アメリカ生活の想い出

1987年から5年間アメリカで過ごし全く英語が出来ないのに、地元のお年寄りと知り合い学び楽しく過ごした記録です。

日帰り観光

2009-01-31 04:40:20 | Weblog
は、土、日は日本にいた時よりもしっかりと会社を休めました。
日帰りで行けるロスアンゼルス地域のミュージアムや遊園地などへよく二人で出かけました。
観光案内のところを一つづつチェックして、ほとんどのところは見て回りました。
日本から来たお客様を色々なところへ案内しました。

こちらの遊園地、デェズニーランド、ナッツベリーファーム、ユニバーサルスタジオは定番で何回行っても面白いものです 

でも、私はスケールの大きいミュージアム(美術館)が好きでした。個人で持っているミュジアムのほうが収集品も多く建物も立派なので驚くことばかりでした。
その中ののお気に入りのハンティントン ライブラリー( The Huntington Libray, Art Collection, and Botanical Garden )と
ポールゲッティ ミュジアム( The J Paul Getty Museum ) があります。これらのコレクションには、これだけ集められる財力と建物にあわせた収集品には感心すると共に個人の財産の偉大さに驚かされました。

早朝の魚市場

2009-01-30 12:26:55 | Weblog
は海のよく見えるところに住んでいるのに新鮮なお魚が食べられないなんてと思っていたらありました。
バルボア半島に太平洋に突き出ている埠頭から少し離れたところに毎朝船で捕ったばかりのお魚を短い時間でしたが売っている市場がありました。

朝早く5時にでて市場に行くとメキシカン系アメリカ人がもう集まっていました。
船が帰ってくるのを待っているのです。
船の主な漁獲は鯖が多く目の前で手際よくさばき、切り身にしてくれました。
全部売り切れると市場は終わりです。短い時間なので遅く来るともうありません。
アパートに帰ると朝食に温かいご飯と鯖の味噌煮で食べました。
おいしかった

また、アパートから歩いていけるほどの近くに (それでも自動車で行く) ロブスター、蟹、海老類を売っているボートがお店 (週1回)を開いていました。
大きな生簀に生きた蟹や海老がうごめいていました。
ニューポート地域の人や遠くからもアメリカ人が来ていました。値段はちょっと高めだったけれどもスーパーで売っているものよりも大きく、アパートに帰り直ぐに茹でると蟹は身もたっぷりあり、食べるのに手間がかかりますが夢中で食べて蟹味噌の美味しいことがよくわかりました

それから暫くしてある人から大きなロブスターを二つもらいました。知り合いの人に一つ分け、家には大きなお鍋がないので、以前に軽く凍らして切るとお刺身にして食べられる話を思い出し、生きたまま冷凍庫にいれて出し甲羅をお皿にしてお刺身にして食べました。
意外と甘みがあり美味しく、こんなに新鮮な魚介類を食べられるとは思っていませんでした。

ローズパレード

2009-01-29 09:21:32 | Weblog
はリツ子さんと一緒にアメリカの新年を祝う人気行事、最大のイベント、ローズパレードを観にいきました。

リツ子さんにバスとチケットのセットした券を手配してもらいました。
朝早くからの出発です。場所はロスアンゼルス郊外のパサデナ市です。

ローズパレードは温暖なカルフォルニアではいつも花が咲き誇っているのを見てもらうために19世紀末にはじまりました。
アメリカ全土から観客が来て、キャラバンカーに乗り何日も前にきて場所を取っているそうです。
たちの席はコロラド通りに観客用に組み立てられた階段の上のほうでした。
前の席に頭の禿げた人が座っていてどこも満席でした。
パレードが始まりました。先ずマーチングバンドから騎兵隊が出てきてから沢山のお花に飾られたフロートが出てきました。
フロート(山車)の大きさは決められていて、高さ16フィート、幅18フィート長さ50フィート以内で完全に花や葉に覆われていなくてはならず、少なくても全部のフロートを飾るには約10万本花が必要だそうです。
ディズニーランドに出てくるような動物達は目が動いたり尻尾が動いたりして楽しく、フロートに乗っているいる人は手を振っていました。
フロートととの間には色々なバンドが入り約2時間半コロラド通り5,5マイル華やかに行進するのです。

