Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

随筆 「新川和江さんを偲んで」

2025-01-20 16:14:11 | 随筆

              髙安ミツ子 


       

 

 身内や友との別れが多くなり、日常の中でもふと寂しさで心がいっぱいに

なってしまうことがあります。そんな時は、亡き人のことを思い出して私の

心で語ってあげようと思うことにしました。共有していた思い出時間が懐か

しく蘇り、来客を迎えているような思いににもなります。見送る側のこみあ

げてくる気持ちは呟きなり、やがて徐々に日常に溶け込んでいき、私が終わ

るときは消えていくことになりましょう。はかないと思えばはかないのです

が記憶は私を照らす標識のように続いているのです。

 詩人の新川和江さんがご逝去されました。追悼の気持ちをこめて私の思い出

の一つを記したいと思います。

 確か私が二四歳昭和43年か昭和44年)の頃だったと思います。当時土橋冶

重氏が主宰していた同人誌「風」の主催「夏の詩のカレッジ」が都内で開催

されました。詩人たちが詩について語る講座で、詩を書き始めたばかりの私

にとって詩とは何だろうかという思いでの参加となり、多くの聴衆の一人で

した。講師のお一人が新川和江さんでした。時代背景としては、たしか「日

本の詩歌」が各出版社から発刊され詩のブームのような雰囲気があり、全国

の文学同人誌がお茶の水の「東京堂書店」に置かれていたこともある時期で

した。思えば精神の渇きを詩に求めようとする人々が多かった時代なのかも

れませんでした。

 新川さんの講演内容を全ては覚えていませんが難解ではない語り口で柔ら

く、とても魅力的に感じたものでした。その時の忘れられないお話の一言

「詩を書くことは編み物を楽しむこととは違います」でした。詩を書き始

めた私には優しい言葉でありながら詩の奥深さを暗示しているように思えま

した。若さの不安を感じていた私の心を受け止めてくれる世界が詩ではない

かと思いこんだ出来事でした。そして、詩を書いていこうと心に留めるよう

なりました。

 新川さんは私が言うまでもなく、長きにわたり多くの詩の活動をされてき

ました。特に吉原幸子さんと二人で女性だけの季刊詩誌「現代詩ラ・メール

」を創刊し一〇年間女性詩人の育成に努められました。中学や高校の国語の

教科書にも新川さんの詩は掲載されていますのでご存じの方も多いと思いま

す。

 新川和江さんは二〇二四年八月十日ご他界されました。当年九五歳という

ことでした。深いお付き合いがあったわけではありませんが、夫の詩集「母

の庭」の帯文を書いていただき、また、東金市生涯学習課が一〇〇号まで発

行した「ときめき」の「ポエムの窓」のコーナーに新川さんの詩の紹介をす

るにあたり快く掲載を承諾していただきました。

 その後新川さんから詩集「はたはたと頁はめくれ」をお送りいただきまし

た。私はこのタイトルに驚かされまた。人の人生をこの一行で語っていると

思えたからです。まるで言葉で絵を描いていると思えたのです。「はたはた

と頁はめくれ」のようにレトリックのうまさのある詩人といわれますがまさ

しく言葉の力を感じさせてくれる出来事でした。

 七〇歳のころ新川さんは「まだ詩の書き方がわからなく・・・・。歩いて

も歩いてもたどり着けない遠くの海のようで、 手を伸ばしても伸ばしても

届かない高い木のレモンのようで、・・」と語られています。詩作への精神

の高さが窺われます。

 数年前、私の詩集「今日の風」をお送りしたところ施設に入られ目のお加

減が悪いとのご連絡をただきました。そのお知らせが最後でした。 

 今まで私は最良の詩作品が書けたとは決して思えません。しかし、私の生

きる傍らにいつも詩があり詩を書くことは生きる上での私の精神の浄化作用

を果たしてくれたように思えます。新川さんが話された「詩を書くことは編

み物を楽しむこととは違いますね」という忘れられない言葉のように厳しい

世界には辿り着けなかったと思いすが、あの時の新川さんの言葉は詩作する

私に寄り添っていたのではないかと勝手に思い込んでいます。気が付けば半

世紀以上も詩を書いてきました。このことが、胸に響いた新川さんのあの言

葉への一つの答えになっていればと願うばかりです。一方的な追悼文ですが

、私にとっての感謝の思いでしたためました。  

 ご逝去された新川和江さん、心からご冥福をお祈り申し上げます。

                            合掌

                             

