ゆっくり行きましょう

気ままに生活してるシニアの残日録

明治座 十一月花形歌舞伎(昼の部)を観劇

2024年11月30日 | 歌舞伎

今月は明治座 十一月花形歌舞伎(昼の部)を観劇した、3階の右側の席で3,000円、座席前の手すりが視線に入って見にくかった、明治座は初めてだからよく見える席がわからなかった、11時開演、15時20分終演、ほぼ満席だった

この日は2階席のほぼ全部を貸し切り、東京のある名のとおった女子高の生徒たちが観劇に来ていた、良家の子女という感じの賢そうなお嬢さん方で観劇マナーもよかった、高校生に日本の伝統芸能を鑑賞させるのは良いことでしょう、また、今日の演目も学生の鑑賞に適したものだと思った

『車引』(菅原伝授手習鑑)、30分

松王丸/坂東彦三郎(1976、音羽屋、楽善の息子、亀蔵は実弟)
梅王丸/中村橋之助(1995、成駒屋、芝翫長男)
桜丸/中村鶴松
藤原時平/坂東楽善(1943、音羽屋)

梅王丸、松王丸、桜丸は三兄弟、実在しない人物、松王丸は藤原時平、梅王丸は右大臣菅丞相(菅原道真)の牛飼い舎人、桜丸は斎世親王の家来。時平はある出来事をきっかけに、菅丞相を陥れて流罪にしたため三つ子は、松王丸(時平側)×梅王丸・桜丸(道真・斎世親王側)と図らずも敵対関係になってしまう

京都の吉田神社の近くで梅王丸と桜丸が遭遇し、お互いの立場を嘆きあっているところに時平が牛車で参詣に訪れる、梅王丸と桜丸は参詣を妨害して文句を言うと、松王丸も出てきて兄弟三人で争いになり牛車を引き合う、何か言ったりやるたびに見得を切り、見得の切りあいに、最後に時平が登場して梅王丸と桜丸は逃げ出して終わり

歌舞伎の様式美、衣装の派手さ華やかさ、退場時の飛び六法というところが見どころ

(感想)

梨園の血統のない鶴松が活躍しているのがうれしい、演目はそれなりに楽しめた

『一本刀土俵入』、1時間半

駒形茂兵衛/中村勘九郎
お蔦/中村七之助
堀下根吉/中村橋之助
若船頭/中村鶴松
酌婦お松/中村梅花(1950、京扇屋)
波一里儀十/喜多村緑郎
船印彫師辰三郎/坂東彦三郎
老船頭/市川男女

相撲の親方に見放され一文無しの駒形茂兵衛は取手の宿で親切な酌婦のお蔦から櫛簪や持ち金すべてを恵んでもらい「必ず横綱になる」と誓い、立ち去る、お蔦が口ずさんだ故郷の「おわら節」が茂兵衛の心に残る。十年後、相撲取りにはなれず、渡世人となった茂兵衛だが、お蔦への恩義を持ち続けていいる。今は娘と二人で侘しく暮らしているお蔦の元へ茂兵衛が訪ねてくると、お蔦の夫が帰って来て、いかさま賭博に手を出して悪党たちに追われているという、茂兵衛はこれぞまさしく10年前の恩返し、迫り来る猛者どもを蹴散らかし、その親分をも相撲で鍛えた力で見事にねじ伏せるた、横綱になれなかった彼の精一杯の土俵入りだった

この演目の作者は長谷川伸(1963年、79才没)、イヤホンガイドによれば、この作品は長谷川の体験がもとになっているとのこと、長谷川家は伸が幼少の時没落し、伸は品川の遊郭で出前持ちをするなどして苦しい生活をしていたところ、ある遊女から金銭的に助けてもらい、そのおかげで何とかなり、その恩を一生忘れなかった、というようなことを解説していた、また、作家の池波正太郎は長谷川伸の弟子になる

題名の一本刀とは、武士が大刀・小刀の2本を腰に差したのに対して、侠客 は長脇差1本であるところから 一本差しと呼ばれたことによる

(感想)

七之助のお蔦が良かった、特に最初の方の取手の宿の酌婦を演じていた時の艶めかしさが何とも言えない良さがあった、演技力が上がったのではないか、茂兵衛を演じた勘九郎であるが、演技中にふと見せる横顔が勘三郎にそっくりになってきた、ただ、茂兵衛は勘九郎に似合った役かというとそうでもないなと感じた、勘九郎は何か必死になって演じるような役が一番似合うと思う

『藤娘』20分

藤の精/中村米吉(1993、播磨屋)

藤娘は、大津絵の「かつぎ娘」に題をとった長唄による歌舞伎舞踊の演目、六世尾上菊五郎が昭和12年に藤の精が娘姿で踊る演出に改め好評を博し、以来たびたび上演されてきた女方舞踊の人気作

藤の花が咲き誇る中、塗笠をかぶり藤の枝を担いだ娘が現れる。この可憐な娘は藤の精。恋する切なさを嘆き、恋人を松に見立てて酒を飲み交わすうちにほろ酔いとなり、賑やかな踊りを見せるが、やがて日暮れとともに姿を消す

(感想)

私の贔屓にしている米吉が一人で舞台を務める姿を見れたのがうれしい、現在の若手女形でナンバー1だと思う

今日の幕間の食事は明治座で買った弁当にした、おいしかった


錦秋十月大歌舞伎(昼の部)を観劇

2024年10月17日 | 歌舞伎

今月も歌舞伎座で観劇した、いつものとおり昼の部、3階A席、この日の観客の入りはイマイチであり、3階席は空席が目立ったし、自席から見える1階最前列の方は若干の空席があった、この日の公演はテレビ収録があるとの貼り出しがあった

一、平家女護島 俊寛
近松門左衛門歿後三百年、近松門左衛門 作

俊寛僧都/菊之助
丹波少将成経/萬太郎
海女千鳥/吉太朗
平判官康頼/吉之丞
瀬尾太郎兼康/又五郎
丹左衛門尉基康/歌六

平家打倒の密議が露見し、丹波少将成経、平判官康頼とともに流罪となり絶海の孤島、鬼界ヶ島に流された俊寛、3年が経ったある日、水平線の彼方から船影が。そろって都へ帰れると喜びあうのも束の間、赦免者のなかに俊寛の名前だけがなかった・・・

俊寛という演目は歌舞伎で知ったというより、以前、菊池寛の短編小説集「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」(新潮文庫)に含まれていた同名の小説を読んで知った経緯がある、観劇のあとでその本を引っ張り出してざっと目を通してみると、俊寛の最期が歌舞伎のあらすじとは違っている

今日の近松門左衛門作の俊寛では、赦免船に乗れるのは3人までで、京にいる妻が自害して死んだことを知った俊寛が自分は島に残り、鬼界ヶ島の海女千鳥とねんごろになった成経を思い、自分の代わりに千鳥を船に乗せてくれと言い、最後に俊寛だけが島に残り、船が去っているのを見て慟哭するところで終わっている

ところが菊池寛の小説では、俊寛が島に残るところは同じだが、千鳥が出てこない代わりに、島に残った後、島の少女と俊寛とがねんごろになり、結婚して子供も3人できて幸せに暮らした、となっている

近松の俊寛は「平家物語」巻の三「足摺り」を題材にしているが、内容的には大幅な創作が加えられているとのこと、菊池寛の小説も同様でしょう。調べてみると俊寛は小説や戯曲でいろんなバージョンがある、菊池寛以外にも芥川龍之介、吉川英治などいろんな人が書いており、それぞれ独自の物語にしているようだ

さて、俊寛だが、今回は初役で菊之助が務めた、自分は俊寛を見るのは2度目になるが、1度目は亡くなった中村吉右衛門の俊寛だった、吉右衛門の得意とする演目だったようで、それを観ることができたのは幸いであった、今回の菊之助は義父の吉右衛門の得意芸の初役ということでさぞかし力が入っていただろう、いい演技をしていた

島の娘千鳥だが、南国の島であるにもかかわらず、可愛らしい着物を着ているのがおかしいというか場面設定に全然合っていない、これは近松門左衛門のジョークでしょう、南国の島の娘であれば、ゴーギャンの絵に出てくるタヒチの娘を想像するのが普通であろう

