物を干す手を止めた。
「どうしたんだ、ジェイド?」
「いえ・・まだフロイドと沖田さんがやり合っているなと思いまして・・」
「同じ顔をしていても、性格は全く違うんだなぁ~」
「ええ。」
ジェイドが藤堂平助とそんな事を話していると、道場の方からリドルの怒鳴り声が聞こえて来た。
「おやおや、何かあったのでしょうか?」
「行ってみようぜ!」
ジェイドと平助が道場へと向かうと、そこには顔を真っ赤にしてフロイドに怒鳴るリドルの姿があった。
「何で、僕だけが女物の着物なんだ!?」
「だって、仕方無いじゃん、金魚ちゃんは小さいんだから。」
「ウギィ~!」
「そんなに怒らなくていいじゃん~」
フロイドはそう言って唇を尖らせると、ジェイドはそれを見て溜息を吐いた。
「一体、何の騒ぎです?」
「ジェイドさん、いい所に。実は、リドルさんの着物を副長が選んで下さったのですが、どれも女物でして・・」
新選組三番隊組長・斎藤一が状況をジェイドに説明すると、ジェイドは噴き出した。
「何だ、そんな事でしたか。」
「ウギィィ、みんなまとめて首をはねてやる!」
「金魚ちゃん、落ち着いて・・」
「おい、一体何の騒ぎだ?」
「副長・・」
「おや土方さん、いい所に。」
沖田がフロイドに殴りかかろうとしているリドルを押さえていると、そこへ土方がやって来た。
「土方さん、リドルさんはあなたが選んだ着物が気に入っていないみたいなのです。」
「そうか・・リドルには色々見繕っていたんだが、男物には似合う物がなくてな・・済まなかった。」
「いいえ、事情を知らずに怒ってしまって、申し訳ありませんでした。」
リドルはそう言って土方に頭を下げると、道場から去っていった。
それから数日後、アズールは渋面を浮かべながら副長室へと入った。
「失礼致します、副長。実は、外出許可を頂きたいのです。」
「外出許可?理由は?」
「実は、ジェイドが一週間分の食糧を食い尽くしてしまって・・このままでは、僕達飢え死にしてしまいます。」
アズールは溜息を吐いて紫の着物の袖口で口元を覆った。
「わかった、許可しよう。」
「ありがとうございます。」
アズールはジェイドとフロイドを連れ、ジェイドが食べ尽くした一週間分の食糧を買いに、初めて京の町へと出た。
「何もかも僕達が住んでいる世界と違いますね。」
「えぇ。」
「ね~、これ重てぇんだけど~」
「フロイド、文句言わないで運びなさい。」
京の町は、アズール達にとって別世界そのものだった。
「な~、もう帰らねぇ?」
「そうですね。ですがその前に、昼食を済ませましょうか?そこに丁度いい店がありますし。」
「賛成~!」
「そうしましょう。」
アズール達は、買い物帰りに小料理屋で昼食を取る事にした。
「ジェイド、それ何杯目なの?」
「十杯目です。このおうどん、きのこが沢山入っていて美味しいです。」
そう言いながらうどんを啜るジェイドを、アズールとフロイドは呆れ顔で見ていた。
「アズール、見て下さい!きのこ雑炊にきのこの炊き込みご飯・・これは、頼むしかありませんね!」
「いい加減になさい、これ以上食べてどうするつもりですか!?」
「ねぇジェイド、俺帰りてぇんだけど・・」
「アズール、お店のご主人にきのこ雑炊のレシピを聞いて来ます!」
「もう帰るぞ!」
店に居座ろうとするジェイドをアズールとフロイドが二人がかりで店から引き摺り出した。
「あぁ、もっと食べたかったのに・・」
ジェイドは嘘泣きしながらアズールとフロイドを見て、彼らと共に屯所へと戻った。
「お帰り、遅かったね。」
「ええ、ジェイドが色々と寄り道をしていたので、帰りが遅くなりました。」
「そう。で、そのジェイド君は?」
「アズール、フロイド、お待たせしました!」
「ジェイド、お帰りなさい・・」
「うわ、土臭ぇ!」
「ただいま戻りました。」
そう言いながら満面の笑みを浮かべたジェイドは、背負子に大量のきのこが載った籠を積んでいた。
「お前、それは何ですか?」
「きのこです。小料理屋の店主から余ったきのこを頂きました。」