                         

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「私の四季」1月の花

2025-01-17 16:44:45 | 花物語

千葉県は比較的暖かいのですが、1月2日に体調を崩しました。
寒さからといえましょう。
庭もめっきり冬の景色です。それでも寒菊が冬の日差しを浴びて咲いています。
屋内ではパピオペデーラムが去年から咲き続け色鮮やかです。カロンコエも室内で咲きだしました。
いよいよ新しい年が始まりました。
季節に渡されるバトンを待っているように庭の花たちはひっそりとしています。
それでも雀がエサ台に来たり、紅梅やミモザが蕾を持っていて静かな冬景色に優しい息吹を感じさせてくれています。
本年もよろしくお願いいたします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「私の四季」 ハゼが紅葉し皇帝ダリアが咲きました

2024-12-01 17:03:38 | 花物語

12月に入り1年の早さを感じます。年齢とともに時の経過は早く感じられるそうですが、

思い出ばかりが多くなります。一日の心の動きを映してくれる花たちと季節を味わいながら
12月を迎えました。
鉢物のハゼが色が鮮やかに色づき思わず声をあげてしまいました。皇帝ダリアは例年より花数
が少なかったですが冬空に映えて輝くようです。山茶花も咲きだしました。
花たちも冬支度が始まったようです。

 

 

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晩秋は名もなき物語を

2024-11-28 17:02:19 | 詩作品

                                                    

                                                                                                                             高安ミツ子


       

 

 

庭の借景になっている小さな天神様の公園は

大らかな景色を見せています

三百年は過ぎている欅が大空に枝を広げ

近頃はイチョウが欅より更に高くなって

時には木のてっぺんでシジュウカラが囀っています

 

山桜や椎の木やニッケや椿を絡め

イチョウの木は四季のコンダクターとなって

春夏秋冬の風景を心地よく見せてくれます

 

五十三年住み慣れた我が家から眺めるこの景色は

優しい時間となり年を取るのも悪くないと思えてきます

命がけで生きたわけではないけれど

休みなく追いかけてくる日常の中で

子供たちを育て

義父母を見送り

仕事からも解放されたこの時間は

いとしい思いがあふれてきます

できないことが多くなり

寂しさも感じるけれど

急かされる今日を生きることはないのです

自分を装うこともせず時をほおばっています


          

おや雨が降っているのに日が照っています

子供の頃こんな風景を

「狐の嫁入り」と皆で口々にはやしたはず

見上げると

アキアカネが電線にとまって過去と今をつなげていきます

 

人生の大半を夫と歩いた五十三年は

この風景を見るための歩みだったのでしょうか

二人の心も味わいある色合いに染められたように

金色に色づいたイチョウが描く

晩秋の風景に酔いしれています

 

ふと 「俺のなすべきことは終わったな」と旅立った

義父の言葉が蘇ります

名もなき物語が生まれ そして消えていく

爽快な義父の人生への思いがよぎります

晩秋は手品師になって名もなきいくつもの物語を

懐かしく私の心を駆け巡っていきます

 

金色のイチョウの葉がくるくると舞い落ちています

 

 

Mitsuko Takayasu official website  高安ミツ子

 

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私の四季 朝顔「天上の碧」が咲いています。

2024-11-15 15:46:46 | 花物語

夏の終わりから咲き始め、涼しさが増すと日中も咲き続け、

初冬まで見られる朝顔は『天上の碧』です。その鮮やかな色彩には心動かされます。

花と詩のコラボにしました。

 

                

                                     高安 ミツ子


             

  

  「真珠の耳飾りの少女」

  そのターバンの色

  フェルメールブルーが

  ヒマラヤを越え

  季節風に乗ってやってきました

 

   

  フェルメールブルーは

  日本の四季をくぐり

  花を青く 青く染めてゆきました

  蔓は木々に絡み

  晩夏から晩秋を縫い合わせ

  碧の命を広げていきます

 

  

  私の物語が終章を迎えたように

  冬の気配が近づいていても

  ひたすら

  日輪と月影の間を咲き続けていくのです

 

  ふと私の肩に手を置くように

  風景の優しさがあるこの色彩の調べ

  ああ しみじみと記憶の波打ち際で揺れる

  フェルメールブルー「天上の碧」よ 

  

                      

    (「天上の碧」は青く咲く朝顔)

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