ゆっくり行きましょう

気ままに生活してるシニアの残日録

楽劇「トリスタンとイゾルデ」をテレビ鑑賞する

2025年01月11日 | オペラ・バレエ

バイロイト音楽祭2024/楽劇「トリスタンとイゾルデ」をテレビで鑑賞した

ワーグナー 作曲
演出:ソルレイフル・オーン・アルナルソン(1987、アイスランド)
管弦楽:バイロイト祝祭管弦楽団
指揮:セミョーン・ビシュコフ (1952、ソ連)
収録:2024年7月25日 バイロイト祝祭劇場(ドイツ)

<出演>

トリスタン:アンドレアス・シャーガー(1971、オーストリア、Andreas Schager)
イゾルデ:カミッラ・ニールント(1968、フィンランド、Camilla Nylund)
国王マルケ:ギュンター・グロイスベック(1976、オーストリア、Günther Groissböck)
クルヴェナール:オウラヴル・シーグルザルソン
ブランゲーネ:クリスタ・マイア

今までワーグナーの作品は長いものが多いので見る気がしなかったが、今年は挑戦してみようと思っている、先ずはテレビで放送していた「トリスタンとイゾルデ」を観ようと思った、この曲のCDは持っているが、音楽が抽象的でメロディーがなくBGMで聴いていても全然覚えないのでオペラも観る気にならなかったが、良いオペラだとの評判が多いので挑戦しようと思った

なお、作曲当時ワーグナーはパトロンであった実業家ヴェーゼンドンクの妻と不倫関係にあった、このオペラは彼の私生活の刻印でもあるようだ

今回の演出だが、NHKの放送時のテロップの説明や他の方のブログを見ると以下の特徴がある

  • 演出のソルレイフル・オーン・アルナルソンは今回がバイロイトデビューで、舞台を持参品が山積みされている船に設定した
  • 彼は2人が物語が始まる前から愛し合っていたことを強調するとともに「憂鬱な」という名を持つトリスタンを死の世界に取りつかれた男として造形した
    (感想)
    トリスタンのあらすじを調べると2人はイゾルデがトリスタンに媚薬を飲ませたことから愛し合ったとなっているが、この日のトリスタンはそうではないため媚薬を飲むシーンがなかったのかと合点した
    また、通常のあらすじではトリスタンはメロートと争って死に至ると説明されるが、そのシーンがなかったのでおかしいなと思ったが、この演出ではトリスタンは死に取りつかれて第2幕で自ら劇薬を飲んで死ぬが死にきれず、第3幕では目が覚めて、最後に多分薬のせいで死ぬのであった

歌手については

  • イゾルデ役のフィンランド人ソプラノ、カミッラ・ニールントは評判は良いようだが、ちょっと太目だと思った、カーテンコールの時にトリスタン役のアンドレアス・シャーガーと二人で出てきて、シャーガーがニールントを抱きしめて上に持ち上げようとしたら重くて持ち上がらなかったため抱きしめてごまかしていたのには笑ってしまった、しかし、これは取りようによってはアイルランド人王妃としての威厳がある姿とも言えるし、ワーグナーを歌うのは大変な声量とスタミナが必要で、若くてほっそりした歌手では無理とも言えよう
  • ニールントであるが、一昨年の年末のウィーン国立歌劇場の「こうもり」にロザリンデ役で出演したのをストリーミングで観ていた(その時のブログはこちら

  • トリスタン役のアンドレアス・シャーガーは旬のワーグナー・テナーで、来日したこともあるようだ、クルヴェナール役のオウラヴル・シーグルザルソン、ブランゲーネ役のクリスタ・マイアも知らない歌手だが、それなりの歌唱力があり素晴らしいと思った
  • 国王マルケ役のギュンター・グロイスベックはどこかで観たことがあるなと思っていたら、昨年観たMETオペラ「ばらの騎士」でオックス男爵をやっていた彼だった(こちら)、体格が良く、歌うときに上下のあごを逆方向に横にずらして歌う癖があるのですぐに気が付いた、来日したこともあるようで、今回も適役だと思った

さて、今回のトリスタンとイゾルデの音楽であるが、その特徴は「トリスタン和音」をはじめ、半音階進行の音楽を多用することで、西洋音楽の金科玉条であった調性音楽・機能和声を崩壊寸前まで追い込むという音楽史上に残る革命的な作品、 また不安定な和声を駆使することで、従来に比べ人間の内面をより緻密に表現できるようになったのも特徴と説明されている

初めてじっくり聞いたが、初回でもありまだまだ全然理解できなかった、ただ、第3幕は何となく終結に向かって盛り上がり、そして静かに終わるところが良いなと感じた、何回も聴きこまないとその良さはわからないのでしょう

難しいオペラでした


ラーメン2題

2025年01月10日 | グルメ

ラーメンは塩分が多いので日ごろはあまり食べないようにしているのだが、たまに食べたくなる時があり、そういう時は我慢せず食べることにしている

そこで、最近立て続けに食べたラーメンを紹介したい

最初の1軒は「京都北白川魁力屋(かいりきや)」のラーメン、2、3回来たことがある、この店の運営会社は上場会社だから驚きだが、安心できる

メニューにはいろいろトッピングなどの種類があるが、一番基本の特製醤油ラーメン720円と餃子5つ280円をたのんでみた

タブレットで注文するが、麺の硬さや背油の量などを好みに調整して注文できるのは有難い、すべて普通で注文した

出てきたラーメンを見ると、売り物の九条ネギが乗っており、それに加え柔らかいチャーシュー、メンマが乗っていた、背油の量はそんなにギドギドするほど入っていなかった、味はいたって普通で、おいしかった、餃子の大きさは普通で、味はまあまあだった

おいしかった

2軒目は上野駅構内にある「東京じゃんがら」だ、じゃんがらラーメンというのは九州じゃんがら有名だと思うが、ここ東京じゃんがらはJR東日本と九州じゃんがらがタッグを組んだ新しい業態の店舗でメニューも九州じゃんがらで提供しているメニューだけでなく、この店オリジナルのメニューも用意しているという

九州じゃんがらは池袋西武のレストランエリアにも出店しており、そこで昨年1回食べたが東京じゃんがらは初めてだ、いつも食事時になると行列ができているので人気店なのでしょう

11時40分くらいに行ってみたが行列はなく、直ぐに店内に入り、入口近くの食券販売機で購入し、二人掛けの席に案内された、注文はいつものとおり一番オーソドックスなもので「東京とんこつじゃんがら790円」にした、麺の茹で具合か何かを聞かれたが全部「普通で」と答えた

