private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over21.2

2018-08-05 15:29:31 | 連続小説

 早朝の街の景色が窓の外を流れていく。
 
夏の朝の街は前日の暑さがまだ冷めきってないようで、ビルの壁も窓のガラスも、そしてアスファルトも、熱気を吸収したまま、そのはけ口をどこにもみつけられずに、その熱をのがれるために、だれも歩いていないし、走っているクルマもおれたちだけだった。
 
いまさらだけど徹夜なんてものをしたのは、生まれて初めてなんじゃないだろうか。
 
テストや受験の勉強でしたこともないし、夜通し外で遊びまわったことも、なにかに熱中して朝を迎えたなんて経験もない。だいたい部活で疲れて帰ってきて、メシくってフロ入れば、すぐにバタンキューで朝まで直行コースだった。
 
初めての徹夜だったからなのか、時間の流れが普段とは違って、長い夜を過ごしてきたように思えた。
 
なんだか自分の意志で時が流れていて、日が昇ると思わなければいつまでも日が昇らないぐらいおれの意のままであった。
 
だからっていつまでも夜が続くわけじゃない。深い紫に包まれていた空が、徐々に青くひろがっていき日の出がはじまっていた。
 
夏のこの時期の日の出はいったい何時なんだろう。
 
おれも朝比奈も時計をはめていない。朝比奈に訊いてみてもよかったんだけど、なんだか一日がはじまることを焦っているのが見透かされそうで行動には移さなかった。
 
日の出が何時だろうが、いまが何時だっていいはずなのに、わからないとなると無性に知りたくなるから、ヒョイと運転席側のパネルを覗き込んでも、このクルマには時計がついていない。
 
たぶん最初はついていたんだろうが、それがあった部分は配線とかが剥き出しになっており、メーターなどの必要最小限のモノしか残っていなかった、、、 たぶんね、、、
 
朝比奈はおだやかな顔のままクルマを操っている。見ればもうすぐスタンドにつづく国道に右折するところまで来ていた。
 
おっ? ちょっとまてよ。港の工場地帯から市街のはずれにあるスタンドまで20キロぐらいはあるはずで、どんなに急いだって30分はかかるはずなのに、昨日の夜みたいにけたたましい走りならまだしも、このなめらかでスムーズでコクもありキレのある、、、 なんの例えだっけ、、、 ああ、そう運転のハナシで、ここまで30分もかかってない。
「おかしなもので、そう、力んだり、粗かったり、早く動こうとするときって、むだな力が入りがちになって、それが一生懸命やっている証みたいになってしまうから、本人もいいように感じてしまう。それなのに、その力って逆効果でしかなく、すばやい動作は力みのない、ゆるやかな自然体からしか生まれない。そして余裕を持った行動はあらゆる状況に反応できる。そういうのって自然に身につけば一番いいんだけど。どうしても自分で理解できてないと、どれだけ説明したってつたわらない」
 まさか、おれの運転の上達を認めつつ、力みの悪癖を指摘するのではなく、タイミングをみはからって見せてつたえる。まったく朝比奈の考えてることって、おそれいるというか、その手で転がされているおれって、、、 朝比奈の手のひらなら転がされたいけど、、、 いろいろと、、、 その流れくると思った。
 
とはいえ、その事実がわかっただけで、どうすればその境地に立てるのか、わかっていないからほめられたもんじゃない。
「それはね、やはりある程度の経験が必要になってくる。そして、ホシノの経験は、だから、さっきも言ったように、運転だけのことでなく、これまでの陸上での積み重ねが、あるから。つぎはうまくできるでしょ、たぶんね」
 それって、含みを持った言いかたに聞こえた。ましてや朝比奈にそう言われれば、やらなきゃいけなくなるじゃないか、、、 親の言うことは聞かないくせに、、、
 スタンドが見えてきて、ウインカーを出して左に寄せつつ減速する。おれは事務所の様子が気になってしかたない。朝比奈にはつたえてないから、朝までみんなが居るだなんて思ってもみないだろう。
 なんだか機を逸すると、いまさらそんなことを言いだしてもしかたないと結論づけてしまうのがおれのダメなところで、言葉が足りないだなんてよく母親に小言をいわれ、先生や、先輩にはあきれられ、友達とか後輩にも無用の誤解をあたえてきた。
 気づくのがおそいから、ああ、あのときの、なんて自分でふりかえってみても後の祭りで、元来がズボラだからそうやって身近な人を失っていって、かれこれ何年も、、、 朝比奈がそうなる可能性もある、、、
 
給油機のとなりにクルマをとめて朝比奈はドアを開けた。事務所からは誰も出てくる気配はないし、人気も感じられない。夜通し会をしていたとは思われないほど普段の朝と変わらない静けさで、、、 こんなに朝早く来たことないけど、、、 その心配は徒労に終わった。ただ単に運がよかったのか、、、 その運ってなんなんだ。
 
やっぱりマサトの言ったことはガセだったのか。そいつをおれの母親に伝える理由がわからない、、、 考えるつもりもないけど、、、 朝比奈にとってもおれの挙動は不審だったはずだ。
 
なんだか昨日来たばかりなのに、閉鎖が決まっている場所っていうのは、突然にさびれたような、ひなびたような、うらぶれたような、、、 まあ、魂が抜けちゃった感じ、、、 で、建物だって引き際っていうか、そういう時期をわきまえているんだろうか、、、 そうならおれよりたいしたもんだ、、、
 
わたしのもタダで入れてと朝比奈に言われた手前、スクーターが置いてあるんだから、あとで入れといてやろうかとひそかに考えていた。
 
こういうことはさりげなく、こっそりやったほうが心証が良くなるとか、コーヒーのお礼だとか言えばシャレてるなんて、セコい立ち振る舞いばっかり考えていたけど、このスタンドのようすをみると、なんだかひどく不誠実な行為に思えてきて、ときとしてそんな感傷の溝におちいったりして、それでまたまわりを困惑させる要因にもなる。
「だったら、夏休みに入ってから、もっと頻繁にくればよかった」
 
そう、なにもかも受け入れるように言ってくれた。
 
朝比奈には緊張とか、動揺とかといった心の揺らぎはないのだろうか。だいたい何回も来ても、ガソリンが減らなきゃ入れる量は変わらない、、、 んじゃないかな?
「まあ、気持ちの問題かしら」
 そんな、どんな気持ちの問題なのか、マサトの行動を考慮する時間は無駄だけど、朝比奈の気持ちを理解するために割く時間は用意しておくつもりだ。とりあえずいまは、朝比奈の気持ちが大切ならばそれでいいんじゃないかと、気持ちいいほどそう思わせてくれる。
 
おれは給油機のカギを取りに行くべく事務所に向かった。朝比奈にはここで待っていてもらうように促した。
 
ひかりの加減でわかりづらかっただけで、近づけば人の姿が確認できた。4~5人が椅子に座っている、、、 いやもっといる。そんなにバイトいたっけ。
 照れ隠しもあって、朝比奈には気づかれないように小さくあたまをかきながら、おわびのひとつでもしようと、、、 特にオチアイさんに、、、 細めた目を見開くと、バカなおれでも人数が多い理由がわかった。
「コイツか、その腕の立つドライバーって。おれは女王様のほうに興味あるんだけど、いないの?」
 昨日のヤツラ、プラスワン、、、 ラストエンペラーの登場だった。