「それだけ貰ったんだ、こんな量を食べきれると思っているのか!?」
「僕が全部食べるからいいでしょう?」
「いい訳ないだろうが!」
アズールの怒声が、屯所に響いた。
「うわぁ、すげぇ量のきのこだな!」
厨に入って来た平助は、大量のきのこを見てそう叫んだ。
「今日はきのこの炊き込みご飯にしようと思います。」
「え~、俺いらない!」
「フロイドがそんな事を言うなんて、悲しいです、しくしく・・」
ジェイドは嘘泣きをしながらきのこの炊き込みご飯を作った。
「お、今日は美味そうなきのこの炊き込みご飯だなぁ・・」
「僕が作ったのですが、お口に合うかどうか・・」
「いやぁ、美味い!」
近藤の言葉を聞いたジェイドは、頬を赤らめた後俯いた。
「アズール君、リドルちゃん、土方さんが呼んでいるよ。」
「わかりました、すぐ行きます。」
夕食の後、アズールとリドルが副長室に入ると、土方は渋面を浮かべていた。
「失礼します。」
「お前達か・・」
土方の口から、アズールとリドルは信じられない言葉を聞いた。
「僕達が、島原に潜入ですか!?」
「あぁ。」
「お言葉ですが、何故僕達が島原に潜入―しかも女装して潜入しなければならないのでしょう?」
「うちは男所帯で、しかもガタイが良い奴ばかりだ。」
「・・それで、僕達に白羽の矢が立ったと・・」
「まぁ、そういう事だ。」
「わかりました、引き受けましょう。但し、後で“対価”を頂きますよ・・と言っても、もう頂いていますけれど。」
「は?」
アズールは口端を上げて笑うと、土方にある物を見せた。
それは、“豊玉発句集”だった。
「沖田さんに見せて頂きましたが、とても素敵な趣味をお持ちですね。」
「返せ・・」
「潜入捜査が終わり次第、お返ししますよ。」
そう言ったアズールは、何処か嬉しそうな顔をしていた。
こうして、リドルとアズールは島原に芸妓として潜入する事になった。
芸妓として完璧に“化ける”為、リドルとアズールは短期間で舞や琴・三味線などをマスターした。
「わたしの酒が飲めんのか?」
「こんな安酒如きで僕の心を買おうなんて片腹痛いですよ、僕に袖にされたくなければ高い酒を頼みなさい!」
「この程度で僕を満足させようだなんて、良い度胸がおありだね?」
島原に土方が来ると、置屋の女将が彼を出迎えた。
「二人の様子はどうだ?」
「それが、贔屓のお客様が増えてしもうて、二人共忙しそうに働いていますえ。」
「そうか。」
土方が女将とそんな事を話していると、奥の座敷の方から誰かが言い争うような声がした。
「離して下さい!」
「良いではないか。」
座敷へと土方が向かうと、そこには金髪紅眼の男と争っているアズールの姿があった。
「お前ぇ、何者だ!?」
「この者を、我妻として貰い受ける。邪魔をするなら斬り伏せる。」
「悪いが、そいつをてめぇに渡す訳にはいかねぇなぁ。」
「ほぉ・・」
土方と金髪の男が火花を散らしていると、そこへ一人の大男がやって来た。
「風間、こんな所に居たのですか、帰りますよ。」
「やめろ、離せ!」
「ご迷惑をかけて申し訳ありません。」
大男はそう言って土方とアズールに一礼した後、金髪の男を座敷から引き摺り出していった。
「怪我はねぇか?」
「はい。」
潜入捜査を終えたリドルとアズールは、副長室に呼ばれた。
「句集は返しますよ。」
「ありがとう。それとアズール、お前に絡んで来た金髪の男とは全く面識がないのか?」
「はい、あの方とは初対面です。」
「そうか。島原では、倒幕派の浪士達の動きに目立ったものはなかったな。」
「そうですね。ですが、おかしな噂を聞いたことがあります。」
「おかしな噂?」
「ええ。何でも、不老不死の“妙薬”を売り捌いている者が居るとか・・」
「不老不死の“妙薬”ねぇ・・」
土方はアズールの言葉を受け、渋面を浮かべた。
「心当たりがあるのですか?」
「あぁ。ちょっとついて来い。」
土方に二人が連れられたのは、山南の部屋だった。
「山南さん、ちょっといいか?」
「ええ。どうぞお入りください。」
「失礼致します。」