しばし待って、ラーメンが出てきた、とんこつスープに細めの麺、トッピングにチャーシュー、ネギ、茎ワカメのようなものが入っていた、メンマも入っていたかもしれない

食べてみると普通のとんこつラーメンの味でおいしかった、とんこつの臭みは全然なかった、けっこうひっきりなしに客が入ってきて繁盛しているようだ

おいしかった

たまにはラーメンも良いものだ、しかし、もっと塩分の少ないラーメンにしても味はそんなに変わらないのではないか、そのほうが私のような塩分を気にする人がもっと食べに来ると思うのだが


宮の森CCでゴルフ、帰りにおもちゃ博物館

2025年01月09日 | ゴルフ

栃木県下都賀郡壬生町にある宮の森カントリー倶楽部でゴルフをしてきた、この日の天気は晴れ、前日に久しぶりに雨、今朝は気温も高かったため霧が出て心配したがプレーする頃には晴れてきた、暦の上では小寒に入ったが、日中の気温は10度以上あり風もなくゴルフ日和の一日だったのは幸いだ

このコースは過去に1度だけ来たことがあるが、なぜかその後再訪をしてなかった、1991年(平成3年)開場で、経営母体は東武鉄道、グループ初の法人専用の高級倶楽部として会員募集は1次5000万円、2次は7000万円と高額だったが、平成19年に預託金を全額メンバーに返還してパブリックコースになった、コースの所有と運営は引き続き東武鉄道グループとなっている

会員に預託金全額を返還するとはさすがだ、一流企業傘下のゴルフ場でも会員に多額の損失を被らせたゴルフ場は少なくないでしょう、私はその被害にはあわなかったけど

コースは18ホール、リモコンカートでナビ付き、ベントの2グリーン、バックティーで6985ヤード、今日はBグリーン、コースレイアウトはトリッキーなところはなく、アップダウンもほぼない、フェアウェイバンカーとグリーンのガードバンカーが多く、ティーショットの方向を間違えると木が邪魔してセカンドショットが打ちづらくなる、池が絡むホールがいくつかあり、それらでコースを難しくしている、グリーンは9.5フィートでまずまず、アンジュレーションも結構あり簡単ではなかった

来ている客層は悪くなく、プレーの進行はまずまずで、気持ちよくプレーできた、倶楽部は落ち着いた雰囲気がある、クラブハウスも豪華だが華美ではなく、上品な感じがした、食事もまずまずだが追加料金が高いものが多いのが難

芝生が青くなったころまた来てみたい

さて、この日は早くラウンドを終了したので、近くの東武宇都宮線の「おもちゃのまち駅」に行ってみた、東武線のおもちゃのまちは玩具メーカーが集まっている地域で、昔は東京の台東区などの下町にあった工場が移転してきたもの、前から名前を知っていたが来たことがなかった

行ってみるとおもちゃのまち駅は特に特徴はなく、駅名が面白いので写真だけ撮って、あとはすぐ近くの「壬生町おもちゃ博物館」に行ってみた

ここは3才から6才までの子供が遊ぶ博物館で、この日も小さな子供を連れた人が大勢来ていた、昔のおもちゃがいっぱい展示してあり、子供たちが遊ぶスペースも多く設けられている施設で、見ていて楽しい、別館に鉄道模型のジオラマがあり、鉄道好きの子供たちが目を輝かせて遊んでいたが大人の鉄道ファンでも興奮するでしょう

お疲れ様でした


「藤原正彦の代表的日本人」を読む

2025年01月08日 | 読書

「藤原正彦の代表的日本人」(文藝春秋)を読んでみた、この本は日清戦争後に列強で広がった黄禍論を見て、内村鑑三が「代表的日本人」を著したのを参考に、著者が「日本人」の美質を体現した人という観点から、江戸時代から二人、明治時代から三人を選んで書いたものである

藤原教授の本は何冊か読んだことがあり、文藝春秋でも毎月投稿されているので楽しみに読んでいる、歴史や時事問題についても博学なところを存分に示されており、啓発されることも多い、ただ、私は藤原教授の歴史認識について同意できないところもある

今回読んでみて感心したところなどを書いてみたい、それにはこの五人の日本人の偉業に直接関係ない当時の状況説明的な著者の記述に対する感想もある

関孝和

  • 算聖と呼ばれた大天才だが個人的にはあまり興味がわかなかった

上杉鷹山

  • 上杉鷹山が米沢藩の再建に成功したのは①「民の父母」すなわち惻隠の情があった、②倹約のみならず大々的な殖産を奨励した、③良きブレーンと胆力、④自立を目指した不屈の精神があったためだった
  • 今の政治家は上記のいずれもない、属国となり果てて70余年、安全と繁栄さえあれば属国でも何でもよいではないかと安住に浸っている、国家の安全と繁栄は確かに重要だ、しかしそれはあくまで独立自尊のための手段に過ぎない、この主客を転倒して、日本人としの誇りを忘れているから、自ら決断することもできず「平和を愛する諸国民」の意向を右顧左眄して歩むしかない
    コメント
    その通りだと思う、こんな日本の状況を歓迎しているのが我が国周辺の覇権国家である、自民党ももう左派勢力だろう、隣国の懐柔工作が成功しているのがいまの日本だ

