紫陽花の坂道 高安ミツ子
夕暮れの浜辺のような切なさを残し
あなたは黙って逝ってしまいました
『私は緑がないところでは生きられないの』
病弱だったあなたの言葉が蘇っても
季節の区切りができない私は
いまだにあなたへ別れの言葉は言えないのです
雨が少ない梅雨の季節を
紫陽花が
日差しに絡まれて咲いています
あなたが呑み込んでいた哀音が
坂道に咲く紫陽花の花影から聞こえます
あなたの面影は
紫陽花の小さな炎の集まり
てまり花の青に染まっていき
あなたの声が
今日はひどく遠くに感じられます
見あげると坂道の曲がり角は
あなたと私の別れの境界線になって
越せない距離を紫陽花が描いているようです
ひとつの風が涼やかに吹いてきました
あなたが背負っていた
重い荷物を下ろすように
紫陽花の群生をゆすり
私の心をもゆすっていきます
ぽつぽつ降り出した雨に
私の中のあなたを濡らさぬように
紫陽花の咲く坂道を歩き始めました