アズールとリドルが山南の部屋に入ると、そこには謎の液体が入っているフラスコが置かれていた。
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天使の唄 1

2024年05月19日 | ハリー・ポッター腐向け転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説「天使の唄」
ハリー・ポッターシリーズの腐向け二次創作小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

―ハリー、あなただけは生きて・・
母と瓜二つの顔をした女性は、そう言うと赤ん坊のハリーを抱き締めた。
“退け、女!”
“お願い、ハリーだけは、ハリーだけは!”
“アバダ・ケダブラ!”
緑の閃光が走った。
「ハリー、起きなさい!」
「おはよう、母さん。」
「ご飯、出来ているわよ。」
ハリーが眼鏡を掛けて自分の部屋から出てダイニングへと向かうと、そこには何処か険しい表情を浮かべたジェームズの姿があった。
「どうしたの、父さん?」
「また、ドーピング疑惑で15歳の選手が・・」
「またなの。」
「この選手を僕は良く知っているよ。ドーピングなんかする子じゃないのに・・」
「ジェームズ、落ち着いて。」
「済まない、リリー。」
「ハリー、今日は大切な日だから、精をつけてね。」
リリーがそう言ってハリーの前に置いたのは、彼の大好物の糖蜜パイだった。
「緊張するな、ハリー。いつも練習でしていた事をすればいい。」
「わかったよ。」
「それにしても、あのスニベルスがよりにもよって・・」
「セブルスよ、ジェームズ。」
「わかった・・」
ハリーは、両親に話していない事があった。
それは、自分に前世の記憶がある事。
リリーとジェームズを赤ん坊の時に亡くし、リリーの姉・ペチュニアの元で虐げられて育ってきた。
しかし、11歳の誕生日を迎えたハリーは、その時自分が魔法使いである事を知ったのだった。
「忘れ物はないか、ハリー?」
「うん。」
ジェームズが運転する車で、ハリーはスケートリンクへと向かった。
「ハリー、久しぶりだな!」
「シリウス!」
「少し会わない内に、大きくなったな、え?」
ジェームズの親友・シリウスは、そう言うとハリーを抱き締めた。
「そんなに変わっていないよ~!」
「はは、そうか。」
「ブラック、ここへは遊びに来たのかね?」
「スニベルス・・」
シリウスは、そう言うと苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「セブ、久し振りね!」
「リリー。」
ハリーのコーチ、セブルス=スネイプは、そう言うと幼馴染のリリーに微笑んだ。
「スニベルス、リリーは僕の妻なんだからな!」
「ジェームズ、黙って。」
リリーはそう言うと、ジェームズを睨んだ。
「ハリー、こちらへ。」
「はい、先生。」
ハリーはセブルスと共に、選手が集まる更衣室へと向かった。
「昨夜はよく眠れたか?」
「はい。」
「余り神経質になるな。」
「わかりました。」
この日、ハリー=ポッターにとって初めて臨むジュニアフィギュアスケート大会初日だった。
「行って来ます!」
元フィギュアスケート男子シングル世界王者、ジェームズ=ポッターの一人息子・ハリーが世界中に注目されるようになったのは、彼が11歳の時に撮影された動画だった。
その動画を撮影した親バカ全開のジェームズが、その動画を動画配信サイトにアップした所、あの難易度が高いジャンプを11歳のハリーが跳んでいる姿を観た者達からは、“流石キングの息子”、“将来が楽しみ”と称賛の声が上がった。
動画はすぐにリリーによって削除されたが、それは数々のサイトに転載され、大いにバズった。
「あなた、何て事をしてくれたのよ!」
「いやぁ~、流石僕の息子だなぁ~、ジャンプの着氷がいい!」
「ジェームズ!」
まだノービスクラスに居たハリーは、その動画で瞬く間に有名人となった。
有名人の子供として生まれてしまったが故に、ハリーは同級生から嫉妬などを受け、少しスケートが嫌いになりかけていた。
そんな時、ポッター家に一人の男が訪ねて来た。
その名は、セブルス=スネイプ。
ジェームズと共に世界で活躍していた元フィギュアスケーターで、現在は銀盤の世界で、“鬼コーチ”としてその名を轟かせていた。
「スニベルス、何の用だい?」
「セブ、久し振りね。」
「リリー、元気そうで良かった。実は、ここへ来たのは君の息子の、ハリーの事で話があるんだ。」
「ハリーの事で?」
「スニベルス、一体何を・・」
「ハリーを、我輩に預からせて頂きたい。」
「はぁ!?何言ってんだ・・」
「セブ、わたし達にもわかるように話してくれない?」
「ハリーの、あの動画を観た。」
スネイプは、そう言うとジェームズの方に向き直った。
「ハリーは、誰かの弟子なのか?」
「あぁ、コーチの事?実は僕がやろうと・・」
「ハリーのコーチは、我輩がやる。」
「な、なんだってぇ~!」
「お前のようなテキトーな人間に、ハリーにフィギュアスケートの何たるかを教えられる訳がなかろう。」
「ただいま~!」
「ハリー、お帰りなさい。」
「母さん、この人が僕のコーチになる人?」
「そうよ。ハリー、ご挨拶なさい。こちらが、今日からあなたのコーチになる、セブルス=スネイプさんよ。」
「初めまして、ハリー=ポッターと申します。」
(憎い父親に似ているが、目はリリーの美しい緑色の瞳だ。)
「よろしく頼む。」
これが、セブルス=スネイプとハリー=ポッターの、運命の出会いだった。
「リリー、本気なのか?」
「ええ。わたしは、ハリーを信じているわ。あの子には、才能がある。わたしとあなたとは違う才能が。」
「君がそう言うのなら、僕は何も言わないよ。」
「ジェームズ、セブの事を苛めないでね?」
「わ、わかっているよ!」
「そう・・」
スネイプの元で、ハリーはスケートの才能を開花させていった。
そして、彼は“この日”を迎えた。
最終滑走のハリーは、緊張しながらその時を待っていた。
「ハリー、わたしと今までしてきた事を思い出せ。」
「はい、先生・・」

