高安ミツ子
切通坂を登っていくと
いっせいに木々の梢は
天女にでも触られたような輝きで
頭上高く初夏に揺れています
それは悠久を歌う
重みの声で
初夏の足音は
命の蔓となって
崖から空に延びています
人影のない切通坂
苔むした岩間からの絞り水は
坂道をぬらし
水と羊歯と樹木は
急な勾配を縁取るように
続いています
日付のない日記の
寂しい気持ちを
優しく包んでくれるのは
太古から続く季節の唄なのでしょうか
切通坂の生命の響きは
水彩画のように
たっぷりとした愛おしさで
今を生きよと
私の耳元でささやいています
重たく歩む私の意識は
それでも
か細い一本の木立ちのように
風景に染まっていきました
切通坂は街並みをつなぐように
忘れられた私の若さと
私の老いをひっそりとつないで
喜び 悲しみの
清い思いのかなたに
蝶が飛び交っていると思わせるような
私の鏡になっていきました
切通坂は
初夏に包まれ まだ続いています