Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

「また 明日」

2023-12-02 16:20:57 | 

                   高安ミツ子


   

 

 

  冬の朝日は家並を照らし

  太古から続くイチョウを金色にして

  大樹の記憶を蘇らせながら昇ってきました

  慈しみの光の中で

  私の意識は飛び交い

  生きる喜びを手繰り寄せようとしています

 

  窓ガラスが温まるころになると

  意識のままに体は動いてくれません

  体は後姿を見せたまま坂道を降りていきます

  意識と体が離れていく気配には

  夭折画家が描いたような

  激しい哀しさではないけれど

  むなしさが線描画になって沈んでゆくのです

 

  過ぎた時間を

  いっぱい膨らませて今日の時間を図ろうとすると

  紙風船が舞い上がります

  ひい ふう みい よお  

  懐かしさがこぼれてきます

  二人だけになった庭に山茶花が咲き

  なな やあ ここ とお

 

  おや おや 紙風船が連れてきたのか

  翼に白の紋付きを付けた

  おしゃれなジョウビタキが庭を歩いては

  小枝に停まり

  時と風と光に輝いています

 

  子供のころの遊びの終わりはいつも「また明日」でした

  ジョウビタキはその「また明日」を連れてきたのです  

  静かな今日の喜びが私の心をふるわせていきました

 

  やがてイチョウも枝を広げ一日の終わりを知らせています

  そして

  冬の夕焼けに「また明日」と篆刻してゆきました

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こむぎの日記9

2018-11-27 11:06:40 | 

                                 

                                                                                                     高安ミツ子


 

                                                    

                          

                    

                                僕はもうすぐ15歳になります

                                毛並みも悪くなり

                                日がな一日寝ていることが多くなりました

                                でも朝の散歩は元気です

                                だって僕の眼が一番輝くときだから


                                今朝も道ばたに

                                子供が名付けたに違いない

                                赤まんまが色鮮やかに咲いていました

                                おままごとをする子供の脇に

                                僕がいるような あどけない気持ちになりました


                                やはり初冬の匂いは僕にはわかるのです

                                随分歩いた散歩道も

                                大分風景が変わりました

                                消えていくもの生まれて来るものの連続が

                                時代なのかと思えるのです

                                僕の命の連続はあるのだろうか

                                僕はどんな さよならをするのだろうか


                                「こむぎは自然界では生きていけないな」と

                                散歩するお父さんは僕の傍らでいいました

                                山道には野生の「むらさきしきぶ」や「葛」が

                                二人の心を清々しくしてくれます

                                僕とお父さんは影法師になって

                                それぞれの命の地図を歩いています


                                僕が言葉を話せないから

                                寄り添うから

                                お父さんお母さんは僕を愛おしいと思うのだろうか

                                もしかしたら

                                お寺の鐘が鳴った後の

                                あのえも言われぬ余韻が僕にはあって

                                僕が二人の心に灯りを付けているのかもしれない


                                庭には 冬空の張り絵のように咲く皇帝ダリアが

                                花火のように咲くネリネが

                                少しずつ陽ざしに赤く染められていく万両の実が

                                すきとおったソプラノの音色で

                                今日の一日を僕に知らせています

                                僕の心は隠れ家に住んでいるような静かさで

                                まどろんでいます


                                老いていく老犬の寂しさを感じながら

                                我家の匂いに溶けこみながら

                                僕は15歳の冬を迎えます

                             

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春の恋唄

2018-04-09 22:03:11 | 

          

  

 

春風がフフフと笑って

花おこしの風が通り過ぎて行く日に

生きる喜びをいっぱい吸い込もうと

春を待っていたが

今年の空はなかなか春色にならなかった

 

ようやく訪れた春の風は

私の名前も知らないけれど

私の運命に頬ずりして

やわらかな匂いを

花瓶に挿してくれたようだ

 

何故かそんな小さな道化が

うれしくて

今日の日記に

明日の風景を夢想できるように

言葉の呪文を書いてみたくなる

 

春風は

うらうらと咲くタンポポに

うまれたてのまぶしさを映しているが

この島の物語の虚しさを

にじませている

 

島の物語は重く

淀んだ虚しさが続くけれど

春風は

それでも ケヤキや桜の枝々に

響きあう春の恋唄を結んでいるようだ

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風花(かざはな)

2017-12-05 13:18:21 | 
    

                                                    


          (かまつか)
                           
         

冬空を鮮やかに彩っていた

皇帝ダリアが一晩の内に

霜枯れてしまった朝

義母は静かにみまかりました


冬が南天の赤い実に寒さを結んでいくように

沢山の思い出を私に結んだまま

義母は永久の眠りにつきました


最後は自分が誰であるかも

生きている風景も見えなくなってしまった

義母の寂しさを思うと

まだ暖かさが残る義母を

何かで包んであげたいと思っても

私は自分の顔を重ねて泣くことしかできませんでした

あなたと最も近しい距離にいられたはずの時間は

別れの深さを伝えていました


夫と二人で見送った朝

義母から託された約束の

ナデシコの浴衣を着せました

そして お化粧をすると昔の面影が蘇り

安らかな顔になりました


ここ数年 

義母をつなぎ止める言葉が見つからず

波がひいていくように私たちから遠のいていきました

それは誰かが大きなヤツデの葉を振り払って

義母の記憶を消していくようにも思える重い日々でした


施設を訪れるたびに夫は

遠のいていく義母への思いを

千羽の鶴に折り込んでいきました

そして今日の折り鶴は

「苦しむことなく飛び立てるように飛翔している鶴を」

と夫は申します

二人とも黙って別れの気持ちを折りました


今 帰宅した義母を迎える我が家の庭は

冬枯れで淋しいけれど

義母の好きだった カマツカが赤い実を残しています


見上げると澄んだ冬空を風花が舞っています

義母との三十四年間響き合った時間から

もう、はぐれてしまった寂しさが私を濡らしていきます

風花は静かに眠る義母をいとおしむように

冬空を舞っています


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