幕末気象台

おりにふれて、幕末の日々の天気やエピソードを紹介します。

あけましておめでとうございます。

2014-01-12 17:01:57 | Weblog
あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。



今回は、前回に引き続きまして、1849年(嘉永元年十二月七日~嘉永二年十一月十八日)の昼の気温と、現在の平年値を較べて見ました。



この年は3月と9月の昼の平均気温が、現在より高くなっていますが、その外の月は現在より気温が低かったようです。

嘉永二年の四月十八日に、画狂人 北斎が亡くなりました。

また、七月十六日は西暦の9月2日にあたり、現在より気温の高い月でしたが、

その頃に

此節、戸板に縛り付て女川中へ流してあり、側に男の首級も添てありしと、誰も見たり、といふ流言行れしか、全く虚談也、

又、内安候九州の海にて、行衛不知といふ虚説も一般の事になりし【月岑日記】【江戸】


などと言う、とんでもない嘘が流行したようです。


ともあれ、今年は、皆さまの御多幸を願って、松に鼠の軸を掛けました。

作者は、地元出身の画家東東洋です。

皆さまの子孫と財産が鼠算式に増えますようにお祈り申し上げます。



 門松や 今年は長いか 短いか 

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 西暦1848年(弘化四年十一月... | トップ | 日記のような、お天気記録 »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (与左衛門)
2014-02-02 23:36:19
嘉永2年と申されれば、下総の勢力富五郎、武州の田中岩五郎、石原幸次郎といった悪党どもが世に出るころですね。翌年は国定忠治と来ている。
案外気味の悪い噂も、それを醸し出す社会情勢によって生まれたのかもしれませんね。

日記は文学の走りだとか、昔学校の先生に習った記憶がありますが、だとしたら「月岑日記」のこの記述はさしづめホラーのジャンルですかね。私は夜中に一人で江戸時代の日記を読んでて「首級」とか「死骸」とかいう言葉が出てくると言いしれん恐怖を感じます。
返信する
いろは丸 (Unknown)
2014-02-07 18:47:31
いつも御覧頂きありがとうございます。
私は、鈍感な性質で、あまり怖いと思ったことはありませんが、原文書を読んでいますと、作者はまさか赤の他人に日記が読まれるとは思ってなかったでしょうから「わるいな~」と思っています。
この頃は、文久元年に渡ってきた虎の記事をもとめて、「大君の都」を読んでおります。
書いてあるはずなのですが、なかなか当たりません。
岩波文庫は、メガネをかけたほかに、電気の近くでないと読みにくくなってしまいました。
年には勝てませんね。
返信する
毎回楽しみにしています (与左衛門)
2014-02-08 00:00:58
すっごいなー
「文久元年に渡ってきた虎の記事をもとめて、『大君の都』を読む」なんて、どこからそんな知識仕入れるんですか!恥ずかしながら「大君の都」という本すら今はじめて知りました。

あと、少し話題がずれますが、今年やたらと騒いでいる巨大イカやリュウグウノツカイとか。ああいった海洋生物の出現はやはり天変地異と関係があるのでしょうか。
お手空の時でいいんで、御回答いただけるとありがたいです。
長文失礼しました。
返信する
深海魚について (いろは丸)
2014-02-09 10:36:19
お問い合わせありがとうございます。
なかなか虎がみつかりません。
深海魚につきましては、自信がありません。
思い出してみますので、期待しないでお待ち下さい。
ただ、まだ書いた事はないのですが、アザラシやオットセイが来ると冷夏になることが多いようです。
海流の関係なのでしょうか。
ところで、今日は大雪でさっきまで雪かきを致しました。3~40cmの雪で大騒ぎです。
季節感があって、楽しい気もします。
返信する

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事