その大会で、ハリーは優勝した。
しかし、その前に彼は転倒し、額に稲妻型の傷が残った。

それは、大会前の六分間練習の時に起こった。
ハリーは、リンクで演技の最終確認をしていたが、その時一人の選手とぶつかった。
「ハリー!」
転倒した衝撃で、ハリーは気を失った。
「脳に異常はありません。」
「そうか。」
「棄権させた方がいいかもしれない。」
「それは、我輩達が決める事ではない。」
「セブルス、何を・・」
病院の処置室前でスネイプはそう言うと、ハリーがそこから出て来るのを待った。
「ハリー、もう大丈夫なの!?」
「うん。」
頭に包帯を巻いたその姿は痛々しかったが、ハリーの緑の瞳は闘志に燃えていた。
「ハリー、棄権するか?」
「嫌です。」
「そうか、わかった。」
「セブ、ハリーの事をお願いね。」
「わかった。」
その後、病院から試合会場へと戻ったハリーは、圧倒的な演技で世界中をわかせ、優勝した。
「良くやった、ハリー!流石パパの子だ!」
「やめてよ、父さん。恥ずかしいよ。」
「帰ったら、祝勝パーティーをしよう!」
「ハリーは疲れているから、休ませてあげないと。」
「うん、そうだね。」
「スネイプ先生、さようなら。」
「さようなら、ハリー。」
会場から遠ざかってゆくポッター家の車が見えなくなるまで、スネイプはその場に佇んでいた。
「あ~、僕の可愛いハリーに、傷が!」
「名誉の負傷よ。それよりもジェームズ、あなたはいつまで経ってもセブの事を目の敵にしているわね?」
「そ、そんな事はないよ!」
「目が泳いでいるわよ。」
「そ、そうかな?」
「言っておくけれど、セブに何かしたら・・あなたを一生許さないわ。」
「リリー!」
大会から一週間が経った後、ハリーがいつものようにスケートリンクに併設されているバレエスタジオでクラシックバレエのレッスンを受けていると、そこへジェームズ、シリウスの親友、リーマス=ルーピンがやって来た。
彼は白髪交じりの明るい茶色の髪を揺らしながら、ハリーの隣に立って柔軟体操を始めた。
「やぁハリー、元気そうだね?」
「ルーピン先生、お久しぶりです。」
「“先生”はよしてくれ。」
「すいません、つい“昔の癖”で・・」
「そうか。」
“昔”狼人間に噛まれた傷痕は、彼の顔にはない。
「さっき、セブルスと会ったよ。彼は、君の事を捜しているようだったよ。」
「そうですか。じゃぁ、僕はこれで失礼します!」
ハリーは慌てて荷物を纏めると、バレエスタジオを後にした。
「全く、君は“昔”のままだね、ハリー。」
遠ざかってゆくハリーの背中を見つめながら、ルーピンはそう呟くと笑った。
「すいません、遅れました!」
「遅いぞ、ポッター。」
息を切らしながらハリーがスケートリンク内の会議室に駆け込むと、そこには渋面を浮かべ、腕を組み仁王立ちをしているスネイプの姿があった。
「座れ。」
「は、はい・・」
「ポッター、これが何だかわかるかね?」
「はい・・」
今自分の前に置かれているのは、ハリーの成績表だった。
「何故我輩が君をここへ呼んだのか、わかるか?」
「わかりません・・」
「数学の成績が下がっているな。」
「それは、練習が忙しくて・・」
「言い訳をするな。」
スネイプはそう言うと、ハリーを睨んだ。
「いいか、これから君は練習や大会が忙しいからといって勉強を疎かにしてはならない。なので、これから君の勉強は、我輩が見る。」
「え・・」
「何か、不満でも?」
「いいえ・・」
こうして、ハリーはスネイプに勉強を教えて貰うようになった。
スネイプの教え方は正確で、ハリーは苦手だった数学が徐々に理解できるようになっていった。
「ただいま。」
「ハリー、お帰り。スニベルスから、何か言われたのか?」
「ジェームズ!」
帰宅したハリーが浮かない顔をしていたので、ジェームズが心配して彼にそう尋ねると、リリーに睨まれてしまった。
「今日、数学のテストがあったんだ。僕、クラスで一番だった。」
「すごいじゃないか、ハリー!」
「でも、マルフォイが・・」
「マルフォイ?あぁ、お前にあいつが何を言ったのかは、簡単に想像できる。そんな奴は、無視が一番だ。」
「うん・・」
「さぁハリー、そんな顔をしないでパパにハグしてくれ!」
「二人共、ハグが終わったら手を洗って。」
リリーは少し呆れたような顔をしながら、ハグを迫るジェームズと、彼から逃げようとするハリーを見た。
「ハリー、おはよう。」
「おはよう、ハーマイオニー。」
「昨日の数学のテスト、全問正解だったわね!」
「優秀な先生が勉強を教えてくれたから、前より良くなったかな。」
「へぇ、どんな先生なの?」
「僕の父さんの同窓生で、セブルス=スネイプって人。」
「スネイプって、あのスネイプ!?」
「ハーマイオニー、君まさか・・」
「わたしも、あなたと同じなの。ロンも、彼の家族もよ。」
「そうなんだ。」
初めてロンとハーマイオニーと会った時、ハリーは漸く彼らと再会出来て嬉しかった。
だが、人生とは楽しいものではない。
「また、“穢れた血”とつるんでいるのか、ポッター?」
「黙れ、マルフォイ。」
「行きましょう、ハリー。こんな人と話すだけ時間の無駄よ。」
“昔”―前世では色々と因縁があったドラコ=マルフォイとも再会を果たしたハリーだったが、彼の性格は今でも変わらないらしい。
「ハリー、今日新しい先生が来るんだって!」
「へぇ、そうなんだ。」
そんな事をハリー達が教室で話していると、スネイプが教室に入って来た。
「おはよう、我輩がこのクラスの担任を務める事になった、セブルス=スネイプだ。」

