Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

  詩作品 「冬の森」

2019-01-30 22:38:36 | 詩作品

                                              高安ミツ子


             

 

      

             冬の森の道には人影がありません

                スギ林は陽ざしを遮(さえぎ)り

                アオキが

                冬の命をまばたいています

                仙人草が木にからみつき

                ススキも寒さに枯れて

                樹木は静かに耐えていますが

                森の命は根っこで繋がっているのです

 

                息切れしながら上り坂を歩くたびに

                森は私をむかし話の中の

                わらしにしてくれるので

                赤い実をつけたアオキまで

                手招きしているように思えるのです

 

                冬の森は

                倒れた裸木が幾つもあり

                春の入り口への遠さを示しています

 

                ふと立ち止まると忘れ去られたように

                庚申塔(こうしんとう)が

                今も人の願い背負ったまま立っています

 

                昔 

                人の体内にいる三尸(さんし)を天に昇らせないため

                人々は庚申の夜を

                眠ることなく祈りの祭事を行ったといわれています

 

                風雨にさらされた塔に触れてみると

                石の冷たさの奥から

                うっすらとした素朴な願いが伝わってきます

                積もった木の葉に包まれた庚申塔は

                人への淋しさを払うように

                森の空気に溶けこんでいました

 

                そして私は歩くたびに

                七十三年の貧しい生を

                私の悔やんだ落し物を

                取り出しては

                森の懐の深さに重ねていきました

 

                すると野の花を摘みに行くような

                山の湧水を口にしたような気持ちになり

                森の優しさを感じたまま

                振り返ってみました

 

                しかし冬の風が杉林やアオキを揺らし

                森の道はただ細く続くばかりでした

                微かにジョウビタキのさえずりが聞こえます

 

                私の心は澄んだ今日の風景を歩いていました

 

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