private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

第14章 5

2022-06-12 11:48:12 | 本と雑誌

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R.R

 ピットの出口に待機したナイジの前には、コースインを知らせるためのマーシャルが、ひとりせわしなく動いている。5thレグの状況が気になるのだろう、手持ち無沙汰にフラッグを何度も持ち替え、クルマがホームストレートに戻ってくるのを今かと背を伸ばし、ラップ中のアルピーヌのタイムが掲示板に更新されるごとに、背と首を伸ばし目で追っていた。
 ナイジが待機する場所からはスタンドも後方に位置し、声も遠い。目に映るものは落ち着かないマーシャルと、1コーナーの先に並ぶ雑木林だけで、風になびく木々の方向からするとホームストレートには向かい風が吹いている。それは、トップスピードが伸びないことを示し、非力なオースチンには不利な状況といえた。
 浮かんでは消えていく取り止めのない陰鬱な思考を寸断して、さらに目線の先を木々の上にずらしていく。抜けるような青い空が目に染み込む。
 こうしていると自分がこれから行うべきことが現実とかけ離れ、この場にいることと何の接点も見出せなくなってくる。
 いつもと同じ一日、人生の中の単なる一日、それが、決定的に今後の岐路を決めてしまう一日となることを、それらは他人事にしようとしている。
 自分にはもう後がなく、不破はB・Jや自分を切り札にして、自分の立場を覆すために勝負に出ようとしている。そんなことはミキオに言われなくてもわかっていることだ。
 自分に出来ることは限られている。それ以上を望むのは運任せでしかないと思いたい。
――なんか、想像以上に、オレも平常じゃないのか――
 ナイジは自分の思考やら、感情の振れが、許容範囲内を越えていると漠然と感じていた。
 普段通りクルマを走らせる行為に何ら変わりはないはずなのに、見えない外圧が自らの精神能力に影響を及ぼしている。
 普段から周りの連中に強く感じていたドライバーとしての心の弱さが、自分にも同じように存在している。そういう場に立たなければわからなかったことで、それを認識したくなくて逃げてきたともいえる。
 どれだけレースに甘ったるいロマンチシズムや、アマチュアリズムを求めようが、いつだってタイムは冷酷に人を選別してく。
 たいしてクルマの性能に差があるわけでもなく、ドライバーも普段の力が出せれば横並びのタイムで走れるはずであるのに、いざレースとなればみんな一様にそれなりのタイムに納まってしまう。
 それが、個人の持つ力量であり、精神的な弱さでもある。今日のレースでもそれが顕著にあらわれ、初めてのコースを走るという根本的な変更があっても、それが一定のタイム差となってハンで押したように分布する現象は滑稽でもある。
 稀に番狂わせも起きるが、そもそもそれを番狂わせと言っている時点で、自分達の定位置を決め込んでいるだけだ。そんな既定路線に自分も取り込まれている。
 ミキオ達が、変に他人に期待を寄せ、自らその場所へ進んでいこうという概念がないことに、交われない温度差を感じていたはずなのに、いまの自分の状況は、これまでとの間に、どれほど隔たりがあるのだろう。
 一番最初に眺めた位置が違うだけで、これほどまでモノの見方が変わってくることを実感すると、今まで自分が否定していた他人と変わりばえがなく、情けない自分が現実と希望の間を行き来しているにすぎない。
 悶々とした疑問を抱えながらもゼンマイ仕掛けのように動くマーシャルを見るでもなしに眺めていると、そのマーシャルはこれまでよりあからさまにフェンスから身を乗り出してクルマが通り過ぎるのを見送った。
