墨田の町工場・坪井友禅工場争議 1927年の労働争議(読書メモ)
参照 「協調会史料」
坪井友禅工場争議
場所 東京府下隅田町1,303
会社名 合名会社坪井友禅工場
労働者 73名
争議参加者 40名
労働組合名 東京モスリン友禅工組合
争議発生 1927年8月31日~9月2日
要求
一、請負工賃の1割5分の値上げ
一、「型」を増やすこと
経過
(ストライキを敢行)
賃金1割5分の賃上げを要求した40名の労働者は、会社が要求を拒否してきたことから、1927年8月31日よりストライキを敢行した。また、9月5日までに解決しない時は、組合関係の7工場(張替、大村、岩佐、片秀、近藤、中村、荻原)の労働者に同情ストライキを要請すると共に、日本染色同志会、関東美術友禅工組合、葛飾美術友禅工組合などに応援を依頼することも決定した。
(7工場で同情ストライキの動き)
会社は当初「一時休業も辞さず、この際不良職工を職場より放逐する」と強硬な態度を取ったが、7工場での同情ストライキの動きを知った会社はあわてて労働者の要求を受け入れ、ストライキ3日目の9月2日に解決した。賃上げは、毎月の「精勤賞」を新たに制定することで実現した。