二、音菊曽我彩 稚児姿出世始話
松岡 亮 脚本

曽我一万/尾上右近
曽我箱王/眞秀
小林朝比奈/巳之助
秦野四郎/橋之助
化粧坂少将/左近
鬼王新左衛門/芝翫
大磯の虎/魁春
工藤左衛門祐経/菊五郎

歌舞伎の様式美あふれる祝祭劇、紅葉に彩られた箱根山、菊売りの姿に身をやつした曽我一万と箱王がやって来る、参詣に訪れていた工藤祐経(すけつね)と対面した二人は、父の敵である工藤に対し、箱王は血気にはやり、一万や朝比奈が止めようとするが・・・

鎌倉時代に実際に起きた曽我兄弟の仇討ちの物語は、江戸歌舞伎において祝祭劇として多くの作品が生み出され、曽我十郎と五郎の兄弟が、幼名である「一万」と「箱王」として登場する本作は、新たな着想のもと、所作事から対面となる古式ゆかしい曽我狂言

祐経を82才になる菊五郎が、曽我兄弟を尾上右近と眞秀が務めた、その他、芝翫、魁春、巳之助など豪華メンバーで華やかな舞台が観れて良かった

なお、舞台音楽には長唄連中が勢ぞろいし、前列中心には八代目杵屋巳太郎が立て三味線を弾いていたのがわかりうれしくなった、巳太郎の人柄をテレビや舞台で知りファンになった、長唄ではもう一人杵屋勝四郎も親しみのある人柄で好きであるが、今日は出演していなかった

江戸の口碑(こうひ)に残る大岡政談、岡本綺堂 作
三、権三と助十 神田橋本町裏長屋

権三(ごんざ)/獅童
権三女房おかん/時蔵
助十/松緑
助八/坂東亀蔵
家主六郎兵衛/歌六
小間物屋彦三郎/左近
小間物屋彦兵衛/東蔵
願人坊主雲哲/橘太郎
願坊主願哲/國矢
左官屋勘太郎/吉之丞
猿廻し与助/松江
石子伴作/権十郎

大岡政談から生まれた新歌舞伎の人気作、駕籠舁(かごかき)の権三と助十が暮らす裏長屋では、夏恒例の井戸替えが行われている。ところが、権三が参加していないことに助十が腹を立て、言い争いが始まる。そんな騒がしい長屋へ、小間物屋の彦三郎が家主の六郎兵衛を訪ねて来る。強盗殺人の罪で入れられた牢で死んだという父の汚名を晴らすため、大坂から駆けつけてきた彦三郎の話を聞いた権三と助十の二人は、事件の夜に真犯人とおぼしき男を目撃していたという・・・

大正15(1926)年に歌舞伎座で初演された演目、名奉行・大岡越前守が難事を解決するおなじみの「大岡政談」を題材に、江戸の市井に生きる庶民を活写した作品、喜劇味と推理劇の味わいがあるが大岡越前は出てこない

新歌舞伎とは、明治時代中期から太平洋戦争の最中までに書かれた歌舞伎の一種で、文学者や小説家の作品を歌舞伎で上演したもの

明治維新後の文明開化によって西洋から様々な文化が入ってきたことを受けて、歌舞伎を近代社会に合った内容にしていこうとする「演劇改良運動」が提唱され、この運動の中で、歌舞伎の脚本を歌舞伎を専門に書く狂言作者ではなく、文学者や小説家が手掛けるようになった、代表的な作品には、坪内逍遥の「桐一葉」、岡本綺堂の「修禅寺物語」、真山青果の「元禄忠臣蔵」など、今日の演目はこの岡本綺堂によるもの

初めて観る作品だが、歌舞伎というよりは演劇という感じがした、先月鑑賞した夢枕獏原作の新作歌舞伎「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」と同じような感想を持った

さて、今日の幕間の昼食だが、食事は歌舞伎座ビル地下にある売店で人形町志乃多寿司の弁当にした、いつもは三越の地下で買うのだが、今日は歌舞伎座ビルで使える金券2,000円を持っていたので、それを使うために歌舞伎座で買った

また、甘味は歌舞伎座近くの「木挽町よしや」のどら焼きを前日に電話で予約し、幕間に取りに行って食べた、初めて買う店だが小ぶりのどら焼きがしっとりとしておいしかった

楽しめました


秀山祭九月大歌舞伎(昼の部)初日を観に行く

2024年09月05日 | 歌舞伎

今月も歌舞伎座の公演(昼の部)を観に行った、九月は秀山祭、これは初代中村吉右衛門の生誕百二十年を記念して、その功績をたたえるため俳名 である「秀山」を冠し、平成18(2006)年9月歌舞伎座から始まった公演

今年の演目は、夜の部の妹背山女庭訓と勧進帳の方が観たかったが、最近は夜の部を見ると終演が9時過ぎとなり帰宅時間が遅くなるのが嫌で、演目に関係なく、昼の部を見ることにしている

今日もいつもの3階A席、前から4列目であった、今日は初日、開演は11時、終演は15時半頃、空席が若干見られたが、まずまずの入りではないか

一、摂州合邦辻、合邦庵室の場

玉手御前/菊之助
俊徳丸/愛之助
奴入平/萬太郎
浅香姫/米吉
母おとく/吉弥
合邦道心/歌六

合邦道心の庵室へ娘の玉手御前が闇夜に紛れてやって来る、後妻に入った高安家で継子の俊徳丸に邪な恋心を抱き、逃げ出した俊徳丸の後を追ってきたのだ。娘の愚かな恋を嘆きながらも、母のおとくは見放すことができず玉手を中へ通す。ところが合邦の庵室には、俊徳丸が許嫁の浅香姫とともに匿われていた。嫉妬と狂った恋心で迫る玉手は、俊徳丸の醜い顔も浅香姫と別れさせるために自らが飲ませた毒酒が原因だと告白。そんな娘の浅ましい姿を見兼ねた合邦は、堪らず玉手を手にかけるが、玉手が打ち明ける俊徳丸への恋心の真実に・・・

この演目は初見、これは古くから伝わる説話「しんとく丸」や謡曲「弱法師」、説教節などを素材として、安永二年に人形浄瑠璃として初演されたもので、歌舞伎で上演されるのはその下巻とのこと

観た感想としては、

  • 1幕物で、出演者も数名であり、あらすじはちょっと予習するだけで理解できるので観ていた非常に分かりやすかった
  • 演技の中心は何といっても菊之助(玉手御前)と合邦道心(歌六)であった、菊之助の女形の演技が良かったし、歌六の年相応の律儀な父親役が役柄にピッタリとはまっていると思った
  • また、セリフはあまりないが、浅香姫役の中村米吉が実に可愛らしかった、若手女形で一番きれいな役者だと思う
  • 話の核は、自分が大切だと想う相手を災難から守るため自分が犠牲になるという自己犠牲の物語、この手の話は江戸時代の日本人には大いに受けたのであろうが、これな何も封建時代の時代錯誤の話だと決めつけることはできない、海外でも同様なストーリーの物語があるので(直ぐに思い出せないが)、人類共通の情念かもしれない

二、沙門空海唐の国にて鬼と宴す
弘法大師御誕生一二五〇年記念、夢枕 獏 原作、戸部和久 脚本、齋藤雅文 演出

空海:幸四郎
楊貴妃:雀右衛門
白楽天:歌昇
廷臣馬之幕:廣太郎
玉蓮:米吉
春琴:児太郎
阿倍仲麻呂/高階遠成:染五郎
橘逸勢:吉之丞
杜黄裳:錦吾
白龍:又五郎
丹翁:歌六
憲宗皇帝:白鸚

平成28(2016)年に歌舞伎座で初演し好評を博した夢枕獏原作の新作歌舞伎の再演、唐の都、長安、市中では皇帝の次には皇太子も倒れるだろうという不穏な立札が夜な夜な現れる怪異が起きてた。遣唐使船で日本からやって来た空海は、ある日、訪れた妓楼で遊女の玉蓮を相手に不思議な力を見せ、白楽天たちがその光景に驚くなか、皇帝の崩御を予言していたという化け猫の話を玉蓮から聞く

すぐさま空海が噂の屋敷へ向かうと目の前に現れたのは、黒猫を頭に乗せた春琴という夫人。怖がる橘逸勢を横目に、そんな状況すら楽しむ空海にその黒猫が語りかける。化け猫と対峙した空海は、ある疑問を解くため白楽天を伴い、50年前に葬られた楊貴妃の墓を探るが・・・