写真を沢山撮ったのですが前の席に座っている禿頭が必ず写ってしまいました。
1年後ローズパレードは見に行くことが出来なかったけれど、パレードが終わったあと、直ぐに壊さないでしばらくの間、花で着飾ったフロートを見せる展示会がある話を聞き見に行きました。
昨年は観客席が後ろで小さく見えたフロートを近くで見て本当に沢山の花が使われていることがわかりました。
生花と、色々な花や草花をドライフラワーにして細かく砕き色別に材料を作り、人形や動物などが出来ていました。。造花は一切使われていませんでした。
フロートは沢山の花が必要で早い時期から材料を集めているとの事でした。
このような立派なパレードを行うまでには多くのボランティアの人たちの協力で行われています。

ラグナビーチ(2)

2009-01-28 08:56:41 | Weblog
劇場自体が名画を見せる舞台だったのです。
席は階段状になっていて下の方に舞台があり大きな額縁が真ん中に置いてありました。
舞台の前にはオーケストラボックスがあり伴奏つきでした。
だったのでちょっと寒く用意のいい人は温かい格好で来ていました。

舞台に幕が降り、暫くして幕が開いたときはびっくりしました。
見たことがある名画が額縁の中にあるのです。
絵の中の人物に扮した役者が身動きもしないで画面に張り付いてビクともしません。
本当に名画ソックリの色彩や人物のいる位置がきちんと決まり見事でした。
小さい子供のいる名画は最後のほうで子供が動きご愛嬌でした。
日本の浮世絵もありました。でもどの絵も見事に出来上がっていました。
最後は、レオナルド ダビンチの「最後の晩餐」です。
全く同じ色彩で人物も絵と同じ位置にあり動きません。見るほうも息を止めてみていまいした。

帰りに階段を降りる途中でインディアンの彫像が立っていたので、もしかしたらと触たらやはり人間でした。
顔を見ると目だけ動きを睨んでいました。

野外名画の立役者はラグナビーチの住民達のボランティアで成り立っているそうです。芸術家の町らしいアートショーでした。

ラグナビーチ

2009-01-27 10:51:02 | Weblog
ラグナビーチはニューポートビーチから20km南にありますが、パシフィック コースト ハイウェイで南に向かいますが山が海まで迫る海岸線で狭い道路です。ラグナビーチまでの山側は夏には全く緑がなく茶色の世界でちょっと殺風景なドライブ道路です。

湾曲したビーチに入るとボードウォーク(木で出来た歩道)が続き、砂浜では真っ黒に日焼けした人達がピーチバレーを楽しんでいました。
このラグナビーチは芸術家が多く住みギャラリーが多いのでぶらぶら散歩しながらあちらこちらとお店を覗いていると楽しいです。
海を望む山腹には別荘風の家々が建ち並んでいました。

このラグナビーチは毎年行われる野外ショーがあります。
Festival of Arts and Pageant the Masters です。人気のあるショーで入場券がすぐなくなるので早めに購入し観に行きました。
ショーは暗くなってから始まるので操り人形劇を見たり、劇場の前の広場に絵画、彫刻、写真、陶器、工芸品などたくさん作品が並んでいるのを見て暗くなるのを待っていました。
古今泰西の名画がみられると聞いていたので、それらしい作品がなく意味がわからなかったのですが、暗くなり劇場に入ってわかりました