(え、えぇ~!)
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天使の唄 設定

2024年05月19日 | ハリー・ポッター腐向け転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説「天使の唄」
ハリー・ポッターシリーズの腐向け二次創作小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

ハリー=ポッター 記憶有り

前世は、“魔法界の英雄”だった。
父親がフギュアスケーターだったという事もあり、11歳でスケートの才能を開花させる。
コーチのスネイプとは、良好な関係を築いている。

セブルス=スネイプ 記憶無し

ハリーのコーチ。
かつてはハリーの父・ジェームズと共に世界で活躍していたフィギュアスケーターだったが、引退。
何かと自分に絡んで来るポッター父子に手を焼いている。

シリウス=ブラック 記憶有り

ジェームズの親友。
ハリーの名付け親で後見人でもある。
スネイプとは犬猿の仲。

リーマス=ルーピン 記憶有り

ジェームズ、シリウスの親友。
ハリー達の良き相談相手。

ジェームズ=ポッター 記憶有り

元フィギュアスケーター。
スネイプとは反りが合わない。

リリー=ポッター 記憶有り

ハリーの母。
スネイプとは幼馴染。

アルバス=ダンブルドア 記憶有り

ホグワーツ校長。
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鈴蘭が咲く丘で 第1話

2024年05月15日 | 薄桜鬼 ヒストリカルファンタジーパラレル二次創作小説「鈴蘭が咲く丘で」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「ねぇ、こんな所に本当に居るの?」
「だから、確かめに行くんじゃない!」
スマートフォンと小型カメラをそれぞれ片手に持ちながら、グレースとアリシアはロンドン郊外にある廃墟へと向かった。
そこはかつて貴族のお屋敷だったとも、精神病院だったとも言われている、“いわくつき”の廃墟だ。
廃墟探索ユーチューバーとしてそこそこ人気がある二人は、その廃墟へ向かった。
そこには蔦が絡んで、いかにも廃墟といった寂れた雰囲気を醸し出していた。
「うわぁ、“何だか出そう”ね。」
「もう、やめてよ。」
そんな事を言いながら二人が廃墟の中へと入っていくと、奥の方から物音がした。
「ねぇ、何か音がしなかった?」
「気の所為じゃない?」
二人が物音のする奥の方へと向かうと、そこは子供部屋だったようで、朽ちた乳母車が転がっていた。
「さっきの音は、この音だったのね。」
「なぁんだ、びっくりしたぁ。」
二人がそう言って笑いながら他の部屋を探索していると、再び何処からか物音がした。
「さっきより寒くなって来たわね。」
「そうね、もう帰ろう。」
二人が子供部屋全体をカメラとスマートフォンで撮影した後、彼女達は“何か”が自分達に近づいて来ている事に気づいた。
「早く帰ろう・・」
「うん・・」
二人がドアを開けて外から出て行こうとした時、彼女達の前に謎の黒い影が現れた。
「きゃぁぁ~!」
「いや~!」
彼女達の消息は、そこで途絶えた。
この動画がユーチューブにアップされた数日後、グレースとアリシアの遺体が子供部屋で発見された。
彼女達の死因は、失血死だった。
何故、彼女達が殺害されたのかは、事件発生から6年経っても解明されていない。
廃墟は維持費の問題で取り壊す事が決まったのだが、工事の度に怪我人や死人が続出し、工事を請け負っていた建設会社が倒産し、更に工事を推し進めていた自治体が経営破綻し、住民達は寂れた町を捨て、かつて“鉄の町”として栄えた町は、廃墟と化した。