福沢諭吉

  • 咸臨丸航海の際、大した働きもせず、わがままを言っては木村提督や乗組員といざこざばかり起こすくせに大言壮語する勝海舟が癪にさわり、諭吉は「口先だけのほら吹き男」とみなした
  • 勝海舟が江戸を救ったのは俺だと自慢しいることに対し、「とんでもないことだ、自国がはるかに強い敵に攻められた場合、たとえ勝算が無くても死に物狂いで戦うべきである、その後にようやく和平をするか討ち死にするかを選ぶのである、先ずはやせ我慢して戦うのが正しい道である、勝にはやせ我慢が欠けている、何よりも立国の士風を弛めた、この点で国家に甚大な損害をもたらしたのだ、列強強国からの侵略があった場合に、そんな考えでどうするのだ」と言った
    コメント
    その通りだと思う、終戦後の日本人は占領軍と左派勢力により牙を抜かれているがウクライナはまさに諭吉が言っていることを実践していると言えよう、いまや自民党も隣国からあの手この手で篭絡されて完全に牙を抜かれた
  • 榎本武揚は勝と違い箱館で力尽きるまで戦ったのは良かったが、新政府に入り大臣、子爵と出世したから気に食わない、これでは箱館五稜郭において榎本の命に従い戦死した者たちに合わせる顔がなかろう
  • 福沢には勇み足や矛盾が多く、理路整然を貴ぶ学者たちの付け入るスキだらけだった、例えば「脱亜論」である、諭吉の脱亜論はそれまでの経緯、当時の情勢から当然であったから騒がれなかった、亜細亜蔑視と騒がれたのは60年あまりたった戦後である、日本の戦前をことごとく否定したいGHQの気に入りそうなことを書き、職を得たり地位を得たいと思う学者やジャーナリストが多くいたのである
    コメント
    これは今も同じでしょう、左派的なことを言っていれば新聞やテレビで使われることが多くなり知名度が上がるのでそうしているのでしょう、こんな学者やジャーナリスなどは風向きが変われば簡単に転向することは松本清張の小説「カルネアデスの舟板」で紹介した通りである(こちら参照)
  • 諭吉は「東西の人民、風俗を別にして情意をを殊にし、数千百年の久しき各々その国土に行われた習慣はたとえ利害の明らかなるものといえども、直ぐにこれを彼に取りてこれに移すべからず」と述べているが、18世紀の英国の思想家エドマンド・バークが「フランス革命の省察」で「制度、慣習、道徳、家族、などには祖先の英知が巨大な山のごとく堆積している、人間の知力は遠くそれに及ばない、理性への過信は危うい」と諭吉と同じことを述べている、日本は諭吉の言葉を忘れ、武士道精神では弱いものいじめに過ぎない帝国主義に浮かれ、伝統や慣習をひっくり返し、冷戦後の米英主導による新自由主義にからめとられた、その結果、経済が人間の幸せより上に立つ、という本末転倒の世界が現出し、今はポリコレなるキレイゴトに振り回されている
    コメント
    私が日ごろ感じている「知性万能を疑う精神的態度」の必要性を諭吉が主張していたとは忘れていた

河原操子

  • 河原操子は明治8年松本生れ、もののあわれに裏打ちされた控えめでやさしく、思いやりにあふれた女性であった、その古き良き伝統を芯とし、ごく自然に振舞いつつ偉大な勇気、決意、大胆さを発揮して日蒙を繋ぐ女子教育の先駆者として世界に羽ばたいた女性であった
    コメント
    この河原操子さんもすごい人、立派な女性だったと初めて知った、日本人としての奥ゆかしさを持った立派な女性こそ今に生きる日本女性が目指すべき一つのロール・モデルだと思う

芝五郎

  • 芝五郎は海津藩士芝佐多蔵の五男として万延元年に生まれ、長じて軍人となり義和団事件の際、公使館付武官であった五郎の活躍により列強各国、特に英国の信頼を得、後の1902年の日英同盟成立に大きな貢献をした
    コメント
    この芝五郎の功績はもっともっと日本人が知るべきであり、教科書にも書くべきでしょう
  • 大政奉還の直後、朝廷から「討幕の蜜勅」が下った、これは多くの学者が「偽勅」と指摘している、西郷、大久保、岩倉の三人による謀議によるものと推測されている、薩長には新政府における権力を握りたいという強い動機があり、そのためには隠然たる勢力を持つ幕府を武力討伐すべきと考えていた
  • 江戸城開城後も薩長は矛を収めず長州や薩摩は会津藩や庄内藩を討伐した
  • 長州が会津征伐を強く主張したのは、蛤御門の変で御所に大砲を撃つという前代未聞の不敬を働いた長州を京都守護職の会津藩は徹底的に撃破したうえ、その後の長州征伐でも中心となったから
  • 薩摩は江戸の治安を乱すことで幕府の威信を傷つけようと、浪人やヤクザなどを用い放火、略奪などの狼藉を働いていた、彼らが決まって三田の薩摩藩邸に逃げこむのを見た江戸市中取締役の庄内藩は、犯人を出せと言ったが一切言うことを聞かなかったので薩摩藩邸を焼き払った
  • 長州も薩摩も犯罪行為を咎められただけなのに、逆恨みをしたのであった、薩摩藩邸焼き打ちの報を京都で耳にした西郷は「始まりました」と居合わせた土佐藩の谷千城に言ってにやりと笑った
  • 新政府は会津藩を南部藩領であった下北半島三万石に移封した、六十七万石だった大藩の会津藩にとっては厳しい処遇で、日本史上見当たらない全藩民流罪という残酷無慈悲な処置であった
  • 後年「会津藩や庄内藩は封建制護持の元凶として討ったが会津や庄内の農民や町人は新政府軍を歓迎した」などと藩閥政治下では言われたが、よくある権力者による歴史捏造にすぎなかった
  • 維新後、西郷は西南戦争で自決し、大久保利通は暗殺された、権力掌握のため何の理由もなく会津に朝敵の汚名をかぶせたうえ血祭りにあげた元凶二人の非業の最期を聞き、五郎は二人の死を「天罰」とひそかに思い、溜飲を下げた
  • 廃仏棄却は千年余りにわたる伝統文化を破壊した恐るべき犯罪であった、薩長の無知無教養な若輩たちによる歴史上類のない蛮行であった、大政奉還のあった年には吉田松陰の四天王と言われた久坂玄瑞や高杉晋作など、また、佐久間象山、橋本左内、藤田東湖、横井小楠など維新をリードした高い知性の人々は他界あるいは隠退していたため、維新は薩長の見識も良識もない若い武断派下級武士たちによる血なまぐさいクーデターとなり、そのうえ彼等がそのまま政治の中枢に居座ることになったから、法外な人的犠牲や文化的犠牲が発生した

コメント
薩長の上に紹介したような残虐非道な行動をここまで書いたものを読んだのは初めてだ、これは一つの見方だろうがあたっている部分もあるでしょう、ただ、これだけ読んで維新の元勲らの評価を下すのは危険な気がする、現に薩長中心の新政府はそれ以外の藩からも芝五郎をはじめ有為な人物を登用し、日清・日露戦争に適切に対応できたのであるからその点は立派なものだと思う

勉強になりました


歌劇「賭博者」をテレビ鑑賞

2025年01月07日 | オペラ・バレエ

ザルツブルク音楽祭2024、歌劇「賭博者」をテレビで鑑賞した、収録は2024年8月12・17日、フェルゼンライトシューレ(ザルツブルク)

プロコフィエフ 作曲
原作:ドストエフスキー
台本:プロコフィエフ
演出:ピーター・セラーズ(1957、米)

<出演>

将軍:チェン・ペイシン
ポリーナ(将軍の養女):アスミク・グリゴリアン(1981、リトアニア)
アレクセイ(将軍の子供の家庭教師):ショーン・パニカー(1981、米)
おばあさま:ヴィオレタ・ウルマナ(1961、リトアニア)
ブランシュ(社交界の有名人、将軍の婚約者):ニコル・チルカ(ウクライナ)
侯爵:フアン・フランシスコ・ガテル
アストリー(英国人ベンチャーキャピタリスト):ミカエル・アリヴォニャ
ヴルマーヘルム男爵:イリヤ・カザコフ
ニリスキー公:バイ・チェンギ
ポタープチ:ジョゼフ・パリッシュ
支配人:アーマンド・ラボット