ファッションアイランド

2009-01-25 22:23:01 | Weblog
ファッションアイランドはサウスコーストプラザーと同じデパートが集まっているところです。
4つの有名なデパート などがあり、さらにたくさんの専門店とレストランが集まっていました。
ファーマーズマーケットには地下から最上階まで巨大な吹き抜けのフォーコートがあり、ぜんぶの階が天井(天窓)からの明かりで、とても明るく地下にはスーパーマーケットとイタリア、メキシカン、中華、マクドナルド、 ジャパニーズフード等のお店が並びはお寿司もあったので、毎回色々なものを選び、テーブルで食べたり家に持ち帰ったりしていました。

ファッションアイランドの周りの道路は楕円形になっていて囲まれていたのでアイランドと言っているようでした。
建物の周りは広々とした駐車場があり、近くには高層オフィスビルや有名なホテルもあります。
買い物客はゆとりのある人達が住んでいる地域との事なので、売っている品物は全体的に高いような気がしました。

日米首脳会談でいらした海部首相が泊まったホテルも近くにありました。
楕円形の道路には海部首相歓迎のために日米の旗がクロスして街頭ののポールに掲げ並んでいた光景は今でも想い出として残っています。

ファッションアイランドの楕円形の道路はカルフォルニアの自動車免許を取得するために猛練習した道路でもありました。
又、近くに映画館がありよくみにきました。
全部英語ですがアクションものは動作を伴うのでなんとなく判りました。

パシフィック コースト ハイウェイ(旧国道1号線)

2009-01-24 22:51:55 | Weblog
の住んでいるアパートのすぐ近くをパシフィック コースト ハイウェイがとおっていました。
アメリカ合衆国の一番西の太平洋側に沿っている旧国道1号線です。

北方向は隣がサーフィンで有名なハンチングトンビーチ(Huntington Beach)があり、そしてロングビーチ方面に向かいます。
南方面はラグナビーチ(Laguna Beach)です。アパートの近くにあるバルボアアイランドから東に向かうジャンボリー(Jamboree RD)とパシフィック コースト ハイウェイの道路が交差していました。
2つの大きな道路なのでいつもは緊張していましたが慣れてくるといつの間にか速度50マイル(80キロ)も出して運転していました。
それでも自分から進んでフリーウェイには入ることが出来ませんでした。
(一度うっかりと入ったことはありますが直ぐ降りました)フリーウェイに乗らなくても結構遠くまで買い物に行けました。

道路の交差点の一角にはモール(商店街)があちこちにあり、駐車場も広いので停めてお店を覗いて楽しんでいました。
肉屋やパン屋はスーパーマーケットよりも専門店のほうが美味しく、評判のいいお店を聞くと遠くてもわざわざ出かけていきました。
肉屋でハカリ売りを頼む時は他の客が注文するのを聞いて真似していましたが、ほとんどは指で品物を「ハーフポンドあるいはクオター」と言って注文し買っていました。ウィナーソーセイジは種類が豊富で、日本では見かけないソーセイジもありました。

第六章 オレンジ カウンティ(Oange County)

2009-01-23 20:33:42 | Weblog
カルフォルニア州の中にあるオレンジ郡は、ニューポートビーチ、コスタメサ、サンタアナ、アーバインなど、沢山の市があります。
郡庁所在地はサンタアナ市です。
アナハイム市はディズニーランドとメジャーリーグのロスアンゼルス・エンゼルスの本拠地エンゼルス スタジアムがあるので有名です。

アーバイン市はカルフォルニア大学のアーバイン校があり、高等教育が充実しているところです。
一度、大學のキャンバスの周りにある道路をは一人でドライブしたら、どこかとんでもないところに来てしまったかと思うほど広く、大學の建物がどんどん小さく遠くになって、心細くなり、どきどきして運転していると、やっと遠くの方に高速道路を走っている自動車が見えてホットした経験がありました。