「もう、すっかり変わっちまったな。」
朽ち果てた町を車窓から眺めながら、男は溜息を吐いた。
高台の上に建っている廃墟と化した屋敷は、かつては色とりどりの美しい薔薇が咲き誇った中庭があり、いつも笑顔と笑い声が絶えない屋敷だった。
そっと中庭へと入った男は、そこで美しい鈴蘭が一輪、咲いている事に気づいて、思わず笑みを浮かべた。
「まだ、残っていたのか・・」
男はそっと鈴蘭の花を一輪摘むと、屋敷の中へと入った。
150年以上経っているから、屋敷の中はかなり荒れ果てていた。
軋む階段を恐る恐る上がった男は、廊下の奥にある寝室の中へと入った。
そこには、かつて家族が共にこの屋敷で過ごした写真が壁に飾られていた。
男は、そっと寝台の近くにある引き出しを開け、一冊のノートを取り出した。
それは、屋敷の主人が遺した日記だった。
 ノートを開くと、そこには一組の夫婦の写真があった。
「会いに来たよ・・父さん、母さん。」
ノートに書かれた字を男がなぞると、朽ち果てた部屋がまるで魔法にかけられたかのようにかつての美しい姿へと戻った。
(ここは・・?)
「まぁ、そんな所に居たのね。もうすぐ夕飯の時間だから、下りてきなさい。」
寝室のドアが開き、レースのエプロンと黒いモスリンのワンピース姿のハウスメイドが中に入って来た。
男は、ハウスメイドの後について一階へ降り、ダイニングルームに入ろうとすると、彼女が慌てて止めた。
「あんたが入るのは、こっち!」
ハウスメイドに連れられて男が入ったのは、使用人専用のダイニングルームだった。
「今日は大した物がないね。」
「それは嫌味かい?こっちは朝からパーティーの準備で忙しいっていうのに。」
料理番・エイミーは、そう言って顔を顰めた。
「そんな顔をしないでおくれ。」
「あの、ここは何処なんですか?」
「あんた、若いのにもうボケちゃったのかい?ここはハノーヴァー伯爵様のお屋敷だよ!」
自分をこの場所へ連れて来たハウスメイド―レイチェルはそう言って大声で笑った。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「はい・・」
レイチェルによると、自分はこのお屋敷で従僕見習いとして働いているという。
「遅かったわね。」
「申し訳ありません。」
二階の子供部屋へと男―トシが向かうと、そこには顰め面をしている女性が立っていた。
「まぁいいわ。これから、坊やのおむつを縫って頂戴。」
「はい、わかりました。」
「わたくしが居ない間、坊やをちゃんと見ておいてね。」
「はい・・」
(一体何がどうなっていやがる?)
そんな事を考えながら、トシはハノーヴァー伯爵家の嫡子・アーサーのおむつを縫っていた。
するとそこへ、一人の少年が子供部屋に入って来た。
「トシさぁ~ん!」
焦げ茶の、少し癖のある髪を揺らし、美しい翠の瞳を煌めかせたその少年は、トシに抱き着いた。
「誰だ、てめぇは?」
「トシさん、もしかして僕の事忘れたの?」
少年は、涙で翠の瞳を潤ませた。
(こいつ・・)
「まぁ八郎様、こちらにいらっしゃったのですね!さぁ、旦那様がお呼びですよ!」
「嫌だぁ~、トシさぁん!」
謎の少年は、レイチェルに首根っこを掴まれ、子供部屋から連れ出された。
「ごめんなさいねぇ、あの子が何か迷惑な事をしなかったかしら?」
少年とレイチェルと入れ違いに入って来た貴婦人は、そう言った後花が綻ぶかのような笑みを浮かべた。
「はい、これ。」
「あの、これは・・」
「お菓子よ。後でこっそりお食べなさい。」
「ありがとう、ございます・・」
「また、会いましょうね。」
彼女は、そっとトシの頭を撫でると、子供部屋から出て行った。
(素敵な人だったな・・)
その日の夜、トシは貴婦人から貰った焼き菓子の袋を開き、それを一つ食べた。
トシが菓子を頬張っていると、裏庭の方から大きな物音がした。