合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ティムール・ザンギエフ   

演出のP・セラーズによって舞台設定も登場人物も現代化、マネーゲームに踊らされた人々と「お金持ちでは得られない愛」を求めるヒロインの姿を描くオペラ

このオペラはドストエフスキーの同名の小説が原作となっている、小説の方は一度読んだことがあるが、オペラがあるとは初めて知った、日本で上演された記録はないとのことだが、ヨーロッパでもめったに上演されない演目、そういう演目をザルツブルク音楽祭が取り上げるというのが興味深い

このオペラは4幕で構成されているが、セラーズは2時間ちょっとの休憩無しの1幕ものにしている、2時間くらいなら見ていても耐えられるでしょう

演出のピーター・セラーズの作品を観るのは初めて、有名な演出家らしい、今回は時代を現代に置き換えて演出したとの説明だが、それはあまり原作の本筋を変えるようなものではなかった

そうなのだが、舞台設定はかなりユニークなものとなっていた、この舞台を現地で観劇した方のブログを読むと現地では高評価だったとのこと、舞台にはルーレット台をイメージしたUFOか日本の独楽のようなオブジェが吊るされていて、状況に応じて上がったり下がったりする、照明もいろいろ変化して目でも楽しめる

登場人物は多いが、核になる人はアレクセイ、ポリーナ、将軍、ブランシュ、侯爵の5人だけだ

観劇した感想としては

  • プロコフィエフの音楽は印象に残るようなものがなく、セリフも単調で、オペラか演劇かわからなかった、これでよく歌手が歌えるなと思った、セリフ劇に音楽が流れているだけのような感じがした
  • 最初から最後まで一番よく出ていたのがアレクセイ役のショーン・パニカーだった、もう最初から汗だくで必死に歌っている感じだった、歌唱力はあると思った
  • 次に目立ったのはブランシュ役のウクライナ人のニコル・チルカであった、美人であり、自分のセクシーなスタイルを見せびらかすようなコスチュームで出てきて男性観客の目を刺激しまくっただろう、歌もうまかったと思うので今後主役級の役もできるのではないか

  • 人気の点からはポリーナ役のアスミク・グリゴリアンが一番らしいのだが、ルチカに比べ地味な役で、服装も地味なもので舞台上ではあまり目立たなかった、ただ、歌唱力はありそうだし、美人でもあり、既に多くのオペラでタイトルロールを務めた実績がある第一人者だ、他の演目の演技を是非見てみたい歌手だ
  • この物語の最後、ポリーナがアレクセイが賭博で稼いだ大金を受け取らずに去っていく理由だが、小説を読み直してからオペラを観たわけではないのでわからなかったが、ChatGPTで質問してみると「ポリーナはアレクセイに対して複雑な感情を抱いています。彼女は彼を信頼していた一方で、彼がルーレットに熱中し、人生を賭博に浪費している姿に失望していた可能性があります。アレクセイが大金を稼いだとしても、それは単なる一時的な結果であり、彼が根本的に変わったわけではないと感じたのかもしれません」として更に具体的な説明が出てきた、なるほどなかなか奥が深い

楽しめました

あらすじ、ウィキの説明を抜粋(セラーズの時代設定は無視)

第1幕

将軍家の家庭教師アレクセイは、想いを寄せる養女ポリーナに頼まれルーレットに挑むが、全額を使い果す、さらにポリーナへの忠誠のため命令に応え男爵夫妻をからかう

第2幕

将軍はアレクセイを解雇、ポリーナを慕うアストリーから将軍家が困窮し侯爵から多額の借金をしていることを聞かされる、将軍は病身のおばあさまの遺産で借金を清算し、ブランシュと結婚するつもり、そこへおばあさまが登場し将軍に財産を遺しはしないと宣言

第3幕

おばあさまはルーレットで財産の大半を使い果たす、動揺する将軍はアレクセイにおばあさまを止めるよう懇願するが彼はなにもできない、おばあさまは賭博場を後にし、ブランシュに去られた将軍は絶望する

第4幕

第1場
ポリーナがアレクセイの部屋を訪ねる、侯爵が自身もルーレットで大金を失くし将軍の借金を返すよう迫ってきたのだという、アレクセイはポリーナを救うため部屋を飛び出していく

第2場
賭博場でアレクセイはルーレットに挑み、大勝ちを重ねる、賭けにのめりこむアレクセイに周囲は恐れを抱く

第3場
大金を手にしたアレクセイはポリーナに札束を渡すが、ポリーナはそれを叩きつけて去っていく、賭博場での幸運に浸るアレクセイがひとり残される


《響の森》「ニューイヤーコンサート2025」を聴きに行く

2025年01月06日 | クラシック音楽

東京文化会館大ホールで開催された「ニューイヤーコンサート」に行ってきた、正月3日だというのに満員だった、15時開演、16時45分終演

出演

指揮:ガエタノ・デスピノーサ(伊)
ヴァイオリン:荒井里桜(1999)、第15回東京音楽コンクール弦楽部門第1位及び聴衆賞
管弦楽:東京都交響楽団、コンマスは水谷晃

曲目

  • オッフェンバック:オペレッタ『天国と地獄』序曲
  • マスネ:オペラ『タイス』より 「瞑想曲」(注)
  • サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 Op.28(注)
  • ワーグナー:オペラ『タンホイザー』序曲とバッカナール
  • ガーシュウィン:パリのアメリカ人

(注) 荒井里桜がソリストとして参加した曲目

(ソリスト・アンコール)
パガニーニ作曲(デスピノーサ編曲)「カンタービレ ニ長調 Op.17」

この日は幅広い年齢層の人が来ていたように見えた、私は舞台に向かって左側の2列目の席、指揮者や荒井里桜の表情や仕草が良く見えてよかった

荒井里桜の演奏は昨年テレビで読響とチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を弾いた公演を観た(こちら)、ホールで観るのは初めてだ、今日のバイオリンは1837年製J,F.Pressenda、この日の荒井は真っ白なドレスを着て登場してびっくりした、まるで結婚披露宴の新婦か白雪姫が出て来たのではないかと思った

今日の彼女の演奏はうまかったと思うが、演奏中の表情がなぜか硬く、演奏を楽しんでいるようには見えなかったのは私の気のせいか、演奏後は盛大な拍手を浴びていた、1999年生まれだからまだ今年25才、頑張って成長してほしい