また、南カルフォルニアの空の中枢を担っているオレンジ カウンティー空港があります。1923年からの歴史をもつ空港で1970年アメリカの代表的俳優であり居住者であった ジョンウェイ の名前も別名いわれています。空港内にはジョンウェイの大きな銅像が立っています。
住んでいるアパートから近かったので夫の出張での送り迎えをはよくしました。
コスタメサには大きなショッピングモールで有名なサウスコーストプラザーがあります。又、コンサートやミュジカルが催されるパフォーミングアートセンターもあります。

どこへ行っても駐車場の広さには吃驚します。
しっかりと駐車した場所を覚えていないと大変なことになります。
自分の自動車の車種もまだ覚えていない時、英語もあまり出来ないので説明のしようがなく、泣きたい気持ちだったが自動車が少なくなり、どうにか見つけて帰ることが出来たと話していた人がいました。

アパートのコインランドリー室で

2009-01-22 16:07:03 | Weblog
住んでいるアパートには洗濯機を置く場所がありませんでした。
別棟にコインランドリー室があり洗濯物をかごに入れて抱えていきました。
洗濯機が大きいので、まとめて洗うようになりました。最初は抵抗がありましたが、慣れてくるととても便利でした。

ある日娘が日本から来ているときに、デェズニーランドに行き、私が暗い劇場の中で転び、膝に大怪我をして、救急車で病院に運ばれたことがありました。
15針も縫って包帯を巻いてる状態で洗濯室にいくと、「どうしたのですか」と女の人から声をかけられました。
事情をはなし、遠方にある日本語のできる韓国人の医者のところに通っていると話すと、「遠方のところに通うのは大変だから、私の夫が紹介するから、ニューポートビーチの病院に行きなさい」と親切に言ってくれました。

医者の奥さんキャロンさんです。
それからお付き合いが始まりました。
3歳の男の子がいて、ハロウインの時に、子どもに医者の格好させみせにきました。

2番目の子どもが生まれた時、教会で洗礼をするとの事で誘われ一緒に行きました。
赤ちゃんは白いベビードレスを着ていて、「これは私が作ったのよ、上の子も着て、ドレスの裾の裏に着た子供の名前を刺繍して大切に保管しておくのよ」と説明して裾のをあげて見せてくれました。
暫くして、リツ子さんの家の近くに引越し、オープンハウス(新しい家に引っ越した時に家の中を見せるために知人を呼ぶパーティー)にご招待されました。
一流の籐家具セット(以前に話していた何年もかけてそろえた家具)ソファーの生地の柄にあわせ、天井から下がっているランプの傘の柄、鉢植えの柄、みんな同じように揃えて素晴らしいコーディネイトでした。

我が家(アパート)にご招待する

2009-01-21 22:07:18 | Weblog
ハリエット先生に、英語を教えていただいているので、月謝を払いたいと申し出るととんでもない、ボランティアとして教えているので受け取らないと言うのです。
どのようにして、のお礼の気持ちを伝えようかと考え、お誕生日に、バラの花束を贈ったり、手作りランプを差し上げたりしました。すぐに写真とともに、お礼状が来ました。でも、一番喜ばれたのは、狭いアパートの我が家にご招待したことでした。

その日はエレンさんと一緒にご招待しました。日本料理を召し上がっていただきたいと思い、いつも作り慣れている献立にして、生もの以外のもので、テンプラ、筑前煮、ほうれん草の胡麻和え、ご飯、果物などお出ししました。日本酒も少し差し上げました。初めての日本料理で戸惑ったかと思いましたが、皆さんはきれいに召し上がってくださいました。

ハリエット先生とエレンさんは同じイギリス生まれ、楽しそうにお話をしておられました。
また、クリスマスの時に娘達が2年ぶりに日本から来て全員揃ったことがありました。ハリエット先生とチャールズさん、日本語の上手な夫妻の友達の息子さん(日本のテレビドラマに出演した人)、息子さんの友達もいらして話が弾み賑やかな一日でした。
別の日にいつもお世話になっているリツ子さんと娘さんファミリー(娘さんご夫妻は二人とも医師です)をご招待しました。
喜んできてくださいました。