Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

晩秋は名もなき物語を

2024-11-28 17:02:19 | 詩作品

                                                    

                                                                                                                             高安ミツ子


       

 

 

庭の借景になっている小さな天神様の公園は

大らかな景色を見せています

三百年は過ぎている欅が大空に枝を広げ

近頃はイチョウが欅より更に高くなって

時には木のてっぺんでシジュウカラが囀っています

 

山桜や椎の木やニッケや椿を絡め

イチョウの木は四季のコンダクターとなって

春夏秋冬の風景を心地よく見せてくれます

 

五十三年住み慣れた我が家から眺めるこの景色は

優しい時間となり年を取るのも悪くないと思えてきます

命がけで生きたわけではないけれど

休みなく追いかけてくる日常の中で

子供たちを育て

義父母を見送り

仕事からも解放されたこの時間は

いとしい思いがあふれてきます

できないことが多くなり

寂しさも感じるけれど

急かされる今日を生きることはないのです

自分を装うこともせず時をほおばっています


          

おや雨が降っているのに日が照っています

子供の頃こんな風景を

「狐の嫁入り」と皆で口々にはやしたはず

見上げると

アキアカネが電線にとまって過去と今をつなげていきます

 

人生の大半を夫と歩いた五十三年は

この風景を見るための歩みだったのでしょうか

二人の心も味わいある色合いに染められたように

金色に色づいたイチョウが描く

晩秋の風景に酔いしれています

 

ふと 「俺のなすべきことは終わったな」と旅立った

義父の言葉が蘇ります

名もなき物語が生まれ そして消えていく

爽快な義父の人生への思いがよぎります

晩秋は手品師になって名もなきいくつもの物語を

懐かしく私の心を駆け巡っていきます

 

金色のイチョウの葉がくるくると舞い落ちています

 

 

Mitsuko Takayasu official website  高安ミツ子

 

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秋が揺れはじめて

2024-09-28 16:45:56 | 詩作品

                                                       高安ミツ子


     

 

     夏の終わりの夕顔は

     探す秋風に首をゆすって

     ひたむきに咲きだしました

     宵闇に開花した純白の夕顔は

     天に昇っていくようにも見え

     天から降りてきたようにも思えます

 

     ほのかな香りは

     二人で歩いた半世紀を絡め

     過ぎてきたいくつもの曲がり角や

     くぐりぬけた思い出を連れてきて

     二人に振りかけていくのです

 

     青葉のように若やいでいたあのころ

     はたまた暗い道すがら二人で木漏れ日の向こうへと

     ひたすら歩んだあの時間は

     この美しさに出会うための歩みだったのだろうか

 

     ゆらゆらと一夜で散ってしまう夕顔のように

     いつかは消えていく命だけれど

     今宵の夕顔は生命の終わりをせき止めて

     私の心を酔わせています

 

     揺れ始めた秋の風は

     人生の道すがらを涼やかに示しています

     すだく虫の音に

     やがて来る二人の終わりを背後に感じながらも

     遠い一筋の道のりを互いに黙って飲み込んでゆきました

 

     ふと夕顔と今日の名月を

     宵闇のサーカスブランコに乗せて

     大きく 大きくゆらしてみたくなりました

     過去からの風を集めて 今日の思いを込めて揺すります

     ゆらーん  ゆららーん  ゆらららーん

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北陸の街

2024-01-11 15:39:52 | 詩作品
2024年1月11日(木)
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 元旦から石川県に起きた大地震には驚かされました。
石川県の地形のなせる被害状況を知るたびに胸が痛くなります。
早い復興と被災者の皆様の日常が戻られることを
そして、心の安寧を願うばかりです。これからの寒さをどう乗り切ればよいか案じられます。

輪島の朝市の街が延焼してしまった悲しい知らせを映像で見ました。
天災の被害による人間の悲しみを言葉で拭うことはできないかもしれませんが
輪島の旅を楽しませていただいた御礼に、その時書いた詩作品を掲載したいと思います。
                                                                                                     

                                          高安ミツ子
 
 
   
 
 

 時の嵐に壊されることなく

 その歳月を共に語れる喜びを

 二組の夫婦は

 老いる思いを後ろに回し

 旅の風に愛おしさを結びながら

 粉雪が舞う北陸の街に下りました


 雪に包まれた

 町も山も海も静かに生きています

 打ち寄せる荒波と共に

 重ねた塗り物の伝統は澄んだ声で

 私の心に美しいかんざしをつけてくれます

 輪島の冬は時計が止まっています


 ゆきずりの私には見えないけれど

 この町が流したいくつもの涙が作る優しさなのか

 雪の静けさは赤い椿を連想させ

 私に生きるめがねをかけてくれます


 弟夫婦の肩にも

 雪は降りかかり

 過ぎてきた時間だけ

 鬢(びん)が白くなっています

 弟の後姿には疲れがみえます


 雪女に操られているように

 降り続ける雪 雪 雪

 忘れていた母の声が落ちてきます

 凍えている弟の心に

 母よあなたの温かい息をふきかけてほしいのです


 ブリの丼を食べる今日の旅は

 海鳴りが遠くに聞こえます

 輪島の雪は正月を降り続いています
 



                 