指揮者のガエタノ・デスピノーサははじめてお目にかかる人だが、指揮する姿、指揮を終わった時の振る舞いなどを見ると、楽団員にいろいろ気配りしていることが感じられた、日本の楽団とは既に何回か共演したことがあるので、日本人や日本の観客との接し方は心得ているのでしょう、好印象を持ちました

さて、この日の公演の感想を少し述べたい

先ず、この日の演目だが、最初の3曲は全てフランスの作曲家の作品である、また、最後のガーシュウィンの作品も彼がフランスに滞在した時にパリの街に魅了されて作曲したものであり、ワーグナー以外はフランスに因んだものである、その辺の演目の狙いについてはプログラムノートなどで説明してほしかった

  • オッフェンバック:オペレッタ『天国と地獄』序曲
    (感想)
    このオペレッタは好きだ、この序曲も良い、特に最後の「地獄のギャロップ」は最高だ、私の年代以前の人はきっとこれを聞けば文明堂のコマーシャル、運動会、パチンコ屋でかかっていたのを思い出すでしょう
  • マスネ:オペラ『タイス』より 「瞑想曲」
    (感想)
    よく聞く曲で、フランスらしい曲だと思った
  • サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調28
    (感想)
    タイスも含めて荒井里桜が難しいバイオリンの曲をうまく弾いていたと思った
  • ワーグナー:オペラ『タンホイザー』序曲とバッカナール
    (感想)
    今年はワーグナーのオペラに挑戦しようと思っていたので、この日に聴けてちょうどよかった
  • ガーシュウィン:パリのアメリカ人
    (感想)
    ガーシュウィンはそれほど好きではないので普段あまり聞かないが、それなりに楽しめた

楽しめました


歌劇「ジョコンダ」をテレビで鑑賞

2025年01月05日 | オペラ・バレエ

歌劇「ジョコンダ」をテレビで鑑賞した、場所はサン・カルロ劇場(ナポリ) 、初めて見るオペラ、時間は3時間、めったに上演されることがないオペラらしい

作曲:ポンキエッリ (伊、1834-1886)
原作:ヴィクトル・ユゴー(仏、1885年没83才)
台本:アッリーゴ・ボーイト(伊、1842-1918)
演出:ロマン・ジルベール

ポンキエッリはヴェルディとプッチーニの間の世代、ミラノ音楽院教授としてプッチーニやマスカーニを指導した、また、台本のボーイトは晩年のヴェルディの共同作業者として有名

<出演>

ジョコンダ(ベニスの歌姫):アンナ・ネトレプコ
エンツォ・グリマルド(かつて貴族、今は船乗り):ヨナス・カウフマン
ラウラ・アドルノ(総督の妻):エヴ・モー・ユボー
アルヴィーゼ・バドエーロ(ヴェネツィア総督):アレクサンデル・クペツィ
バルナバ(密偵):リュドヴィク・テジエ
チェーカ(ジョコンダの母、盲目):クセニヤ・ニコラエヴァ

バレエ:サン・カルロ劇場バレエ団
管弦楽:サン・カルロ劇場管弦楽団
指揮:ピンカス・スタインバーグ 
収録:2024年4月10・16日 サン・カルロ劇場

鑑賞した感想

  • 初めてみるオペラだったが十分楽しめた、ストーリーは少し複雑だったが音楽は比較的わかりやすく、演出も奇抜なところがないオーソドックスなもので良かった
  • タイトルロールがネトレプコ、その恋人役がカウフマンという当世一の歌手の組み合わせという豪華さ、両者とも期待にたがわず良い演技と歌を披露してくれた
  • ネトレプコは髪形を工夫して若く見えるようにしていたのが良かった、目の周りの化粧がもう少し薄くなれば完璧だったと思う、ただ、こういう役をやるならもう少し痩せてほしい、今回はぎりぎりOKとした(若いころはスリムだっただけどね)、ただ、歌唱力、声量は衰えておらず、さすがだと思った

  • ジョコンダというのは陽気な女という意味だが、オペラの中では大部分、自己を犠牲にして母の恩人である恋敵と自分を裏切った恋人との逃走を助け、最後は自殺するという暗い役であり、ジョコンダという名前が劇に合っていないと思った、また、ジョコンダによる「自己犠牲」という点で歌舞伎などによくみられるストーリーと類似している意外感があった
  • カウフマンはカッコよかったし、歌もうまかった、文句なしだ

  • 盲目の母親役のクセニヤ・ニコラエヴァのメイクがあまりにもグロテスクではないかと感じた
  • ラウラ役のエヴ・モー・ユボー、アルヴィーゼ役のアレクサンデル・クペツィ、バルナバ役のリュドヴィク・テジエはまずまずであった
  • 第3幕第2場のバレエの場面で使われる「時の踊り」が非常に有名、確かに楽しめる場面であった、ただ、音楽はそれほど良いとは感じなかった
  • 総督から不倫の罪を責められ毒を飲んで自殺せよと迫られた妻ラウラを救うため、ジョコンダは飲んでも仮死状態になるだけで後で生き返る薬をラウラに渡して自死したと見せかける場面がある、同じような薬の話がロメオとジュリエットにあったなと思い出した
  • 最後に自分をバルナバの自由にさせないためジョコンダが自害したあと、母の亡霊が出てきてバルナバに襲いかかるような場面で終わりになるが、その母の亡霊が出てくるところがこの演出独自の特徴かと思った

意外と面白いオペラでした

ストーリー

第1幕 獅子の口、総督宮殿の中庭

謝肉祭の日、ジョコンダが母をおいて恋人のエンツォに会いに行くと、ジョコンダに袖にされたバルナバが母を魔女に仕立てあげて殺せと大騒ぎ、総督のアルヴィーゼが夫人ラウラとともに現れラウラの嘆願で母の解放を命じる、母はラウラにロザリオを礼に渡す。エンツォはバルナバに正体を見破られるが、ラウラとの密会のセッティングをやってくれると言われ感謝するが、これが策略で、不倫を総督に密告される。

第2幕 ロザリオの祈り、ベネチアの対岸、フジーナの岸辺

エンツォの船、ラウラが現れエンツォとの愛を確かめ合う、エンツォが舵の様子を見に立ち去ったところに、ジョコンダが登場しラウラに怒りをぶつけ言い争いに、ジョコンダは短刀でラウラを刺そうとすると、不倫の現場をおさえに来た総督の船が。ジョコンダはラウラが持つロザリオを見て、母の恩人がこの女であることを知り、立ち去らせて救う。戻ってきたエンツォに向かって「もう彼女はあんたを愛してはいない」と言うがエンツォは激怒し舟に火をつける