 ナイジは漠然とロータスがタイムアタックに入ったと認識した。スタンドもにわかに喧騒をおびて、ワントーン歓声があがった。目の前のマーシャルはロータスが視界から消えるまで追い駆けていたのだろう、名残惜しそうにようやく向き直るとナイジに向けて旗をクロスする。ピットアウトを促す指示だ。
 その指示を受けると、不思議とこれまであたまの中を巡っていた様々な思考はさっぱりと消えてなくなり、オースチンと一体化していった。心拍数も徐々に収まっていき、いま行うべきことを冷静にこなしていく。
 タイヤの食いつきを確認するため、高めの回転数でクラッチをつなぐ、タイヤは軽く空転し、白いスモークを上げるとグリップを取り戻し、クルマを蹴り出す。
 もう、10分もすれば総てにケリがつく、それで今後のサーキットで行われるレースの方向性も、ツアーズの趨勢も決まるといっても過言ではないだろう。
 それは誰かが考えた計画通りシナリオの中で、期待はずれと共に尻つぼみで終わるのか、それとも予想以上の成果を得ることになるのか。
 その中で自分がどれほど関与しているのか想像もできず、今はまだ、何も起きていない無の状態であることは間違いなく、空白の時の流れに自ら描き出す歴史は、今この時点からはじまることが何よりの動機になった。
――さあて、少しは誰かさん達を満足させられるのかな――
 ナイジはそう思いながらも内心では、自分がいったいどこまでやり切れるのかを誰よりも楽しみにしていた。
 スタンドは今日一番の盛り上がりを迎えつつあった、一向に縮まることのないタイム差が僅かではあるが濱南ツアーズの指宿、そして甲洲ツアーズの坂東純一と続けざまにコンマ数秒づつ縮めている。
 そして最終5thレグ、外部招聘のロータスが走行をはじめると、全観衆の期待は否がおうにも高まっていく。その圧巻たる走りは、ジュンイチが最速ラップを出して喜んでいたリクオとマリを黙らせるのに十分であった。
「こういうレースの見方は、良くないってわかってるけど。B・Jさんのタイムを破られたくないと思うと、あのクルマ、 …ロータス? が失敗することをどこかで望んでいる。でも、あのクルマ。とても自信を持った走りをしている」
 マリはリクオだけに聞えるように小さな声で言った。しかし、そんな心配も無用なほど、スタンドはロータスの走りに魅入られて、他人の会話など気になっていない。
 あきらかに今まで走っていたクルマとは動きが違い、一台のクルマの走りによってサーキット自体の風景が一変した。
 今まで目にしていたのが田舎の草レース場なら、この走りは明らかに国際レースの舞台が舞い降りていた。と同時に、オープニングの時は、静まり返っていた陥没していた場所で他を圧倒するほどの声援がおきていた。
 1コーナーを軽々とクリアしたあとも、山間部でも吸い付くようなコーナーリングを繰り返すと、それぞれの計測ポイントでジュンイチのタイムをコンマ5秒づつ削り取っていった。
「なんだよ、あの走り、今日初めて走ったとは思えないじゃねえか。たしかによ、上手いヤツはコースを選ばねえって言うけどさ。これじゃあ、ここのツアーズの立つ瀬がねえ。ちくしょう、どこでもいいからミスしやがれってんだ」
 マリはナイジが今朝、言っていた言葉を思い出した。『誰かが走っている』それがロータスのドライバーである証拠はどこにもなくとも、そんな詮索をしてしまうほど完璧にコースを攻略していく。この走りを続けられれば、次に走るナイジに一体どれだけの勝機があるといえるのか。
 ロータスが最終コーナーに姿を見せると歓声は一段と大きくなってきた。手堅く5連コーナーをまとめてきた黒い車体はあっという間にホームストレートに戻ってくる。スタートフィニッシュラインを越え、歓声は一旦やんだ。
 それは誰もが確信し間違いのない事実だった。念を押すようなラップ表示は舘石のタイムを1秒ほど更新する《3分52.2秒》のニューレコードを打ち出す。地鳴りのような拍手と喝采、怒号と化した唸り声はスタンドを駆け巡った。
