商店が立ち並ぶ通りへ。
昔ながらの商家。空き家?
ここは商いをしているようです。
振り返る。
「松の家」。
国の登録有形文化財に指定されている旅館。
江戸時代創業の純和風の当館・松の家(本館は国の文化財)は、こじんまりとした小さな古い宿です。
設備など大きな温泉旅館さんやホテルさんにかないませんが、勝浦近海の新鮮な海の幸をリーズナブルにご提供致しますとともに、自然と心の安らぐ家庭的な雰囲気を持ってお客様をおもてなし致します。
設備など大きな温泉旅館さんやホテルさんにかないませんが、勝浦近海の新鮮な海の幸をリーズナブルにご提供致しますとともに、自然と心の安らぐ家庭的な雰囲気を持ってお客様をおもてなし致します。
夜。正面のようす。
中のようす。
(この項、「」HPより)
通りを進むと、左奥に「日蓮宗本行寺」。
日蓮宗寺院の本行寺は、長寿山と号します。本行寺は、大同2年(807)に僧空海が創建したと伝えられ長寿院と号していましたが、暦応2年(1339)当地へ教化に来た宝乗院日続が、当寺を真言宗から日蓮宗へ改め、長寿山本行寺と改号し開山したといいます。上総五十座説教の発祥地となり、享保8年(1723)の日顗聖人五十座説教に際して(池上本門寺より)宗祖日蓮聖人の御歯骨を分与され、御歯骨を奉安するために釈迦堂が建立されました。釈迦堂は勝浦市有形文化財に指定されています。
(この項、「」HPより)
境内に芭蕉の句碑があるようです。
御命講や油のような酒五升
(おめいこや あぶらのような さけごしょう)
日蓮消息文に、日蓮が信徒からの贈り物への礼状に、「新麦一斗、筍<たけのこ>三本、油のやうな酒五升、南無妙法蓮華経と回向<えこう>いたし候」とあるから採った。このことからして、芭蕉は日蓮文書を読んでいたことが分かる。
一句も、芭蕉が門人の誰彼から酒を貰ったのに対しての謝礼吟または酒に対する褒美の吟であろう。実際油のようなコクのある酒であったかどうかは怪しいが、そこはあくまで日蓮の用いたコードを使いたかったのであろう。
江戸童歌に、
「お正月はよいもんぢや
油のような酒飲んで
木っ端のような餅食って
雪のようなまま食って
これでもとつさん正月か」
がある。
一句にある「油のような酒」は、こちらに近いのかも知れない。
(この項、「山梨県立大学」HPより)
門前が「朝市」の通りになっています。
「下本町朝市通り」。昼前だったので、路上は、ほとんどは開いていませんでした。
※
勝浦朝市は | ||
毎月1日~15日は | 下本町朝市通りで | 6時頃~11時頃まで 開催されます。 |
毎月16日~月末までは | 仲本町朝市通りで | |
※定休日 毎週水曜日、1月1日
|
(この項、 HPより)
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