第3幕 黄金館

第1場 アルヴィーゼの宮殿の一室

総督の部屋の中。隣の部屋では舞踏会が開かれている。総督が妻の不倫に怒り狂っているところへ、ラウラが入ってくると「これで自らの命を絶つのだ」と毒薬の瓶を渡して去ると、舞踏会に歌いに来ていたジョコンダが入ってきて、ラウラに毒薬の代わりに、仮死状態になる薬を手渡す。

第2場 祝宴のために装飾された豪華な部屋

舞踏会場。総督は何食わぬ顔で招待客に挨拶、歌や踊りが始まる。そのあと提督は家名を汚した妻を殺したと言い、死体がある床の穴のカバーを取る、客の中に紛れ込んでいたエンツォが、「私を追放した上に、愛する人まで奪ってしまった。」と総督に食って掛かるが牢に入れられる、ジョコンダはバルナバに「エンツォを助けてくれるのなら、あんたに体を与える」と耳打ちする(これだけ露骨な和訳は如何なものか)、母の行方が分からなくなる

第4幕 オルファーノ運河、ジュデッカ島の廃墟となった宮殿の中庭

一人になったジョコンダは、ラウラの毒薬を飲んで死のうとするが思いとどまる。そこへ、牢を逃げ出したエンツォが入ってきて、ラウラが死んだのならその墓のそばで死ぬと言い、ジョコンダが墓には死体はないと言うと、エンツォは激怒してジョコンダを殺そうとする。そのとき、生き返ったラウラの声、喜びで抱き合う二人。ラウラは「あなたが救ってくれた」とジョコンダに感謝する。手配していた船が着いたので送り出すジョコンダ、そこへ、期待に胸を膨らませたバルナバがやってくるが、ジョコンダは突然短刀で自害。バルナバは、ジョコンダの母を殺したことを告白するが、もうジョコンダには聞こえなかった


水村美苗「大使とその妻」を読む(2/2)

2025年01月04日 | 読書

(承前)

  • イーアンは、アメリカは原爆を落としただろう、それに怒りを示した日本人には1人も会ったことがない、だから驚きだよ、アメリカの占領軍のプロバガンダの力は相当なもんだったってことさ、と言った
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    列強の悪意を見ないのがお人よし日本人だ、歴史や政治の学者こそ真っ先にそれを見抜くかと思ったら、戦勝国から押し付けられた歴史観を肯定しているありさまだ、第二の敗戦でしょう、誇りを失った我が国の将来が本当に心配だ

  • 国家は既に存在する自国の文化を金さえ出せば保存できる、日本政府はその金を出し惜しんだし、何かというと政府に文句を言う日本の人も、そこで政府に文句を言うことはなかった
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    「何かというと政府に文句を言う日本人」、そこはその通りでしょう、日本人は国家依存症だ、依存しているから文句ばかり言う、福沢諭吉の「一身独立して一国独立す」は今こそ必要でしょう、みんなが国に依存すればやがて大増税か崩壊かどちらかでしょう
  • この国は変化をしながらも図太く独自に生き延びるのかもしれないという気がしたりするという、それは日本の根源にある「何か」がまだ大河のように地下深くに流れているためでは、大陸の儒教的な教えも根付かなかったように、グローバル化の大波が押し寄せてきても結局は表層だけで終わってしまうのかもしれない、知らずにそんな自信があるから自分の古い文化をないがしろにしても平気なのかもしれない
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    そうならば良いのだが・・・、過度に自由ばかり大事だと洗脳した結果、結婚しない自由、子供を産まない自由、家族別姓の自由、自由、自由・・・自由が横行して暴れているのではないか

  • 最初にブラジルに渡った日本人は奴隷の代わりだった、最初は沖縄の人が多かった、沖縄の人が殊に貧乏だったから、出稼ぎに行こうとしたのは、農民だけではなく、沖縄や九州各県、中国地方では広島などの人が多い、1933年、1934年が一番多かった、年間2万人以上が南半球に渡った、明治時代はもう身分にも土地にも縛られず、自分で道を切り開くことができるし、開かねばという思いもあったり、国が民間の会社と手を組んでブラジル行きを熱心に農民に勧めていたのが重なったこともある、アメリカは排日移民法で行けなかった、当初政府はアメリカを移民先に選んだ、ブラジルのあとは満州になった、日本政府は満州国という傀儡政権を作り、純然たる国策として大量の国民を送りこむようになる、問題は政府と国民が別の夢を見ていたことだ、政府は移民先に永住してほしいと思っていたが移民は日本に帰ってきたかった
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    こういう日系移民の方の苦労は知らなかった
  • 篠田氏は幾度か日系移民の話をした、国家に見捨てられた人々、棄民、という言葉を初めて聞いた、南アメリカまで出稼ぎに行ったあげく見捨てられた日系移民は棄民の典型だという
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    日本人は人を大事にしない、という面が度々あるように思う、第2次大戦時の軍隊もそうだったし、戦後も一流企業や中央官庁ですらその労働実態はブラック企業並みのところが多いだろう
  • 性的暴行疑惑がある男を共和党の上院議員たちがなりふり構わずに最高裁判事として承認したとケヴィンは回想する
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    これはブレッド・キャバノ氏のことだろう、私は毎日アメリカのニュースを見ていたが、この疑惑は30年も前の彼の大学時代のものであり、虚偽の証言だったり、疑惑をサポートする他の証言者が全く出てこなかったので嘘だということになり、結局キャバノ氏は正当な手続きにより最高裁判事に就任した、共和党議員がなりふり構わず最高裁判事にしたわけではない、水村氏がこれを知らないはずはないのだが