 ボディサイドに貼られたコンペティションサークルのすぐ上に、これ見よがしに付けられたオイルメーカーのロゴマークが目に焼き付けられる。
 スタンドのすべての観衆が立ち上がり、いつまでもロータスの流麗なフォルムに釘付けになっている。すでに1コーナーを過ぎてクールダウン走行にはいっている車体に向けて賞賛の眼差しで見送る。
 歴史の扉が開かれた現実を目の当たりにすることは、敵味方を越え、人を骨抜きにしてしまうほど見えない力が作用する。すべての観衆が圧倒的な走りに酔いしれ、目の奥に刻み込まれた映像を言葉で反芻している。
 それは同時に、最終走車で走る甲洲ツアーズのリザーブドライバーであるナイジに、誰も何も関心などないことを物語っていた。
 ようやくマリの目端に白い車体が引っかかり、リクオの袖を引っ張りナイジが来たことを伝える。しかしその他の観衆には、主役が降りた後の舞台に上がった裏方の作業員ぐらいにしか見えないようだ。
 スタンドの騒然とした雰囲気はなかなか消えることはなく、もはや今日のレースは終わったものだと、誰もがすでに帰りの渋滞を心配して席を立つ者があとをたたない。
 そんな中、最終コーナーを立ち上がってくるオースチンは、さきほどのロータスの走りとは違った加速を持っていた。少なくともマリとリクオの目にはそう映った。
 直前のロータスより加速が鋭く感じられ、その勢いのままホームストレートを走る。ナイジ特有のつなぎ目を感じさせないシフトチェンジには僅かな手詰まりもなく、さながら野鳥が超低空飛行からそのまま空へ舞い上がる姿を連想させるほど鋭く疾走していく。
 瞬く間にホームストレートを疾駆し1コーナーに突っ込んでいくと、見た目では減速したとは思えないぐらいのスピードを保ったまま鋭角にコーナーリングをしていく。ロータスの姿を見送っていた大勢の観客も、なんとなくこれまでと異なった空気の振動を感じていた。
「なんか、凄くなかった? いまの… 」
 動きかけていた人の波が一度は止まった。観衆は席を立ち山間部を走り出したオースチンを少しでも目にしようとする。やがて、第一計測地のタイムが掲示板に書かれた。
《0:48》
 ロータスのタイムより1秒遅かった。
「やっぱり、ダメだな。いい走りに見えたけど、タイムにはつながっていない」
 そのタイムを見て再び人の流出が始まる、ロータスのタイムより1秒も遅ければ仕方のない話だ。この先2つの計測ポイントでそれぞれ1秒づつ遅れれば、最終的には舘石のタイムからは3秒落ちの平凡なタイムとなることは明らかだ。
 マリは不安気にリクオを見上げる、リクオは山間部を走るナイジから目を離さない。木々の間を縫い白い車体はフラッシュ映像を見ているように細かく目に映る。
 ナイジの予想通りホームストレートは逆風だったため、最終コーナーからの力強い加速も、無駄のないシフトアップもロータスを上回るほどのタイムにつながらなかっただけで、山間部に入ってからは自分の強みを存分に活かし、思い通りのコーナーリングを繰り返していた。
 時折スキール音を鳴らしながら次々とコーナーをすり抜けて行く姿は、リクオの目にはいつもの印象とはは違って見える。
 タイヤを替えたことを知らないリクオは、いつも目にするオースチンのリアを流しながらのコーナーリングとは違い、路面に食いつくほどの高いグリップ力と、コーナーの抜け出しから尻を蹴飛ばすほどの加速の良さに目を奪われていた。
 自然とリクオの両手は強く握られたり、開いたりを繰り返している。「違う、なんか違ってる。これはタイムを出す走りだ」呆然として目を見張りながらも、期待感が溢れるリクオの表情に勇気付けられたマリも再びナイジの走りを追っていた。
 半官贔屓と思われるかもしれないが、マリにもナイジの走りは今日見た中で一番切れが良く、誰よりも速く走っているように見え、なによりこれまで見てきた、どのナイジの走りよりも美しさのうえに力強さがあった。