(何だ?)
トシが裏庭へと向かうと、そこにはこの屋敷でキッチンメイド見習いとして働いていたエリーの姿があった。
彼女の首には、刺し傷があった。
「どうした、坊主?」
「人が、死んでいるんです。」
「何だって!?」
庭師のジョーが警察を呼ぶと、ハノーヴァー伯爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「エリー、どうしてこんな姿に!」
「トシ、犯人の姿を見たの?」
「いいえ。俺が駆け付けた時には・・」
「そう。疲れたでしょう、部屋へ行って休んでいなさい。」
「はい。」
トシが使用人専用の寝室へと向かおうとした時、彼は誰かが言い争っている声を聞いた。
「エリーを殺したのは、あなたなの!?」
「俺じゃない、信じてくれ!」
「あなたの事は、信じられないわ!」
声は、若い男女のものだった。
顔は見えなかったが、女の方は髪に青い蝶の髪留めをしていた。
(あいつら、誰だったんだ?)
そんな事を思いながら、トシは深い眠りの底へと落ちていった。
翌朝、トシが眠い目を擦り寝室から出ようとした時、窓に鮮やかな青い蝶の髪留めをした女が映ったので慌てて彼は彼女の後を追った。
(何処だ?)
トシが女の後を追っていると、急に彼は険しい崖が目の前に現れたので、慌てて立ち止まった。
屋敷へと戻ろうとする彼の背を追い掛けるかのように、不気味な女の笑い声が響いていた。
「トシ、あんたこんな朝早くに何処に行っていたんだい?」
「エイミーさん、実は・・」
トシは、エイミーに青い蝶の髪留めをした女の話をした。
「あぁ、その女は、“死神”さ!」
「“死神”?」
「あんたは、まだここに来て日が浅いから知らないんだね。」
エイミーによると、その昔この屋敷に住んでいた貴婦人が居て、彼女はいつも恋人からの贈り物であった青い蝶の髪留めをよくしていたという。
「彼女は、只管愛する男の帰りを待った・・裏切られている事にも気づかずにね。」
「それは、一体・・」
「彼女の恋人は、戦地で病に罹って、向こうに住む女と夫婦になったのさ。」
「それで?」
「あの女は、崖から飛び降りて死んじまった。でも夜な夜な崖まで男を誘き出して殺すようになったのさ。」
だから、青い蝶の髪留めをした女を見かけても、決して追い掛けてはいけないよーエイミーはそうトシに釘を刺すと厨房へと消えていった。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「は、はい!」
トシは今日もアーサー坊ちゃまのおむつを縫い、奥様の愚痴を聞いた。
「トシ、はいこれ。」
奥様はそう言うと、トシに小遣いをくれた。
「これで好きな物でも買いなさい。」
「はい。」
トシはエイミーの夕飯の買い出しに付き合うついでに、初めてお屋敷の外から出た。
町は、活気に溢れていた。
「あたしはパン屋に行くから、あんたは本屋にでも行っておいで。」
「はい。」
トシはエイミーとパン屋の前で別れ、本屋へと向かった。
本屋は、少し町の外れにあった。
「いらっしゃい。」
店主は、眼鏡を掛けた優しそうな老人だった。
「あの、今日は・・」
「今日は、君が読みたい本が入って来たよ。」
「ありがとうございます。」
トシは、奥様から頂いた小遣いで本代を払った。
「気を付けて帰るんだよ。」
「はい。」
本屋から出たトシは、パン屋の前でエイミーと待ち合わせして、お屋敷へと戻った。
「今夜はゆっくり出来そうですね。」
「そうだね。夏の社交期はまだ先だし、暫くゆっくり出来そうだよ。」
エイミーがそう言いながらジャガイモの皮を包丁で剥いていると、レイチェルが何処か慌てた様子で厨房に入って来た。
「どうしたんだい、レイチェル?そんな顔をして?」
「うちの人が・・」
レイチェルの夫で町の教師だったトムが、海辺で遺体となって発見された。