街で知り合った謎の老人・丹翁から楊貴妃の時代に唐へ渡った阿倍仲麻呂の手紙を託され、遂に空海は時空を超えて唐王朝を揺るがす大事件の解明に挑む

観た感想を述べてみたい

  • 夢枕 獏原作の小説は文庫本で4冊になるという長編である、登場人物も多く、それを2時間の歌舞伎にするのは相当な無理があるとイヤホンガイドでも言っていた通り、事前にある程度予備知識をインプットとして臨んだにもかかわらず、途中で集中できなくなった
  • 全体として、歌舞伎というには無理があるような気がした、音楽は黒御簾の中の笛や太鼓、三味線などではなく、録音した現代音楽の放送であり、演技でも見得を切ることもなく、様式美を見せることもない、明治座あたりでやるお芝居といった方が適当だと思った
  • 主役の空海をやった幸四郎だが、白鴎同様、歌舞伎以外のいろんな演劇などにも出演しているので、今回の演技も慣れているのでしょう、そつなくこなしていたように見えた、また、息子の染五郎は堂々とした演技をしていたと思う

さて、本日の幕間の食事は、いつものように三越銀座の地下に行き、日本橋弁松のお弁当にした、やはり歌舞伎観劇の定番と言えば弁松の弁当だ

また、甘味は榮太郎のだんごにした


八月納涼歌舞伎(第二部)を観に行く

2024年08月10日 | 歌舞伎

2024/8/12 一部内容訂正

記載内容に一部誤りが見つかったので訂正します、見え消し線で示した部分を削除し、新たな記載をそのあとに追加しました

今月も歌舞伎座公演を観に行ってきた、今月は昼夜三部制で、第二部、午後2時30分開演を観に行った。いつもの3階A席、5,500円、座席から見える範囲ではかなり席が埋まっていたようだ、終演は5時半

河竹黙阿弥 作
一、梅雨小袖昔八丈(つゆこそで  むかしはちじょう)

髪結新三/勘九郎(1981、中村屋)
お熊/鶴松(1995生れ、中村屋)
手代忠七/七之助(1983生れ、中村屋)
弥太五郎源七/幸四郎
下剃勝奴/巳之助
丁稚長松/長三郎(2013年生れ)
家主女房おかく/歌女之丞
車力善八/片岡亀蔵
加賀屋藤兵衛/中車
家主長兵衛/彌十郎(1956、大和屋)
後家お常/扇雀

江戸末期から明治にかけて活躍した、名作者・河竹黙阿弥の代表作の一つ、彼の代表作には三人吉三、白浪五人男、魚屋宗五郎などがあり、七五調のセリフの小気味よさが一つの特徴。黙阿弥の人生を描いた直木賞受賞作「木挽町のあだ討」(永井紗耶子)は昨年読んで勉強になった(その時のブログはこちら)奥山景布子の「元の黙阿弥」は昨年読んで参考になった(その時のブログはこちら

白子屋では一人娘のお熊に婿を迎えようとしているが、お熊は店の手代忠七と恋仲、その事情を盗み聞いた白子屋に出入りする髪結新三は、忠七に駆け落ちを唆し、その晩、お熊を連れ出すふりをしてお熊を拐かして身代金を要求しようと企んだ。お熊を取り戻すためにやって来た俠客の弥太五郎源七を追い返した新三だったが老獪な長屋の家主・長兵衛が交渉に来ると・・・

イヤホンガイドの説明によれば、本作は実話を題材にしており、材木屋白子屋では傾いた店の再建のため娘お熊と金持ちの男との縁談を進めていたところ、その男が醜男であったため結婚を嫌がり、その男を殺したという話、歌舞伎ではこれではお熊に同情が集まらないため改変して、髪結新三を悪役にし、お熊が新三にかどわかされる世話物狂言にしたとのこと。実話では、お熊はお縄となり、引き廻しの上、死罪、その引き廻しの時に梅雨小袖という高価な着物を着ていて話題をさらったため、本作の題名にもなった。

髪結新三を初演で演じたのは五代目菊五郎、その五代目菊五郎の娘と結婚したのが十七代勘三郎、その後継ぎが十六代勘三郎で、その長男が当代勘九郎、今回新三を初めて演じた、いつものことながらの全力投球の演技であり良かった、また、息子の長三郎が丁稚長松で出ており、こちらも頑張って演技していた。

今回、お熊を演じたのは中村鶴松であり、彼は一般人から歌舞伎役者になった異色、亡き勘三郎から見込まれ、精進した結果、今では勘九郎、七之助に次ぐ勘三郎家の三男の扱いを受けているとのこと、大したものだ、鶴松は昨年2月の猿若祭二月大歌舞伎の「新版歌祭文(野崎村)」でも主役のお光を演じていたのを観劇したところだ(その時のブログはこちら)

市川中車が加賀屋藤兵衛役で出演していた、彼は銀座のクラブで女性問題を起こし、その後は歌舞伎やテレビなどに出演しなくなったが、2022年の市川團十郎白猿襲名披露の「十二月大歌舞伎」に出演して今回だ、松竹はどう考えているのだろうか、目立たないように復活させるのか・・・

2時間という長い演目であるが、話が分かりやすく、場面転換も何回かあり、面白く観劇できた。

二、艶紅曙接拙(いろもみじ  つぎきのふつつか)

紅翫(べにかん)/橋之助(1995年生れ、芝翫長男、成駒屋)
虫売りおすず/ 新悟
朝顔売阿曽吉/ 中村福之助(1997年生れ、成駒屋、芝翫次男)
大工駒三/ 歌之助
角兵衛神吉/勘太郎(2011年生れ、勘九郎長男)
町娘お高/染五郎
蝶々売留吉/虎之介(1998年生れ、成駒屋、扇雀息子)
団扇売お静/児太郎(1993年生れ、成駒屋)
庄屋銀兵衛/巳之助

この演目は、夏に涼を呼ぶ、爽やかな風俗舞踊、人々が浅草・富士浅間神社に夕涼みに集まるなか、江戸で評判の遊芸を見せる紅翫がやって来て、お面を使った踊りや多彩な芸を披露するもの。

紅勘というのはこの踊りの主役・浅草の小間物屋紅屋勘兵衛のこと。化粧品の紅を売っていたことから紅屋を名乗っていたようだ。彼は青竹・味噌こし・しゃもじでこしらえた三味線を持っていて、太鼓やら笛やらを携え、芸をしながら町を歩く、チンドン屋のイメージだとイヤホンガイドでは言っていた。

この演目を初めて演じたのは初代中村芝翫、以後、芝翫家が演じるときは紅勘ではなく、「紅翫」と表記する習わし、今日は当代中村芝翫の長男中村橋之助が演じるので、紅翫、となっている。

舞踏は細かいことは抜きにして歌舞伎の様式美を味わうものだ、若手陣で楽しい踊りを見せてくれた、染五郎も久しぶりに見たが綺麗だった。橋之助は頑張っていた、扇子やタオルの黒子とのやり取りにミスがあったが、今後の成長に期待したい

さて、今日の昼の部は2時半開演、昼食は家で済ませてきて、幕間の甘味だけ松屋銀座店の黒船のどら焼きを2種類買って食べた、もっちりしていておいしかった。なお、私の好きな茂助だんごは先月で松屋店を閉店にしたそうでがっかりした

 

 


七月大歌舞伎(昼の部)を観に行く

2024年07月10日 | 歌舞伎

今月も歌舞伎座の公演、七月大歌舞伎(昼の部)を観に行った。3階A席6,000円、今回は前から5列目だった、今日は11時開場で、10時半近くに到着したが、歌舞伎座前は大勢の人でごった返していた、中に入り、座席を見渡すと満員に近い入りではないかと思った、團十郎人気か。終演は15時30分頃だった。

昼の部の演目は珍しく「通し狂言」、義経千本桜をアレンジした成田千本桜だ。歌舞伎座では、一つの演目を最初から最後まで演ずると一日かかる大作もあるので、「見取り狂言」と言って一部の人気がある場のみアラカルト的に演じる方式が定着しているが、今回は義経千本桜という大作を通しで上演するものだ。なお、今回は通し狂言と言っても完全な通しではない。ちなみに日本では通し狂言は国立劇場で行われることが多い。

演目

通し狂言 星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)
成田千本桜、市川團十郎十三役早替り宙乗り相勤め申し候

