のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

里依子 4

2009-09-30 | 小説 忍路(おしょろ)
 「私のために悪いですから、札幌の街を見て帰ってください。」  一人取り残された里依子が小走りに私を追ってきて、哀願するように言った。私はそんなことはないと言い張った。  「一緒に帰らせてください。」  私はいくらかおどけた調子で言い、そんな身振りをして見せた。それを見て里依子は笑ったが、互いの心は張り詰めるばかりだった。  「私のために悪いから・・・」  里依子は何度もそう繰り返した。  「私 . . . 本文を読む
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里依子 3

2009-09-29 | 小説 忍路(おしょろ)
里依子は、一緒に行きたいという私の気持ちをかたくなに拒んだ。  「せっかく来たのだから、札幌を見て帰ってください。」  彼女はそう繰り返した。その時の里依子の表情に私は悲愴の影を見た。それが私の心をえぐるのだ。とたんに里依子の心が閉ざされたように思われた。たとえ私のことを慮って言ってくれた言葉であったとしても、私にはそれが言い訳のように聞こえ、そのたびに自分の胸を押し潰すのだ。  とある交差 . . . 本文を読む
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里依子 2

2009-09-28 | 小説 忍路(おしょろ)
 私が帰ろうと言ったのは、当然私も一緒に千歳まで帰ろうということだった。だが里依子の「帰ります」は私を含めてはいなかった。  「私一人で帰れますから・・・」   暗い面持ちで駅の方に向かう里依子に並んで私も歩き始めたとき、彼女は私を見てそう言ったのだ。そのまなざしはとても悲しそうに見えて私は愕然となった。  私は里依子の気持ちを量りかねて、自分が何をしようとしているのかさえ分からなくなってしまっ . . . 本文を読む
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里依子 1

2009-09-27 | 小説 忍路(おしょろ)
 道立近代美術館は私に大きな充実感を与えてくれた。それは束の間であったにもかかわらず私の心に強く残るものだった。そして何より、里依子の絵ごころに触れて私はいつまでも忘れないだろうと思うのだった。  「帰ろうか・・・」  美術館を出て、私は迷いながら言った。里依子の風邪がひどくなるのを見て、これ以上歩き回るのは辛いだろうという思いやりと、いつまでも一緒にいたいという想いが交錯してどうしようもなく口 . . . 本文を読む
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忍路について

2009-09-26 | 小説 忍路(おしょろ)
道立近代美術館は地元の作家を大切にし、その業績を住民に知らせようとする地方美術館の役割を十二分に果たしたとても気持ちのいい美術館でした。  この三日間の旅の中で最も至福に満たされた時間であったといえるでしょう。    次回でいよいよ最終章になります。  忍路(その9)は旅の結末であり、新たな出発の暗示でもあります。揺れ動く若き心のうたを引き続きお楽しみください。  HPのしてんてん  . . . 本文を読む
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道立近代美術館 15

2009-09-25 | 小説 忍路(おしょろ)
体力をつけなくてはといって私は高価なメニューを勧めたが、里依子は安い一品料理を選んだ。そしてそれが私たちの最後の食事となるだろう。今度はいつ会えるだろうと思うと私は何を食べているのかさえ分からなくなる。  食べながら里依子は有島武郎の話をした。彼はニセコを舞台にして小説を書いているんです。と里依子は言い、そして微笑んだ。  ニセコは里依子のふるさとであり、その豪雪の地に生まれた彼女は色白で頬 . . . 本文を読む
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道立近代美術館 14

2009-09-24 | 小説 忍路(おしょろ)
私は苦しそうに座っている里依子の額にそっと手をあてた。彼女は上目づかいに私を見たが、そのまま身を動かさなかった。里依子の額は火照るように暖かく、熱があるのだと思われた。私はこれ以上里依子を引きまわしてはいけないと、もう一度考えた。  それに今夜、会社の上司の送別会があると言っていた。その会に彼女がどうしても出席しなければならないのであれば、今日これ以上彼女に無理をさせてはならない。  それで . . . 本文を読む
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道立近代美術館 13

2009-09-23 | 小説 忍路(おしょろ)
私の横で里依子は静かに絵を見ていた。絵に対する里依子の心のリズムはとても快いものだった。私は彼女を眼を細めて眺めやった。「濱風のなでしこ」伊藤整が根見子を表現した言葉が私の頭をよぎって消えた。濱風に揺れるなでしこのような人、私にとってそれは里依子に他ならなかった。  館内は静かでまばらな鑑賞者が思い思いに絵の前に立っている。そんな雰囲気が心ゆくまで好きな絵を見せてくれた。そしてその傍らにいつ . . . 本文を読む
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道立近代美術館 12

2009-09-22 | 小説 忍路(おしょろ)
 有島武郎の『生まれいずる悩み』は、中学生の頃に読み、高校で再読し、成人を超えて絵を描き始めてから、行き詰った心に救いを求めて三読した。  何よりこの主人公の、自然を有りのままに愛する姿に惹かれたのだ。そして少し成長してからは、生活に押し流されながらも、自分の内心の喜びをごまかすことの出来ない主人公に共感した。  厳冬の雷電峠の雪原に踏み込み、雪に覆われた山に向い、食も忘れて激情のままにその山を . . . 本文を読む
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道立近代美術館 11

2009-09-21 | 小説 忍路(おしょろ)
 館内は人が少なかったために私達は随分ゆったりと絵を楽しむことができた。一枚の絵を胆のうするまで眺めると、私たちは自然に歩調を合わせて次の絵に向かって歩いた。その先に木田金次郎の絵があった。 「この人は有島武郎の『生まれいずる悩み』の主人公のモデルになった人です。」 絵の前に立つと、里依子はそう説明して私を見た。  木田金次郎の絵は3枚掛けられている。その中で馬の絵が私の気を惹いた。高い山の裾野 . . . 本文を読む
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