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「さよならこむぎ」

2023-12-30 15:23:09 | 詩作品

                          高安ミツ子


  

 

ダリアが咲き 冬コスモスが咲きだした

十一月八日こむぎは旅立ちました

十九歳と十か月でした

こむぎは生後一か月で捨てられ

拾い主の次男が我が家につれてきたのです

 

タオルを持ってきて引っ張りっこ

投げたボールを拾ってくわえ

家の中を走り回りいつも遊んでほしい

かわいい子犬でした

私たちはこむぎに振り回されながらも

愛おしさが積もっていきました

 

自分の居場所を家中に作り

マッサージチェアーに

仏壇の前の布団に

応接間の椅子の上に

とろり とろりと居眠りしながら

得意な鼻と耳で

我が家の歴史を味わっているようでした

 

しかし 眠っていても

来客がインターホンを押す前に

すばやく吠えるのです

家を守るのは僕だからと言わんばかりです

 

人の言葉がわかるようになり

私がこむぎを抱いて

庭の花を見せながら話しかけると

分かっているよと目を何回もしばたかせるのです

こむぎに頬ずりすると

ゴロゴロと喉を鳴らし喜ぶのです

 

「はっけい ようい」お父さんと相撲を取ると

お腹を出してすぐに降参です

散歩をしても他の犬とは親しくなれず

心開くのは家人ばかりでした

 

庭で写真を撮るとお父さんは

「こむぎは哲学的な顔をしていると」褒めまくります

体調が悪く私が休んでいると

二階まで上ってきて

「また寝ているか」とおでこをぺろりと舐めて

階段を下りてゆきます

 

けれど 夕方流れる街のメロデイには

犬のルーツへの郷愁なのか

悲しげに遠吠えするのです

何かこむぎと人の境界線を見る思いでした

 

それでもその境界線を越えて

寄り添ってくれるこむぎの優しさは

老いていく不安感や

日常の生への寂しさも

穏やかなぬくもりでくるくると包んでくれるのです

 

私たちが癒された分こむぎは老いていきました

好きな散歩もできなくなり

吠えることもなく寝たきりになりました

話しかけるとうれしそうにこちらを気遣ってくれるのです

医者は「もうやりようがありません。覚悟してください」と

それでも今年の猛暑を乗り越えました

 

急に秋が来て辛そうなこむぎの姿に

二人とも言葉がありませんでした

愛おしさを幾重にも重ねて二人で寄り添いました

けれど

床ずれの異臭はこむぎの死の近さを悲しくも知らせていました

二人とも十九年の時の重さを飲み込んで

小枝が震えるようなかすかなこむぎの命に

「よくがんばったね」と囁くことしかできませんでした

 

細いストローでも水が飲めなくなり

静かに息をひきとりました

二人を見つめてくれた眼を静かに閉じて 

自家製の棺に入れました

別れの辛さをぬぐうように

こむぎと眺めた庭の花をいっぱい棺にいれて

思い出の写真を添えました

そしてありがとうと頭をなでて

別れの言葉をつげました

 

こむぎとの物語のページは閉じられました

こむぎは白い骨になりました

二十歳になるはずだった十二月に

庭のつつじの傍らに埋葬しました

春になるとこむぎの命が刷り込まれた

鮮やかに咲くつつじを眺めることとなりましょう

 

冬の空は高く青空が広がっています

見送った二人の時間は

こむぎの気配を感じたまま 

寂しい色合いが増して今年の終わりを知らせています

「さよなら こむぎ」

 

 

 

 

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桐の花

2023-08-07 13:24:26 | 詩作品

                          高安ミツ子


       

 

 

   「この木でお前のお嫁入りの箪笥を作るんだよ」と

   父が植えた桐の木を見あげた頃

   父は優しく大きく見え

   桐の木は不安なく青空に伸びていきました

 

   首飾りを作るために

   いくつもの桐の花を拾いました

   勾玉や貝殻を身につけていた女性の意識が

   幼い少女の首飾りにもとまったのでしょうか

   紫色の桐の花はなぜか大人の雰囲気がして

   子供の色ではないように思えたのです

 

   いくつもの季節が桐の木をゆすると

   日常を踏みはずした父の惑いが

   私の記憶から桐の花を消してゆきました

 

   またいくつもの季節の風が吹き

   いまや残照を歩く私の日常には

   雨宿りした風景は遠のくばかりです

   歩き疲れて立ち止まると

   日暮れの澄んだ空気が突然

   風化して行く過去から ぽっと桐の花を蘇らせたのです

 

   紫色の桐の花 むらさき むらさき

   すると父の哀しみが瀬音のように聞こえてきます

   転がる時が私を振り向かせたのでしょうか

   父の運命の小窓を開け

   あのときの桐の花を手渡したくなりました

 

   故郷の桐の木は朝霧にまかれているでしょう

   たった一人の人生など一瞬にすぎないけれど

   言葉にならない哀しみをおびた桐の花を

   歳月に浮かべてみると陽炎のように 

   さりげなく美しく思えてくるのです

    

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