発端

  • 福原湊の場

序幕

  • 第一場 堀川御所の場
  • 第二場 伏見稲荷鳥居前の場
  • 第三場 渡海屋の場
  • 第四場 同  奥座敷の場
  • 第五場 大物浦の場

二幕目

  • 第一場 下市村椎の木の場
  • 第二場 同  竹薮小金吾討死の場
  • 第三場 同  釣瓶鮨屋の場

大詰

  • 第一場 川連法眼館の場
  • 第二場 同    奥庭の場

配役

左大臣藤原朝方、卿の君、川越太郎、武蔵坊弁慶、渡海屋銀平実は新中納言知盛、入江丹蔵、主馬小金吾、いがみの権太、鮨屋弥左衛門、弥助実は三位中将維盛、佐藤忠信、佐藤忠信実は源九郎狐、横川覚範実は能登守教経(計十三役):團十郎

静御前:雀右衛門
相模五郎:右團次
小せん:児太郎
片岡八郎/若葉の内侍:廣松
伊勢三郎:男寅
鷲尾十郎/お里:莟玉
逸見藤太:新十郎
お米:梅乃
亀井六郎:青虎
駿河次郎:九團次
猪熊大之進:市蔵
五人組作兵衛:家橘
梶原平三景時:男女蔵
お柳実は典侍の局:魁春
源義経:梅玉

今回の演目は、古典歌舞伎の三大名作の一つ『義経千本桜』のドラマ性に焦点をあて、娯楽性に富んだ演出や新たな趣向、宙乗り、大立廻りを取り入れ、源平の時代に生きた人間たちの運命と修羅を描いた物語。令和元(2019)年7月市川海老蔵(現 團十郎)により初演、好評を博し、今回、その意欲作をさらに練り上げ、團十郎襲名後初めての上演。

なお、演目の「星合世十三團」だが、イヤホンガイドでは、13という数字は團十郎が13代目ということに関係し、星合とは勧進帳のもととなった演目で初代團十郎が上演した「星合十二段」に由来したものという説明だったと思う、また、この千本桜は源平合戦が終わった後の話であり、源氏による平家の追討、維盛、知盛、教経の最後に絡んだ物語だ。

観劇した感想を書いてみよう

  • 今回の演目は何といっても團十郎だろう、13役を早変わりでこなすハードな演出、舞台裏ではさぞかし大変な対応であろうが、大過なく務めたのは立派なものだ、今日届いた松竹の歌舞伎雑誌「ほうおう」のインタビューで團十郎は「舞台裏は自動車レースのF1のピットインのような感じだ」と述べているがその通りなのでしょう。
  • 派手な見せ場が3つあった、そのうちの2つは宙乗りだ、一つは序幕の最後、知盛が義経との大物浦での戦いに敗れ、投身した後、閉幕前に天に昇るように宙乗りにより昇華する場面、もう一つは大詰、佐藤忠信実は源九郎狐が自分の生い立ちを語り、義経が感動して初音の鼓を与え、その後教経と戦ったあとに、やはり天に昇華するように宙乗りして消えていく場面である。両方ともやんやの喝采を受けていた
  • さて、もう一つの最後の派手な見せ場であるが、ネタバレになるのでここでは書くのをやめておこう
  • 面白いと思ったのは、発端の福原湊の場が終わったところだったか、舞台に團十郎が一人出てきて、背後には大きなスクリーンで團十郎が務める13役の人物相関図が示されて、その相関図の説明をしてくれたところだ。以前もこんなことがあったかもしれないが、物語が複雑で登場人物も多いので、いい試みだと思った
  • 13役であるが、それぞれ熱演していたと思うが、佐藤忠信実は源九郎狐だけは團十郎には似合わない役だと思った。「ほうおう」の團十郎のインタビューで團十郎は、13役の中でも特にいがみの権太、知盛、佐藤忠信実は源九郎狐の三役は特に重く、思い入れんある役だ、と述べている
  • 特に佐藤忠信実は源九郎狐については、狐は人間世界を超越して、愛、親への気持ちをもっている、純粋な気持ちを忘れない心を人間は学ばないといけない、そういう作品と解釈して、そこにフォーカスしたと述べている、そこまで心酔している役にケチをつけて申し訳ないが、狐の形をしてピョンピョン欄干を飛び跳ねるのは江戸歌舞伎荒事の本家本元の團十郎には似合わないと感じた。

さて、今日の幕間の食事、いつもの三越銀座の地下、何にしようか迷ったが、大徳寺さいき屋の「さば寿司だし巻き弁当」1,400円にした。甘味は、先日京都旅行で訪れた旧三井家下賀茂別邸のランチで出てきた鶴屋吉信のお菓子が良かったので、その鶴屋吉信の「つばらつばら」238円にした。いずれもおいしかった。

お疲れ様でした


六月大歌舞伎(昼の部)を観に行く

2024年06月07日 | 歌舞伎

六月大歌舞伎(昼の部)を観に行った、いつもの3階A席、今日は前から4列目、ほぼ中央、6,000円、3階席はそれほど混んでいなかった。

六月大歌舞伎では、萬家三代同時襲名が行われる。中村時蔵(69)が初代中村萬壽を、時蔵の長男・中村梅枝(36)が六代目時蔵を、梅枝の長男・小川大晴(8)が五代目梅枝を襲名する。三代揃っての襲名披露は2018年の高麗屋以来だ。

また、中村獅童(51)の長男・小川陽喜(6)が初代中村陽喜、次男・小川夏幹(3)が初代中村夏幹として初舞台を踏む。なお、萬壽と獅童とは兄弟である。

萬家一門、小川家勢揃いの襲名披露公演となった。


(千住博画伯の絵による襲名披露お祝いの緞帳、滝をイメージ、左側には萬壽、時蔵、梅枝とある)

ここで襲名とは、名跡を譲り受けることだが、これは単に名前を引き継ぐだけでなく、芸の格、芸風も引き継ぐことを意味する、また、初舞台とは、今まで子供役で出演していたものが芸名を襲名し、その襲名後の初舞台を言い、襲名前に初めて舞台に上がるのは「初お目見え」と言い、初舞台とは区別している。

時蔵は、「私は昭和56年から時蔵を名のって43年になります」というからすごいものだ、その名跡を長男の梅枝に譲り、自分は萬壽を名乗るが、「時蔵家は十干十二支に思い入れがあり、また萬壽元年は(干支の一番目である)甲子に当たります。萬壽の名を一から築いていこう、また一から自分の芸を見つめ直そうと思ってこの名にしました」と話している。縁起のいい、おめでたい名前で非常に良いと思った。

一、上州土産百両首

川村花菱 作、齋藤雅文 演出

正太郎: 獅童
牙次郎: 菊之助
宇兵衛娘おそで:米吉
みぐるみ三次:隼人
亭主宇兵衛:錦吾
金的の与一(正太郎の親分):錦之助
隼の勘次(牙次郎):歌六
勘次女房おせき:萬次郎

めったに演じられることがなかった世話物、幼馴染の二人、兄貴分の正太郎(獅童)は板前のいい腕を持ちながらすりの子分をやっていた、牙次郎(菊之助) もまた空き巣狙いやかっぱらいなどをして暮らしていた。その二人は偶然再会するが、互いの懐から財布を抜き取ってすりを働いてしまったことを嘆く。互いに堅気となって真面目に生きようと誓い合うと、二人は美しい月夜に照らされた浅草・聖天様の森で10年後の再会を約束する。弟のように慕う牙次郎を思い、板前としてこつこつと働いて金を蓄えていた正太郎だが、ある日、昔のスリ仲間の三次(隼人)から強請られると・・・、

一方の牙次郎も心を入れ替え岡っ引きとして働いているが、ドジな性分は変わらず、成果を上げられずにいる。そして、二人は月夜に照らされた運命の日を迎えるがとんだ形で再開することになる・・・

