ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

105. エリセイラ

2013-10-13 | エッセイ

 大西洋にのぞむ断崖の上にある町、エリセイラ。小さな港のある、漁師町だ。昔、訪れたころはずいぶん素朴な静かな町だった。

 断崖ぎりぎりにある小道を歩くと、漁師が採って来たばかりのウニを殻から取り出していた。

 ウニはそれまでポルトガルのメルカドでもレストランでも、一度も見たことがなかったので驚いた。思わず「この辺りで採って来たのですか?」と尋ねると、彼はちょっと恥かしそうに断崖の下を指さした。そこにはかなり広い岩場があり、白い荒波が岩を噛むようにたえず打ち寄せている。ウニや貝などがたくさん潜んでいそうな場所だが、かなり危険そうだ。

 昼ごはんのおかずがウニとは、うらやましい~と思いながら、小道を歩いて行くと、途中でぽっかりと小道が崩れていた。

 それから数年経って、その断崖の道が大幅に崩れ落ちて、とうとう通行止めになったというニュースが流れた。

 久しぶりにエリセイラを訪れた。

 町外れには大規模なマンション群が建ち並び、まるで南のリゾート地アルガルベのようだ。リスボン辺りの人々が投機と別荘をかねて買っているらしい。

 今回初めて通ったのだが、 リスボンとエリセイラの間に高速道路ができていて、40分ほどで行けた。いつの間にか便利になったものだ。片道3時間ほどかかるアルガルベに比べると、ずいぶん気楽に行き来できる。

 漁師の家々を過ぎて、坂道を降りると小さな漁港がある。

 その隣に猫のひたいほどの砂浜があり、岸壁で両側を囲まれているので、荒波がすぐ近くまで打ち寄せても砂浜には穏やかな波しかこない。数人の観光客が波に浮かんで泳いでいる。

 

 漁港と砂浜

 

 砂浜から断崖に沿った坂道を上がると数件の店がある。カフェやバルで、道路に面した席は観光客で占められている。

 私たちも空いている席に座り、今日のメニューにあるブッジオ(巻貝)とビールを注文した。ブッジオは日本にあるバカ貝によく似ていて、それがお皿に山盛り出てきた。

 

 玉ねぎとコリアンダーとニンニクとで合えたブッジオサラダ

 

 隣のテーブルのフランス人老夫婦はこの町に長期滞在しているらしく、店員とも顔なじみのようだ。「いつものやつをね」と注文している。

 やがて運ばれてきたのは、フランセジーニャだ。サンドイッチを重ねた上にとろりとしたソースがたっぷりとかかっている。フランスに出稼ぎに行っていたポルトガル人が考案したメニューらしい。

 噂には聞いたが、実際に見るのは初めてだ。でも私はあまり食べたいとは思わない。海辺の町ではやはり魚や貝が良い。

 

 道に面して座っていると、退屈しない。

 全体錆だらけの三輪自転車に乗ってよろよろと進む男。

 背の高いとても痩せた女性が母親と腕を組んで喋りながら通って行く。全身黒ずくめのロングドレス、なんだか尼僧の雰囲気で、ゆっくりと静かに進んで行く。ショートパンツ姿でさっそうと歩いて行く女性達が多い中で、印象的だ。

 三輪自転車の男も戻ってきたが、今度は自転車にすがりつくように歩いている。下半身が少し麻痺しているようで、どうりで自転車のこぎ方がゆっくりでぎこちなかったのだ。

 店の前の海を見晴らす展望台には公共のベンチが数台置かれ、若いカップルが腰掛けて、店のウェイトレスが運んできた生ビールを飲んでいる。海を見て、傾きかけた太陽を見ながら~、一等席だ。

 展望台の手すりには元漁師たちが寄りかかり、通りかかった知り合いと話し始める。

 一台の望遠鏡が海に向けて設置されているが、子供達は例外なく興味を示し、飛びついている。でも小さな子供は手が届かない。忙しそうに通り過ぎようとする母親にせかされて、中には泣き出す子供もいる。

 犬を連れた人もかなり多い。それも大型犬だ。

びっしょりぬれた犬、飼い主もびっしょり。

 かなり前からビーチで、海に入ったり出たりして、犬と一緒に泳いでいた人だ。1時間以上も楽しそうに犬と戯れていた若い男は迎えにきた女性と帰って行った。毎日犬の散歩のついでに海で泳いでいるのかもしれない。

 乳母車を押したいかつい男が店の前を行ったり来たりして、時々店の中を覗いている。しばらくすると、店のウェイトレスと一緒に帰って行った。夫が赤ん坊を連れて妻を迎えに来たのだ。

 

 商店街のメインストリートは観光客相手の土産物屋やレストランがいくつか集まっている。

その裏道を歩くと、ちょっと可愛らしい家があった。入り口のドアや窓などの装飾が素敵だ。家には名前がついている。「カザ ダ アヴォ ルシア」

「カザ・ダ・アヴォ・ルシア」(ルシアお婆さんの家)

 小柄なルシアお婆さんが毎日鼻歌を歌いながら、家の中や外をせっせと掃除している姿が目に浮かぶ。その当時はきっと家中がピカピカだったに違いない。しかし今は人が住んでいる気配がない。たぶん歴史的に由緒ある建物らしいが、残念ながら中を見学することはできない。

 

 

ロープ模様の付いた入り口のドア

 

入り口のドアには木彫りの漁業のロープ飾りが4箇所に付いている。

 

 

番地表示は可愛い陶器製

 

 

入り口のドアの横にある郵便受け。コウノトリが手紙を運んでくる。

 

 

ルシアお婆さんの家の横にある水道。1926年建立と書いてある。

 

 広場にあるファルマシア(薬屋)のウィンドーの中に、「カザ・ダ・アヴォ・ルシア」と隣の建物の写真が飾ってあった。この可愛らしい建物は昔のカジノだったらしい。

 エリセイラは素朴な漁師町というだけではなく、昔からの保養地として栄えてきたのかもしれない。マフラの宮殿からわずか11キロしか離れていないから、貴族達が馬車をとばして遊びにやってきただろう。

 

 ポルトガルの最後の国王マニエル2世は国外追放の途中にエリセイラに寄っている。

 マフラ宮殿にはマフラからエリセイラまで繋がる秘密のトンネルが存在し、マヌエル2世が国外追放の際に使用したという伝説も残っている。そしてマヌエル2世は国内に留まっていたという。

しかし事実は、南のジブラルタルからイギリスに亡命してそこで43歳で没したそうだ。

でも、ちょっとミステリアスな町エリセイラだ。

 

 

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