高安ミツ子
弱った蝶が命の厳しい連鎖で
夏の終わりを知らせています
ふと 逢えないままの
君の顔が蘇り
そぞろ心の私を横切っていきます
まん丸眼の君は幼いながら
はぐれることへの恐れを感じるのか
我が家に来てから
母の姿ばかりを追って泣きました
自分の運命を感じているのか
聞き分けがよすぎるからか愛おしむように
父は胡坐に君を座らせていました
母の慈しみで元気に育っていった君ですが
君の父親が迎えに来た時
母の手を振り切って飛びついていきました
君の思慕の深さを知り父母の眼は濡れていました
すでに君の消息は絶えたまま
成長した姿はわかりません
幸せであってほしいと願いながら
君の姿はあの時のままで止まっています
立葵の前で笑みを浮かべた君の一枚の写真に
半世紀過ぎても あやうい君の幼い姿を
何故か夢想してしまうのは
私がかすかな時の中にいるからでしょうか
晩夏に鳴くヒグラシに似たこの虚無感は
私の歩む足音が弱まった証でしょうか
夏の終わりの夕暮れは
「カナ カナ カナ カナ」と
立葵の別れを蘇らせています