米国の作家オー・ヘンリーの短編小説『二十年後』を下敷きに、劇作家の川村花菱が相手を思う気持ちを丹念に描き、昭和8(1933)年に初演。

  • 正太郎と牙次郎が偶然出会い、10年後の再開を誓い合った場所は、浅草の待乳山聖天である、この待乳山聖天だが、私も偶然、今年の春に初訪問した。それは川向こうの長命寺の桜餅を買いに行った帰りに、桜橋を渡ってぶらぶら歩いていたらその正面に見えてきたのだ
  • 正太郎役の獅童は良い演技をしていたと思う、一方、牙次郎役の菊之助だが、菊之助のイメージにあまり合わない役だと思った、牙次郎はダメ男であり、失敗ばかりして周りからもバカにされるような役柄である、菊之助はイケメン役か、上級武士や豪商のバカ息子役のほうがお似合いだと思った。もちろん、芸の幅を広げるという意味で、どんな役にも挑戦して、うまく演じられるようになることを目指していると思うが。
  • 三次から200両をたかられ、口論の末、ついに殺してしまう、その200両がどうなったのかわからなかった、というのも江戸でお尋ね者になり捕えれば100両の懸賞金が出るとのお触れが出て、牙次郎に手柄を立てさせるためわざと捕まろうとするからだ、200両は三次から取り戻し、それを牙次郎にあげるだけではダメだと思ったのか、その辺がわからなかった

二、義経千本桜 所作事 時鳥花有里

源義経:又五郎
鷲尾三郎(家臣):染五郎
傀儡師種吉:種之助
白拍子伏屋:左近
白拍子帚木:児太郎
白拍子園原:米吉
白拍子三芳野:孝太郎

源平合戦で功績を上げながらも、兄の頼朝から謀反の疑いをかけられ、都落ちする源義経。義経と家臣の鷲尾三郎が道中で出会った白拍子と傀儡師は、義経主従の旅の慰めに芸を披露するが、その正体は実は神の化身で、「川連法眼館へ向かえ」との神託を受ける

千本桜から生まれた華やかな舞踊、義経主従が河内から龍田を抜けて大和へ向かう様子を長唄の舞踊で描いたもの

  • 義経千本桜の道行きは、「道行初音旅」(吉野山)が有名だが、それ以外にもいろんな道行き物が作られた、今日の演目もそのうちの一つ
  • 義経千本桜は義経が題名に入っているのに義経が主人公でない場面が多い、この所作事は珍しく義経が主役となっている
  • 白拍子園原の米吉はきれいだった、上州土産百両首の米吉も美しかった、若手女形では一番好きな俳優だ、今後も頑張ってほしい

六代目中村時蔵 襲名披露狂言

三、妹背山婦女庭訓、三笠山御殿、劇中にて襲名口上申し上げ候

杉酒屋娘お三輪:梅枝改め時蔵
漁師鱶七実は金輪五郎今国:松緑
入鹿妹橘姫:七之助
おむらの娘おひろ:初舞台梅枝
官女桐の局:隼人
官女菊の局:種之助
官女芦の局:萬太郎
官女萩の局:歌昇
官女桂の局:獅童
官女柏の局:錦之助
官女桜の局:又五郎
官女梅の局:歌六
烏帽子折求女実は藤原淡海:時蔵改め萬壽
豆腐買おむら:仁左衛門

大化の改新を素材とした『妹背山婦女庭訓』。ドラマチックな展開の「三笠山御殿」は、恋人を思うお三輪の切なく情熱的な恋心が胸を打つ作品。

権勢を誇る蘇我入鹿の三笠山御殿へ、入鹿の妹の橘姫(七之助)が戻ってくる。橘姫の振袖に赤い糸をつけて後を追いかけて来た恋人の求女(もとめ、萬壽、女のような名前だが男)が現れると、二人は御殿の中へ、そこへ、求女を追ってやって来たのは、杉酒屋の娘お三輪(時蔵)。恋い慕う求女の裾につけた苧環の白い糸が切れてしまい途方に暮れるお三輪は、通りかかった豆腐買おむら(仁左衛門)にその行方を尋ねる。すると、これから橘姫と求女が祝言を挙げるとのこと。御殿の中へ急ぐお三輪だったが、橘姫の官女に弄ばれた挙句、聞こえてきたのは祝言を祝う声。嫉妬に狂い、凄まじい形相となったお三輪が中へ押し入ろうとすると、漁師鱶七(松緑)が立ちはだかり・・・

  • この演目は昨年の10月国立劇場のさよなら公演で観た(その時のブログはこちら)。その時は、主役のお三輪は菊之助だった。今回は襲名披露をした新時蔵である、この新時蔵は国立劇場の時は求女を演じており、なかなかよかったが、今回のお三輪も大変よかった、主役にふさわしい演技だった
  • 漁師鱶七実の松緑もよかった、松緑はこういう役がピッタリだと思う、昨年、彼が演じた土蜘蛛を観たが(その時のブログはこちら)、これも松緑にお似合いの役だと思ったが、今回の鱶七実も実にお似合いの役だと思った、ひと癖ある役が良いということかもしれない
  • この演目中に襲名披露口上があった、口上には昼の部の座頭格の仁左衛門が新時蔵と新梅枝の二人を従えて行われたが、萬壽はなぜか口上には顔を見せなかった、なぜなのだろうと思ったが、これは昼の部では時蔵の襲名披露、夜の部では萬壽の襲名披露がなされるということのようだ
  • 初舞台の梅枝はちゃんとあいさつ出来て可愛かった
  • 橘姫の七之助は美しかった、同じ女形でも新時蔵と七之助では別の良さがあり、それぞれ適役も異なると思うし、それでいいと思う、そういう意味で今回の配役は適切だと思った

さて、今日の幕間の昼食だが、いつものとおり銀座三越の地下に行き、弁当は崎陽軒の「炒飯弁当」980円にした、甘味はいつもの京都仙太郎の「みなずき黒」250円にした。いずれもおいしかった

いい一日でした

 


團菊祭五月大歌舞伎(昼の部)を観る

2024年05月12日 | 歌舞伎

今月も歌舞伎座昼の部の公演を観ることにした、今回も3階A席、6,000円、この日の3階は結構埋まっていた。相変わらずおばさま方が多い。

「團菊祭」とは、明治の劇聖と謳われた九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の偉業を顕彰するために昭和11年に始まり、戦後は昭和33年に復活、近年の歌舞伎座では五月興行の恒例の催しとして上演されてきたもの

一、鴛鴦襖恋睦(おしのふすま こいのむつごと)

河津三郎/雄鴛鴦の精(松也)
遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精(尾上右近)
股野五郎(中村萬太郎、1989、萬家、時蔵の息子)

本作は、河津と股野が相撲の起源や技に託して恋争いを踊る「相撲」と、引き裂かれた鴛鴦の夫婦の狂おしい情念を見せる「鴛鴦」の上下巻で構成されている

源氏方の河津三郎に相撲で敗れた平家方の股野五郎は、約束通り遊女喜瀬川を河津に譲る。しかし股野は、かねてからの遺恨を晴らすため、河津の心を乱そうと酒に雄の鴛鴦(おしどり)を殺した生血を混ぜる。やがて泉水に、雄鳥の死を嘆き悲しむ雌鳥の精が喜瀬川の姿を借りて現れ・・・

この河津三郎というのは、河津三郎祐泰といい、二人の息子がいた、兄を十郎祐成、弟を五郎時致といった、これが仇討ちで有名な曾我兄弟である。仇討ちは、曽我兄弟の祖父伊東祐親(すけちか)が工藤祐経(すけつね)の所領を横領したため、祐経はその恨みから狩に出た祐親を狙うが、誤って子の河津三郎を殺してしまう、その18年後、成長した曽我兄弟は、源頼朝が富士の裾野で大がかりな狩りをおこなっていた際、工藤祐経を殺害し、仇討ちを果たした。その曽我兄弟の父、河津三郎はこの演目では善人であり、股野五郎が悪人を演じている。

この演目は、曽我兄弟の仇討ちとは全く関係なく、「相撲」と、「鴛鴦」の上下巻で構成され、華やかな歌舞伎の様式美を楽しむ舞踊劇である、特に今回は若手3人による鴛鴦の精が本性を現す「ぶっかえり」などの華やかな演出が大変良かった。なお、この演目では前半の「相撲」では長唄連中が、後半の「鴛鴦」では常磐津連中が演奏していた、私が贔屓にしている長唄の杵屋勝四郎は出演していなかったが立三味線の巳太郎さんが出ていたように見えた

四世市川左團次一年祭追善狂言
二、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)