「 …キレイだわ、流麗なほどに。ストップモーションを見てるみたいに、速い… 」
 ふたりの見解が証明されたのは第二計測ポイントのタイムが掲示された時だった、ナイジが叩きだしたタイムはロータスより1秒落ちのまま、つまり、第一から第二までの間はロータスと同じタイムか、もしくは若干早いタイムで通過したことになる。
 スタンドの出口で混雑し行き詰まっていた人々は、スタンドのどよめきに振り返り、歩を止める。コース上で何が起きているのか確認しようと列をはずれる者さえ現われた。
「 …リクさん、リクさん。ナイジが」
 観衆のおののく声にかき消され、自分もナイジの走りに集中していたこともあり、マリの呼ぶ声がなかなか届かなかった。
「ああ、マリちゃん。こりゃ、大変なことになってきた。もしかすると、もしかするぞ。オレの目にはナイジが今日一番の走りに見える。やるかもしれないって、いや、やってくれって密かに願ってはいたが、実際目の当たりにすれば、ホンと、シビレるぜ」
 リクオの目は充血し声が震えている、興奮の度合いが自分の許容量を越え自制が効かない。マリも知らないうちに涙腺を刺激されており、全身が麻痺している。
 信じがたい光景を目にしていることに心を揺さぶられ、まぶたに溜っていた涙は溢れ出さんばかりだ。
――ナイジ、アナタって人は… 本当にできるじゃない。ガンバって――
 最後は両手を合わせ、硬く目を閉じた、ロータスに勝てる見込み、それに最速ラップが出せる見込みが出てきたとたん、今までと同じようにナイジの走りを見守ることはできそうにもなく、心も張り裂けそうに痛み続けている。
 続いて発せられたリクオの歓喜の叫びも、ナイジに何か起こったのではないかと危惧してしまうほどだった。
「おーし、出たぞ! すげえ、すげえぞ、区間新だ! 見ろよ、この区間、最速ラップだ。ロータスより速かったんだぜっ」
 ついにナイジは第3計測ポイントでコンマ5秒落ちまで詰めてきた。隣でマリが怯えているのも知らず、リクオはあえて、周囲を煽るように大声を張り上げていた。
 それに呼応してスタンドもオースチンの走りに見入っていく。ロータスが手堅く最終コーナーをクリアしてきたことを考えれば、アタックラップ前の周回でオースチンが見せた最終コーナーからの加速ならば、同じように。いや、もうひと踏ん張りしてくれれば十分に逆転が可能なタイム差といえる。
 サーキットにいる誰もが、今日の主役はロータスで疑う余地はないと思っていた。最高の走りと最速ラップを見れてよかった。外部ドライバーだけど速かった。今後の他のツアーズの巻き返しはあるのか。そんな話題を帰りの夕食の席で語り合おうかと思っていた矢先の出来事だ。
 いま目の前で起きていることは、名も知れないリザーブドライバーがその全てを引っ繰り返そうとしており、そうなれば未知なるスターの誕生を同じ時の流れの中で体感できる。
 人はこういった状況展開に弱く、あたかも自分が最初にそのドライバーを見出したような錯覚に陥ってしまう。5番目の走車を表わすコンペティションサークルに描かれた『5』のナンバーが、甲洲ツアーズのカラーである赤で塗られており、それがやけに格好良く観衆の目に映える。
 いみじくも5年前の舘石のクルマに貼られたものと同じ数字、同じ色であることを知る者は少なかったが、今日、このサーキットで歴史の目撃者となれば、のちにそれを新しい観客に自慢げに語るだろう。
 クールダウン走行を終えてピットに戻ってきた安藤は、明らかに現在の注目が自分で無くなっていることに気付く。
 それはイコール、甲洲の最終走者、あの若造が何かをやらかしているということになる。すぐさまクルマを降りると駆け寄る西田を振り切り、ピットフェンスから掲示板を見上げた、白いオースチンは自分のコンマ5秒後ろまで接近していた。
 西田が近づき毒づく。
「アイツ、どこまで俺達のじゃまするつもりだ、これでオイルが売れなかった久遠寺さんにどやされるぞ」