  • アジア太平洋戦争時代、いかに日本が狂っていたかが生々しく感じられる
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    自分の先祖が狂っていたという表現には感心しないが、そういう表現が許されるなら有色人種の国をすべて植民地にして搾取してきた西洋列強こそ狂っていたと言えるであろう、そして彼らが最後にたどり着いたのが極東であり、我が国だけは自由・独立を守るため最後まで抵抗して戦った誇り高い国である
  • 第二次大戦後、日本の敗戦を信じられない人がブラジルにいた、その人たちが、日本が敗戦したという事実を皆に知らしめようとしていた人たちを殺していったという、殺された人は「負け組」または「認識派」と呼ばれ知識階級の人たちが多く、かつては日系社会で指導者だったという、戦争が終わった翌年から1年以上にわたって小競り合いが続き、負傷者はブラジル人も含めて150人ほど、殺されたのは二十数名、中には「負け組」側に殺されてしまった人もいるという、広い世界から見れば、大日本帝国が犯した罪と重なって見えるに違いない
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    知らなかった歴史である
  • 2020年の米大統領選挙の結果をひっくり返そうと議事堂に押し寄せる暴徒をテレビで観ると、75年前の「勝ち組・負け組抗争」のことを考えた、「勝ち組」のような嘘を頭から信じた人たちがいたのは、外からの情報が全く届かなかったせいだと思っていたが、今のような情報洪水の世界でも同じことが起こり得るとは・・・と感嘆させる
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    私は両者は同じではないと思うけど
  • 第二次大戦勃発後、ブラジルは中立を保っていたが、真珠湾攻撃を気に連合国側に付き枢軸国側と国交断交した、ブラジルに残された日本人は孤立し、日本からの帰国船は来なかった、日本人移民はひどい目にあった、資産没収、強制立ち退き、日本語学校封鎖、日本語禁止、工場焼き討ち、取り調べ、そういう迫害を多く受けた人ほど日本の勝利を信じた、敗戦を簡単に受け入れられなかった
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    アメリカ西海岸で日本人移民が強制収容所に入れられたなどは知っていたが、ブラジルのケースは知らなかった
  • 駐在員というのは、大使館の連中と同じように、大戦が始まり、日本とブラジルが国交断絶したとたんに、自分たちを棄てて日本に帰ってしまった連中だ
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    駐在員もそうだが、戦争末期に満州やアジアで日本軍将校たちが居留民や兵士を置き去りにして帰国したという話もある

  • 瑠璃子の父親は、イギリス人というのは、自分たちが一番上等だと思っているのだよ、だからあんな偉そうな話し方をするんだ、日本人を含めた他の人種をいかに見下しているかをまのあたりに見た、キリスト教徒にあらずば文明人にあらず、父は「日本には宗教がない、その代わりに日本文化というものがある」と言った
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    白人は今でも心の中では有色人種を見下している人が少なくないでしょう、中国や朝鮮も昔は長く日本を見下していた、その後、江戸末期からは日本人が近代化しない朝鮮や中国を見下し、今はまた中国や韓国は、長期間経済停滞し、領土問題や歴史問題で反論もしてこない日本を見下しているでしょう
  • 能楽に関連し、日本は日本古来の文化を軽んじ、戦を始めたそもそもの責任をもそのせいにするような風潮が支配し、日本人は自分たちの文化をごみのように丸ごと窓の外に投げ捨てようとしていた、能楽などは「昔から続いていること」がその存在意義の多くを占めるが、戦後の日本においてはこれほど意味のないことななかった
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    明治維新は江戸時代を否定し、戦後は戦前を全面否定した、この短絡さがおめでたい、知性や合理性だけでは解決できない問題が世の中には多い、昔から続いていることは一つの知恵である
  • コロナの時、行き交う西洋人の何人かが例によってマスクをする日本人を見て「みんなと同じように行動する日本人」を見下してマスクを付けなかった
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    みんなと同じ行動は良い面もあるが、経済停滞の一つの原因でしょう
  • 長い間、外交官としてさまざまな国を見てきた篠田氏は、日本が良い国であること、日本のようにまともな国はそうないこと、多くの人が住みたくなる良い国だと言えること淡々というのである
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    何かというと日本を悪く言うのが知性的態度だと勘違いしている人が多いが、これらの人たちは国民からは徐々に見放されているのではないか、日本は世界一素晴らしい国だと思う

期待を裏切らない良い本でした

(完)


かさまフォレストで元日ゴルフ

2025年01月03日 | ゴルフ

昨日は朝起きていつものようにブログの投稿をしようと思ったら、いくらアクセスしてもつながらない、スマホでやってみても嫁さんのパソコンでやってみてもダメで、何かあったのかなと思ったら、ドコモがサイバー攻撃を受けてダウンしているという

今日は東京文化会館にニューイヤーコンサートを聴きに行ったが、その帰りの5時ころになってやっとつながった、担当役員や社員の方は正月早々会社に出勤してさぞかし大変だったでしょう、今年は地震がないと思ったらサイバー攻撃とは、やれやれだ

元日の恒例、初打ちゴルフに行ってきた、今回のゴルフ場はGOLF5カントリーかさまフォレストを選んだ、何回か来たことがあるコース

元日の朝、家を6時15分くらいに車で出発、常磐高速の柏インターを過ぎて利根川を渡るときに東の空が初日の出を前にして明るくなってきた

谷和原インターで降りてしばらく走ると東の空に初日の出が見えた、例年通り車中から初日の出を拝んだ

この日は天気は晴れ、笠間地区はほとんど無風、朝こそ寒かったが日中の気温は10度以上あり、絶好のゴルフ日和だった

10年以上前は元日にゴルフをする人が少なく、営業しているゴルフ場も少なく、値段も安かったしスイスイ回れて最高だったが、最近はけっこう元日からゴルフをやる人が増え、営業しているゴルフ場も増えた、結局、元日と言ってもやることがないので、体を動かすのにゴルフはちょうど良いと思っている人が多いのではないか

幸い、この日のコースはそれほど混んでなかった、セルフ営業でゴルフバックをカートにのせるまで自分でやる方式、帰りも自分でクラブを拭いて、自分で玄関まで運ぶ

このコースは18ホール、2グリーン、今日はAグリーン、速さは10.0フィートだったからまずまず、アンジュレーションもそこそこあり面白い、高低差はあまりないが、レイアウトは面白く、グリーン周りのバンカーも多いので楽しめる、バックティーで7008ヤード

プレーの進行もあまりストレスがかからず合格点、食事はセルフデー特有なのだろうかキッチンカーが来ていて、そこで選んで2階のレストランにもっていって食べる方式、飲み物が一つサービスでつき、酒類もOKなのは有難い、そしてサッポロの赤星があったので喜んだ、値段は1人ツーサム割り増しが入り12,000円とちょっと高めだが仕方ない

十分楽しめました、帰宅してから近くの神社に初詣に行った


水村美苗「大使とその妻」を読む(1/2)

2025年01月01日 | 読書

あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします。今年も毎日投稿したいと思っていますので、よろしくお願いします。

水村美苗「大使とその妻」(新潮社)を読んだ、彼女の本は「日本語が亡びるとき」や「本格小説」、「母の遺産」などを読んできたが、一番印象に残っているのは夏目漱石の「明暗」の続編となる「続明暗」だ

漱石の小説の中で私の好きなのは「こころ」や「ぼっちゃん」でなく最後の作品「明暗」である、その「明暗」は未完の小説で、彼女はその未完の「明暗」を自分で想像力を逞しくして結末まで書き上げた、漱石をはじめとする内外の文学に対する深い造詣を有していないとできない作品だと思い、彼女の知性に感心したものだった