粂寺弾正(くめでら だんじょう)(市川男女蔵、1967、瀧野屋、左團次の息子)
小野春道(菊五郎)館の主人
小野春風(鴈治郎)春道の息子
錦の前(市川男寅、1995、瀧野屋、男寅→男女蔵→左團次となる)館の一人娘
腰元巻絹(時蔵)
八剣玄蕃(又五郎)数馬の父、短冊を盗む
八剣数馬(松也)反乱派の家臣の息子
秦民部(権十郎)秀太郎の兄
秦秀太郎(梅枝)忠臣派の家来の弟
小原万兵衛(松緑)
乳人若菜(萬次郎)
後見(團十郎)

小野小町の子孫、春道の屋敷。家宝である小町の短冊が盗み出されたうえ、姫君錦の前は原因不明の髪の毛が逆立つ病にかかり床に伏せっている。そこへ、姫君の許嫁文屋豊秀の家臣、粂寺弾正が様子をうかがいにやって来る。さらに、屋敷に小原万兵衛が押しかけてきて、腰元だった小磯が春風のお手つきで暇を出された挙句、亡くなったという。

これらを見た弾正は、姫の奇病の仕掛けを見破り、両家の縁談を破談にしようとする陰謀を暴く、これらを仕組んだのは玄蕃の一味だった、なお、毛抜というのは、姫君の病の原因を突き止めるきっかけとなったもの、弾正が座敷で毛抜きを使うと、動いた、それで天井で何かやっていることに気付く、というもの。

この演目は、昨年4月に亡くなった四世市川左團次一年祭追善狂言として演じられたもの、主役は粂寺弾正であり、これを務めたのは左團次の息子市川男女蔵である。男女蔵の息子が男寅であり、親子そろって祖父の追善公演に出演できたのを観て、亡くなった左團次もさぞかし喜んでいることだろう

この追善に華を添えるように、團十郎が後見で出演し、菊五郎、時蔵、松緑、鴈治郎などそうそうたるメンバーが勢ぞろいした素晴らしい公演であった。そして、今日の歌舞伎座では2階のロビーに在りし日の左團次の大きな写真が何枚も飾ってあった。

河竹黙阿弥 作
三、極付幡随長兵衛(きわめつき ばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」(きんぴらほうもんあらそい)

幡随院長兵衛(團十郎)
女房お時(児太郎)
水野十郎左衛門(菊之助)
加茂次郎義綱(玉太郎)、坂田金左衛門(九團次)、坂田公平(片岡市蔵)、唐犬権兵衛(右團次)、渡辺綱九郎(家橘)、極楽十三(歌昇)、雷重五郎(尾上右近)、神田弥吉(廣松)、小仏小平(男寅)、閻魔大助(鷹之資)、笠森団六(莟玉)、下女およし(梅花)、御台柏の前(歌女之丞)、伊予守頼義(吉弥)、出尻清兵衛(男女蔵)、近藤登之助(錦之助)

江戸時代初期、浅草花川戸に実在し、日本の俠客の元祖と言われた幡随院長兵衛を主人公にした物語、その中でも本作は九世團十郎に当てて河竹黙阿弥が書いた「極付」とされる傑作。町人の意地と武士の面子を賭けての対決、柔術を組み入れた立廻りなど、江戸の男伊達の生き様を描いた世話物、江戸随一の俠客、幡随院長兵衛と旗本「白柄組(しらつかぐみ)」の水野十郎左衛門の対決を通じて俠客、幡随院長兵衛の男気を描いたもの

公平法問諍とは劇中劇で、長兵衛と十郎左衛門が芝居小屋でこの演目を観劇中に後に問題となる騒ぎが起こった、公平法問諍の公平とは「きんぴら」と読む。劇中劇で源頼義の家来を演じているのが坂田公平であり、主君が息子の加茂義綱を出家させようとするのを懸命に止めようとし、そそのかしている坊主を相手に、仏教や出家の根本的意義について問答をするのが、公平問答である。

この公平の父は坂田金時といい、源頼光の部下で「頼光四天王」と呼ばれた4人のうちの一人である。坂田金時は怪力無双の勇士、これが有名な「金太郎」であり、息子の公平は頼光の甥にあたる源頼義の臣下として新たに四天王を名乗り活躍するうちの一人となる。公平(きんぴら)は伝説上では、とても強く勇ましい人物だったと伝えられて、やがて人々は、「強いもの」「丈夫なもの」を「きんぴら」と呼ぶようになり、歯ごたえが強く、精がつく食べ物である「きんぴらごぼう」の語源となった、とイヤホンガイドで解説していた。

この演目の見どころは何といっても当世團十郎の演技だろう、菊之助演じる旗本奴が江戸で乱暴狼藉の限りの振る舞いをして町人から嫌われているが怖くて文句も言えないという状況で、「いい加減にしろ」と言って注意をし、やっつける侠客(町奴)を演じているからだ。

この侠客の親分である長兵衛の普段の仕事は人のあっせん稼業、今でいう派遣会社だ。イヤホンガイドでは、地方の大名が江戸に参勤交代に行く際、幕府から言われた人数を国許から連れて行くと金がかかるので、最少人数で出発して、江戸の近くで長兵衛のようなところに人の手配を依頼して人数を揃えて間に合わせていた、と説明していた。

この演目では、長兵衛も武家出身だが、旗本奴のほうが格上であり、長兵衛らが日ごろ町人たちに人気があり自分たちが悪者にされているのを気に食わないと思っていた、そこに今回の公平法問諍で長兵衛に恥をかかされて、ついに長兵衛一人を水野十郎左衛門の宴席に招待し、そこで殺してしまおうとする。長兵衛はそうなることを分かったうえで、その誘いを断れば、日ごろ町人の前でかっこいいことを言っていながら水野の誘いには逃げた意気地なしだ、と言われることは侠客として絶対にできないと引き留める子分や家族を説得して、水野の屋敷に死を覚悟して乗り込んでいく、なんともカッコいいではないか、最初の公平法問諍の場面では客席の中から突然現れて劇中劇の舞台にさっそうと登場する粋な演出もある

今日の團十郎は、水野との問答や立ち回りなど、江戸の荒事歌舞伎の派手さと粋を実にうまく演じていた、團十郎を襲名してからだんだんと團十郎の名にふさわしい演技になってきたと感じた、立場が人間を作る、そんな印象を今日は持った。今日の演目では、こんな役が團十郎に一番ふさわしいと思った、助六もそうだ、粋でいなせでやせ我慢でも男気があるところを見せる人情家、そんな役が似合うようになってきた。

さて、今日の歌舞伎の幕間の食事だが、いつものように銀座三越デパ地下に行き、だし巻き弁当で有名な京都大徳寺さいき屋の「さば寿司だし巻弁当」1,404円にし、甘味はこれも京都の仙太郎「みなずき白」、嫁さんは「おはぎきなこ」にした。いずれもおいしかった。

 


四月大歌舞伎(昼の部)を観る

2024年04月25日 | 歌舞伎

歌舞伎座で四月大歌舞伎昼の部を観てきた。座席はいつもの3階A席、6,000円、リーズナブルな値段で楽しめる良い席だ、新国立劇場の4階席より舞台がずっと近く見えるので毎月に観に行く人はこの席が一番良いと思う。ただ、オペラグラスは持って行った方がよいでしょう。今日の3階席はななり空きが目立った、7割くらいの入りか。11時開演、15時30分終演。

双蝶々曲輪日記(引窓)(1時間13分)

出演
濡髪長五郎(尾上松緑)
母お幸(中村東蔵)
南与兵衛後に南方十次兵衛(中村梅玉)
女房お早(中村扇雀)
平岡丹平( 松江)
三原伝造(坂東亀蔵)

義太夫狂言の名作である、「双蝶々(ふたつちょうちょう)」と言う題名の由来であるが、濡髪長五郎と放駒長吉(「引窓」には出てこない)という、二人の「長」の字を名にもった角力取りを主人公にしていることに由来し、喧嘩早い角力取りの達引(たてひき、義理や意気地を立て通すこと)を中心とした話、「曲輪(くるわ)」とは、山崎屋与五郎と遊女・吾妻(両方とも「引窓」には出てこない)、与兵衛と遊女・都(後に身請けされ、お早となる)という二組のカップルの大阪新町の廓での色模様を描いたことから名づけられた。

母お幸のところに、幼い頃に養子に出し相撲取りになっていた実の息子濡髪長五郎が戻ってくるが何か浮かない顔、再婚して義理の息子与兵衛がいる、浪人であったが郷代官に任ぜられ、初仕事が人を殺めた長五郎の捕縛、家に帰ってくると長五郎がいることを知り、とらえて手柄をあげるか見逃すかで悩む。