 安藤にとってはそんなことはどうでもいいことだ。ピットフェンスから最終コーナーを見据え、オースチンが、あの若造が立ち上がってくるその時を待つ。
――やるじゃねえか、下りの山間区間で俺より速いたあ、とんだ赤っ恥かかせてくれるぜ。どうせなら俺を抜いてみろよ、それでしがらみなしでキサマと闘えるってもんだ――
 遂にオースチンが最終コーナーから姿を見せた。安定感のあるロータスの走りに比べると対照的に、速いが危うさを伴い、危険と隣り合わせの限界ギリギリで必死に持ちこたえているオースチンの走りに誰もが目を奪われ、心をつかまれていた。
 勝負どころの5連コーナーは前の周回よりさらに加速良く見える。全開のコーナーリングでアウト側の路肩すれすれのラインを通って横っ飛びしてくる。誰もがかたずを飲んだ。
 どのドライバーであってもひとつ前のコーナーでスロットルを戻して、コースオフのリスクに備えていた。それなのに、このリザーブドライバーは独自のコーナーラインとスロットルワークで、加速が止まらない走りをしている。
 直線のラインに乗り、あとはフィニッシュラインを通過すだけだ。ロータスの最速ラップをさらに更新すると皆が確信した。

 そこで一瞬の永遠が終わりを告げた。
 
 目に飛び込んできた光景に誰もが凍りつき、聞きたくもない耳障りな異音はスタンドまで届く。
 突然にナイジのオースチンは不自然にリアを振ると、ピットフェンスに向かってコースを外れる。急ブレーキをかけたタイヤからは白いスモークが上がり、なんとかリアフェンダーをしたたかにぶつけるにとどまれた。
 最後は力なくホームストレートに戻ってきたものの、エンジンは掛かっているがタイヤにパワーが伝わっていない。ゆるゆると惰性で走りつづけフィニッシュラインを通り過ぎる。
 その光景に観客は肩をうな垂れ、力なく腰をおろし高らかな歓声は失意のため息に切り替わったのもつかのま、掲示されたタイムを見て怒号のような声がスタンドに響いた。
 ロータスのものよりコンマ5秒落ちのタイムがそこに刻まれた。あのままフィニッシュしていればロータスのタイムを更新していたのは明らかだ。
 それにもなにも、コースアウトしながら舘石のタイムをコンマ2秒上回っているのだ。
 その光景を最後まで見ることなく安藤は舌打ちをしてピットレーンを後にした、西田が軽くガッツポーズをしているのが目に入り、なんとも腹立たしい気持ちになっていた。
「結局、あんなもんだ。最終コーナーで無理してオーバーレブでもしたんだろ。ヤツはタイムアタックのプレッシャーに勝てなかったんだ。エンジンを回し過ぎて、まともにフィニッシュできないなんてプロとは言えない。一時はどうなることかと思ったが、これがヤツの偽らざる実力なんだよ。安藤、お前がトップだ」
 肩の荷が下りて饒舌になる西田の気持ちもわかるが、安藤は手放しで喜べるほど現実を楽観視してはいない。あの挙動はエンジンブローとは考えられない。それが証拠に態勢を立て直した後もエンジンはかかっていた。
 クルマのコントロールを失っているあいだはエンジンがストールするのを防ぐために、クラッチを切ってギアをニュートラルに入れるのは常識だ。
 しかし、態勢を立て直したあとエンジンが掛かっていればそのままニュートラルを続ける必要はない。フィニッシュラインを越えるために駆動を伝えればいい。
 エンジンが掛かったままクルマに加速が戻ってこなかったのは、駆動系のどこかが破損したからだ。
――コースに戻ってきても惰性で走ってたな。てことはそもそもコースアウトの原因が駆動系の故障ってことだろ。アイツ最終コーナーを全開で回ってきやがって。オレがスロットルを戻したってのに開けっ放しだと。ふざけやがって。気にいらねえぜ――
 安藤は突然笑い出す。西田も安藤が勝利を喜んで笑っているのだと思い、一緒になって笑い出した、腕を組んで待ち構えていた出臼もまた、これですべてが上手く行くとほくそえんでいた。