水村美苗さんは1951年生れ、母は78歳で初の自伝的小説「高台にある家」を上梓した水村節子(1922-2008)、父親の仕事の関係で12歳の時に渡米、ボストン美術学校、イェール大学フランス文学専攻、イェール大学大学院仏文科博士課程に在籍し、プリンストン大学講師、ミシガン大学客員助教授、スタンフォード大学客員教授として、日本近代文学を教えた経験を持つ、夫は東京大学名誉教授の岩井克人氏

寡作ながらほとんどの作品は何らかの賞を受賞している、本作は12年ぶりの大作、本作は米国人男性の視点で書かれた小説、日本文化を研究する米国人ケヴィンの語りで進む

軽井沢の追分に立つ小屋にひとり暮らすケヴィン、その隣に越してきた篠田氏はかつて南米の大使だった、物語は篠田氏とその妻、貴子が姿を消した山荘から始まる。ケヴィンは夫妻の思い出を日本語で記していく

読後の感想を述べたい

  • 水村さんの小説では軽井沢が出てくる場面が多いように思うが、きっとご自身も好きな場所なのでしょう、この小説でも少し軽井沢に詳しい人ならだれでも知っているパンの浅野屋、スーパーのツルヤ、ハルニレテラスなどが出てくるので読んでいて直ぐにイメージが湧くのが良い、以前の小説では離山通りにあったイタリアン・レストランの「スコルピオーネ」が出てきて、知らない店だったので行ってみたが、今は閉店して無くなってしまったのは残念だ
  • 上巻はすらすらと一気に読めた、軽井沢が舞台であり、主人公のケヴィンの考えや生き方に共感できるところも多く読んでいて心地よかった、しかし、下巻になるとブラジル移民の話や、篠田氏の妻の貴子の生い立ちが多くなり、日系移民の問題など勉強になる部分も多かったが、貴子の両親や若い時の教育を担った北条瑠璃子に関する話などは長すぎるように感じた
  • 最後の結末についてはちょっとしたサプライズもあり納得できるが、ケヴィンと貴子の年令設定が高すぎるのがその後の二人の生活のイメージを描くことを難しくした
  • この小説には主要登場人物の中に同性愛者が二人いる、同性愛者の特性や考えなどが出てくるところが一つの特徴である、これも最近注目されているLGBTなどの影響だろうか

さて、小説の作者は登場人物に自分の考えを言わせることがある、本書を読んでいて、この登場人物の発言は水村さんの考えなのか、そうでないのか、などといろいろ考えながら読んだ、私が気になった登場人物の発言や考えなどを引用し、コメントを付けた

  • 「だから日本はやなんだ」とここ数年間あたりでいよいろ盛んになった軽井沢の開発について述べている、そして乱開発された別荘や山小屋を見て、いろんな国のスタイルの建物が乱立して、散歩すると西洋のあちこちに行った感じになると書いている、そしてヨルゲン爺さんに別荘地なのにもっと厳しい建築規制を書けないのは文明国とは言えないと言わせている
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    軽井沢に新幹線が通り、コンビニが乱立するようになってすっかり興ざめした、もともと庶民が押し寄せるような所ではない、俗化した軽井沢の魅了は確かに下がったでしょう
  • ドイツ憲法には所有権には義務が伴うといった類の文言があるので個人の所有物でも景観という公共財産のために規制を受けるのは当然としている、ところがGHQがいかにもアメリカらしく個人の自由ばかりに重点を置いたため彼らが作った憲法にそういう規定がないため景観を規制しにくい
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    自由、自由と何かというと自由と個人の権利が一番大事だ、国家への貢献が悪いことのように言いふらしてきたのが戦後の言論空間だ、自由や権利は大事だが責任や義務が伴うと教えなければ、それこそ無責任というものでしょう

  • 二つも原爆を落とされて必死に再興する日本を助けるのはアメリカ人の人道的な勤めだと父は思っていたようだ
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    原爆投下や東京大空襲などは人類に対する罪だ、ゲルニカを描いたピカソが日本にいなかったのが残念だ
  • 2016年アメリカの大統領選挙で想像だにしなかった男が当選して、アメリカのひずみがここまで深化し、今まで当たり前だったことが次々と覆されるとは、と嘆いている
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    水村氏でもトランプ批判ですか、ここは著者の考えと違っていてほしい

  • 日本は日露戦争の勝利で過信し四半世紀後、中国に侵入するに至った
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    日本は他国と同様に合法的に駐留、居留していたのであり、その日本に対して合意を無視してあらゆる挑発行為をして大きな被害を与え戦争に引きずり込んだのはどの国だ
  • ドイツ人のイーアンに「ITで儲けたやつらにはおおむね教養がない、フランス語や日本語ができるやつなどいない」と言わせている
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    ITで儲けた人だけでなく、一流企業のトップでもリベラル・アーツの重要性を理解している人は少なく、彼らの平日の夜や休日の過ごし方を聞けばITで儲けた人たちとそう違わないのではないか
  • 200年間の鎖国のあと西洋列強に植民地化される難をかろうじて逃れ、戦争ばかりしながら近代化を推し進めていった極東の国
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    戦争ばかりしていたのはそういう時代であったからで日本は決して好戦的な国ではない、欧米こそ戦争や侵略ばかりしていた国ではないか

  • イーアンは、日本人のほとんどがここまで極端な平和主義者で、戦争アレルギーっていうか、戦争っていう言葉を口にするのもいやなのは、僕にとって大助かりなんだ、また、そんなひどい戦争をしたから当然だろうけど、と言った
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    日本を悪者にした占領軍による洗脳も大きいでしょう、極端な平和主義は我が国周辺の覇権国家をその気にさせるだけだ、アメリカは注射が効きすぎたと思っているでしょう
  • それに対してケヴィンは、「若い人はずいぶんと違っていますよ、と以下のように反論し、30年前、私が日本に最初に行こうとしているとき、当時60半ばで今は亡きアメリカ人の教授が私に忠告した、日本人の知識人と言えば「資本論」を聖書のようにあがめる左翼ばかりで、しかも米軍の占領時代からの徹底した反戦教育のおかげで頑迷固陋な平和主義者だから、そのつもりでいるようにと、いつしか時は移り、私が日本の土を踏んだ頃には、そんな日本においてもマルクスは既にはやらなくなっていた、ただ、普通の人でも平和平和と唱えていた
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    マルクス主義の階級闘争史観は今も生き延びている、今どきマルクス主義とは言えないので、人権、平和、反核、反戦、自由、環境など人の耳に響きやすい言葉で自分たちの姿を隠している、そして、そこに付け込んできているのが隣国だ、今の日本には隣国から見たら利用価値の高い隠れ階級闘争史観信者がいっぱいいるでしょう

(続く)