「引窓」とは屋根に空けた採光用の空間、滑車と紐が付いていて、紐を引いて窓を閉じ、紐を離すと窓が開く。窓が開いて部屋が明るかったとき、手水鉢の水に二階にいた長五郎の姿が映って二階にいることがバレる。

見所としては、母親と実の息子、義理の息子とその妻(扇雀)のそれぞれが相手を思いやるばかりに、それぞれが義理と人情の板挟みになり葛藤する、そして郷代官に任ぜられた義理の息子がすべてを悟り、誰の顔も立つ捌きをする、というところ。

中秋の名月の前日、満月の出た夜、翌日に石清水八幡宮の放生会(ほうじょうえ、捕らえられた生き物を解き放つ)を控え、引窓から入る満月の月明かりと放生会が物語の「鍵」となるよく考えぬかれた筋書きである。

出演者が少ない演目なのでじっくり演技を見られた、東蔵、松緑、梅玉、扇雀がそれぞれいい持ち味を出していた。

七福神(18分)

出演
恵比寿(中村歌昇)
弁財天(坂東新悟)
毘沙門(中村隼人)
布袋(中村鷹之資)
福禄寿(虎之介)
大黒天(尾上右近)
寿老人(萬太郎)

福をもたらす賑やかな舞踊である、若手の踊りで目を楽しませてくれた。

夏祭浪花鑑(並木千柳 作、三好松洛 作)
(序幕住吉鳥居前の場、二幕目難波三婦内の場、大詰長町裏の場)(2時間)

団七九郎兵衛/徳兵衛女房お辰(片岡愛之助)
団七女房お梶(中村米吉)
伜市松(秀乃介)
三河屋義平次(嵐橘三郎)
一寸徳兵衛(尾上菊之助)
玉島磯之丞(中村種之助)
傾城琴浦(中村莟玉)
釣船三婦(中村歌六)
おつぎ(中村歌女之丞)
下剃三吉(坂東巳之助)
大鳥佐賀右衛門(片岡松之助)

大坂で実際に起こった事件をもとに、浪花の俠客、魚屋の団七の生き様が描かれる義太夫狂言

  • 喧嘩沙汰から牢に入れられていた団七、女房お梶と息子市松は、釣船三婦とともに出牢を許された団七を住吉神社の鳥居前で迎える。団七夫婦は、大恩人の息子である玉島家の跡取りの放蕩息子磯之丞と身請けした琴浦の面倒をみているが、磯之丞は奉公先の番頭の伝八を殺めてしまい窮地に陥る(住吉鳥居前の場)
  • 義理と人情に厚い団七は、大恩人の息子である磯之丞と琴浦の危難を救うため、釣船三婦や義兄弟の一寸徳兵衛、徳兵衛女房お辰らと奔走し、磯之丞をしばらく大阪から離れさせることにした(難波三婦内の場)
  • そこに強欲な舅の義平次が琴浦を大鳥佐賀右衛門に渡して金をもらおうとするので、団七はついに大阪の高津神社のお祭りの日に義平次と諍いになり、ついに・・・(大詰長町裏の場)

この演目は昨年、博多座の公演のテレビ録画で観た、その時の団七、舅の義平次、釣船三婦は今回を同じメンバーだった(その時のブログはこちら)。もう慣れたものだろう。

自分がよかったと思う見所は、

  • 住吉鳥居前の場では、団七の女房のお梶を演じた中村米吉の演技である、若手女方では一番好きだ、女の色気を感じるし、声も通って聞きやすいし、身のこなしもうまいと思う、ただ、そんなに出番は多くなかったのが残念だ
  • 難波三婦内の場では、徳兵衛女房お辰(愛之助)が磯之丞の玉島への帰還に同行してほしいと釣船三婦の妻おつぎから言われて了解した後、三婦から美人であるお辰が同行して間違えがあってはいけないと反対される、するとそばにあった火鉢で自分の顔の一部を焼き、そんな間違えなど起きないので同行すると言う場面
  • 大詰長町裏の場(泥場)は、もうこの場全体がこの演目の最大の見所であろう、団七は琴浦を金儲けに利用しようと連れ去ろうとした義父を止めたが、言い争いになる、団七は昔義父に助けられた恩がある、そして親でもある、しかし義父の義平次は金に汚くどうしようもない人物、恩着せがましいことを言われ、団七は苦し紛れに30両持っているのでそれで勘弁してくれと言うが、その嘘がバレて更にののしられるとついに刃傷沙汰に、義父を切りつけ泥沼に落とし、自分も泥だらけになる、表通りには祭りの竿灯傘が提灯のあかりを綺麗につけて通り過ぎる、修羅場とまつりの灯りのコントラストが素晴らしい

今回、愛之助は団七と徳兵衛女房お辰の二役を演じた八面六臂の活躍だった、最後の泥場では実際の水をかぶるなど迫力ある演技を見せてくれた。もうすでにこの演目を十八番にしているようだ。また、団七の義父義平次を演じた嵐橘三郎(1944、伊丹屋)もこの演目と得意としているのではないだろうか、実にうまく憎まれ役を演じていた。2時間という長い演目だが、3場に別れており、変化もあり見所も多く言い演目だと思った。

さて、観劇の際のいつものお楽しみ、幕間の昼食だが、いつもの通り開場前に銀座三越のデパ地下に行き、今月は地雷也の天むす(花てまり、1,080円)にした。現役の頃、名古屋出張の帰りによく買って、新幹線の中で食べたものだ。甘味は仙太郎の柏餅にした。

よい1日でした


「猿若祭二月大歌舞伎」を観に行く

2024年02月05日 | 歌舞伎

歌舞伎座の「猿若祭二月大歌舞伎」初日の昼の部を観てきた。費用は2人で12,000円、座席はいつもの3階のA席。前から5列目。見える範囲でほぼ満席だった。客は圧倒的におばさま方が多かった。1時開演、3時50分終演。

この猿若祭とは初世猿若勘三郎が江戸で初めて歌舞伎を始めた伝説を記念する興行。昭和51年を最初に折節開かれ、今回が5度目。初世勘三郎は江戸で初めて幕府の許可を得て櫓をあげ猿若座(後の中村座)を作った。猿若勘三郎はその後中村勘三郎を襲名し中村勘三郎家の祖となる。江戸歌舞伎発祥のいわれを踊る「猿若江戸の初櫓」が上演演目にあるがこれは夜の部なので今回は観れなかった。そして今回の猿若祭は2012年に57才の若さで亡くなった十八世中村勘三郎十三回忌追善でもある。

初日の今日は開場前に劇場正面玄関前で公演の開幕を告げる「一番太鼓の儀」が行われ、中村勘九郎が挨拶することになっていたが、歌舞伎座到着が時間に間に合わず観れなかった。

一、新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)野崎村(1時間15分)

久作娘お光:鶴松(28、中村屋)
丁稚久松:七之助
百姓久作:彌十郎
油屋娘お染:児太郎(30、成駒屋、中村福助息子)
後家お常:東蔵

この演目はいわゆる男女の心中もの。油屋の一人娘のお染と手代の久松(ひさまつ)との心中事件は実話で、当時かなり話題になり、これを題材にした作品がいくつも作られた。これはその代表作。ただ今日見取り上演される野崎村の中では心中場面はない。

タイトルの「新版歌祭文(しんぱん うたざいもん)」の「祭文」というのは、その名の通り「お祭りの文句」。神社での祈祷の際の祝詞(のりと)の一種。独特の節回しだったので、この節に合わせてセリフを付けていろいろ歌ってあるく芸能が発達し、これを「歌祭文」と言った。主に語られたのが、男女の情事や心中を語る内容だった。この「お染久松」の心中もこの「歌祭文」のネタになっていた、という下地をもとに、この作品は書かれた。今までの歌祭文の内容や、歌舞伎や浄瑠璃の先行作品を基にしながら、新しい設定や展開も盛り込み、より完成度を上げたため、「新版」とついている。