「どうして、こんな・・」
「可哀想に・・」
トムの遺体の首には、エリート同じ刺し傷があった。
「魔物の仕業よ。」
「エイミーさん、あれは?」
トムの葬儀に参列していたトシが、突然葬儀の最中に意味不明な言葉を喚き散らしている老婆を見た。
「あぁ、あの人は海辺の家に住んでいるマリー婆さんさ。頭がちょっとね・・」
エイミーは、そう言うと己のこめかみを人差し指でさした。
「そうですか・・」
「エリーに続いてトムまで・・何で、良い人ばかり・・」
トシがレイチェルの自宅へと向かうと、そこには彼女の親族達が集まり食事の支度をしていた。
「レイチェル、何か食べないと。」
「何も食べたくないの。寝室で休んでいるわ。」
レイチェルはそう言うと、そのままダイニングルームから出て行った。
「トムさんは、どんな人だったんですか?」
「優しい人だったよ。子供達からも慕われていたよ。」
エイミーは、そう言いながら汚れた食器を洗った。
「トシは働き者だね。それに、手先が器用だし。」
「そうですか?」
「奥様が、何であんたに坊ちゃまの世話を任せたと思う?」
「俺が、子供だからですか?」
「あんたを信頼しているからだよ。」
「そうですか・・」
「まぁ、あんたはまだここへ来て日が浅いから、色々と教え甲斐がありそうだよ。」
「はぁ・・」
「そうだ、このお茶をダイニングに持って行っておくれ。」
「はい。」
トシが茶と茶菓子を載せたワゴンをダイニングルームへとひいていくと、中から女達の声が聞こえて来た。
「レイチェルも可哀想に。あの年で未亡人なんて・・」
「子供が居ないから、気楽で良いんじゃない?」
「まぁ、ね・・」
「それにしても、ねぇ・・ハノーヴァー伯爵家は呪われているのかしら?」
「きっと、あの髪留め女の呪いよ!」
「ねぇ、レイチェル戻って来るのが遅くない?」
「そうねぇ。」
「失礼致します、お茶とお茶菓子をお持ち致しました。」
「あら、可愛い子ね。」
「見ない顔ねぇ。坊や、お名前は?」
女性達はトシの顔を物珍しそうに見た後、彼を質問責めにした。
「ねぇ坊や、お茶とお茶菓子はわたし達が頂くから、レイチェルの様子を見て来てくれないかしら?」
「はい、わかりました。」
トシがレイチェルの寝室へと向かい、ドアをノックしようとすると、中からレイチェルの悲鳴が聞こえた。
「やめて、お願い・・」
「レイチェルさん!?」
トシが寝室の中に入ると、レイチェルはベッドの上に仰向けになって倒れていた。
「レイチェルさん・・」
彼女も、首を刺されて失血死していた。
「誰か、誰か来て下さい!」
「レイチェル!」
「誰か、お医者様を!」
奇妙な連続殺人事件は、結局犯人が見つからないまま事件の捜査は打ち切られた。
季節は夏を迎え、ロンドンは社交期を迎えた。
トシ達は奥様達と共に、ロンドンへと向かった。
初めて見るキング=クロス駅は、この前行った町よりも活気に溢れ、混沌としていた。
「さ、早くしな!」
「はい・・」
「モタモタするんじゃないよ、遅れちゃうよ!」
エイミーはトシの手をしっかり握ると、キング=クロス駅から出た。
「これ位で騒いでいたら、ロンドン暮らしは勤まらないよ!」
「わかりました。」
「まぁ、ロンドンでまた変な事件に遭わなきゃいいけど。」
辻馬車に揺られながら、エイミー達はハノーヴァー伯爵家のタウンハウスへと辿り着いたのは、昼前の事だった。
「みんな、奥様が今日はゆっくり休むようにってさ!」
「良かった!」
「移動距離が長かったからねぇ。」
「そうだねぇ。」
「俺、部屋に荷物置いてきますね。」

トシはそう言うと、使用人用の寝室に入って荷物を置いた後、そのままベッドの上で眠ってしまった。

気が付いたら、もう夜になっていた。
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