この演目に興味を持ったのは今日上演される野崎村という幕の名前のためだ。私の好きな宮尾登美子著「きのね」は第十一代市川團十郎をモデルにした小説で、その團十郎に嫁いだのは女中上がりの光乃だ。光乃が初めて女中として團十郎家に採用された際、まわりのものから光乃だから「お光」であり、お光とは歌舞伎の世界では野崎村にでてくる「お光」のこと、その過程を省いて「野崎村」と呼ばれたのだ。初めてこの小説を読んだとき、その野崎村の意味をわからずに読んでいたが、あとで歌舞伎演目の野崎村と知ったため、いつか観たいと思っていた。文楽の野崎村はテレビで観たことがあるが歌舞伎は今回が初めてである。

野崎村の百姓久作の家では娘お光と養子の久松との祝言を控え、うれしさを隠しきれないお光が婚礼の準備に勤しむ。そこへ訪ねてきたのは、久松が奉公する油屋の娘お染。実はかねてより久松とお染は恋仲で、一緒になれないのならば心中しようと誓い合っていた。そんな二人の覚悟を知ったお光は身を引く決意をするという悲恋。

せっかくお光が身を引いたにもかかわらず、お染と久松は結局最後に心中する(野崎村の幕ではお光が身を引くところで終るのでそこまでわからない)。いったいどうなっているの、と言う感想を持った。これではお光があまりにかわいそうではないかと思った。

お光は中村勘三郎が得意としていた演目だ。そのお光を今回演じた中村鶴松は一般家庭から歌舞伎界入りした異色の存在で、精進を重ねた結果、今では中村勘三郎家の三男と言われるまでになり、今回の猿若祭の野崎村では主役に抜擢された。すごいものだ、まだ28才だ。今日の演技も立派なものだった。てっきりお光は七之助が演じているものと思っていたが、鶴松だったので驚いた。また、七之助が立役を演じているのは初めて観た。

二、釣女(つりおんな)河竹黙阿弥 作(30分)

太郎冠者:獅童
大名某:萬太郎(34、萬屋、時蔵息子)
上臈:新悟
醜女:芝翫

三、籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)三世河竹新七 作(2時間)
(序幕吉原仲之町見染の場より大詰立花屋二階の場まで)

佐野次郎左衛門:勘九郎
兵庫屋八ツ橋:七之助
兵庫屋九重:児太郎
下男治六:橋之助
兵庫屋七越:芝のぶ
兵庫屋初菊:鶴松
遣手お辰:歌女之丞
女中お咲:梅花
若い者与助:吉之丞
絹商人丈助:桂三
絹商人丹兵衛:片岡亀蔵
釣鐘権八:松緑
立花屋女房おきつ:時蔵
立花屋長兵衛:歌六
繁山栄之丞:仁左衛門

「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」は勘三郎の当たり役の一つ、江戸時代中期、享保年間に吉原で実際に起きた衝撃的な事件を劇化した作品。十八世勘三郎が襲名披露狂言でも演じた。佐野次郎左衛門を初役で務めるのは勘九郎。下野国佐野の絹商人で、江戸で見かけた花魁、八ツ橋の美貌に魂を奪われる。次郎左衛門は、江戸に来るたびに八ツ橋のもとへと通い、遂には身請け話も出始めるが、八ツ橋には繁山栄之丞という情夫がいて、ある日、次郎左衛門は八ツ橋から突然、満座の前で愛想尽かしをされる。打ちひしがれて国許へ帰り、数カ月後、再び吉原に現れた次郎左衛門がやったことは・・・・

八ツ橋は初役で七之助が務める。

籠釣瓶とは刀の名前、この刀は籠で作った釣瓶のように「水も溜まらぬ切れ味」で一度抜くと血を見ないではおかない、という因縁のある妖刀村正。花街とは吉原のこと、そして酔醒とは酒の酔いを冷ますこと、酔いが冷めるようなことが起ったという意味か。

この演目は一度歌舞伎座で観たことがある。人気がある演目なので何回も上演されているのだろう。その時の佐野次郎左衛門は確か中村吉右衛門が演じていたと思う。吉右衛門の得意な演目だったが勘三郎も得意としていたようだ。

演技時間が2時間と長いが、その長さを感じさせない面白さがあった。ストーリー自体がわかりやすいし、途中、場面転換が4、5回あり、観ている人を飽きさせない工夫があり、また出演者も豪華メンバーだったからか。その中でも最初の場面は吉原の街の華やかさ、花魁道中の絢爛豪華さが充分でていて次郎左衛門でなくても充分刺激的な印象を受ける。イヤホンガイドで、廓(遊郭)というのはその街を取り囲んでいる壁を言い、花魁が逃げ出させないようにするために設置しているものだ、との解説があったのがリアルに感じた。

勘九郎の次郎左衛門は父勘三郎に匹敵するような必死な演技ぶりだった、七之助の八ツ橋や妖艶であった。兄弟でこの演目の主役を演じているのを観て勘三郎もさぞかし喜んでいることだろう。

さて、今日の幕間の食事は歌舞伎観劇時の食事の定番、銀座三越の地下の日本橋弁松総本店の弁当にした。並六赤飯弁当(1,500円だったか)。弁松と言う店は以前には歌舞伎座前に木挽町辨松という店もあった。のれん分けかどうかはわからないが、日本橋弁松と同じような弁当を売っていたがコロナが発生した後、閉店したようだ。いずれも味付けの濃いおかずでご飯が進むように料理されているのでおいしい。

その三越の地下の弁当売場にまた京都祇園新地の鯖寿司で有名な「いづう」が出店していたので、思わず鯖寿司1人前2,980円を買って夕食で食べた。臨時で出店しているようだが、結構人気があるので出店回数も増えているのか。お金持ちそうな奥様方が列をなして買い求めていた。

歌舞伎観劇に来るときはいつも同じような席をとり、同じように三越で弁当を買い、松屋の地下でスイーツを買い(いつもは「茂助だんご」、今日は省略)、「いづう」の鯖寿司があれば買って帰る。このワンパターンだが、それが良いのである。


浅草公会堂「新春淺草歌舞伎」を観に行く

2024年01月17日 | 歌舞伎

淺草公会堂で開催中の「新春淺草歌舞伎」昼の部を見てきた。今日は3階席の最前列で3,000円。ほぼ満員だったが来ているのは90%以上おばさま方であった。11時開演、14時15分終演。時間的にちょうど良い感じだった。3回最前列は見やすいかと思ったら手すりがありそうでもなかった、2列目くらいが良いかもしれない。また、花道はほとんど見えなかった。

本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香(じゅっしゅこう)
八重垣姫:中村 米吉(30、播磨屋)
武田勝頼:中村 橋之助(28、成駒屋)
腰元濡衣:坂東 新悟(33、大和屋)
白須賀六郎:中村 種之助(30、播磨屋、又五郎息子、歌昇は兄弟)
原小文治:坂東 巳之助(34、大和屋、三津五郎息子、大河ドラマ出演中)
長尾謙信:中村 歌昇(34、播磨屋、又五郎長男)

題名の由来は3段目,慈悲蔵が母のために雪中から筍を掘ろうとする場面が,中国の「廿四孝」(儒教の教えを重んじ孝行を推奨した中国で伝えられてきた24の親孝行の話)にちなむため。

舞台は越後の上杉(長尾)謙信の屋敷、「花作りの簑作」(中村橋之助)が出てくる。この簑作は実は武田勝頼。勝頼は前段で切腹したが実はそれは簑作であった。勝頼は簑作になりすまして上杉屋敷にうまく雇われた。左側の小部屋から死んだにせ者の勝頼の恋人で腰元となって屋敷に入り込んだ濡衣(坂東新吾)が出る。右側の小部屋からは謙信のひとり娘で勝頼の許嫁、八重垣姫(中村米吉)が出る。姫は勝頼が切腹してしまったので日夜嘆いている。部屋に絵師に描かせた勝頼の絵姿をかけ、十種香を焚いてお経を読む日々。姫は座敷にいる絵姿と同じ顔の簑作(勝頼)に気づき濡衣に取り持ちを頼む。起請(諏訪法性の御兜)が欲しいと言われ困惑すると、濡衣は本当のことを教える。そこに謙信(中村歌昇)が登場し「塩尻に使者に行け」と簑作に言う、そして武者に「追いかけて殺せ」と命令する。驚く八重垣姫。あわてて勝頼を追おうとするが、謙信が押さえつけ、さらに「お前もアヤシイ」と、濡衣も取り押える。

あまり変化のない場であるが、八重垣姫を演じた中村米吉が良かった。この八重垣姫は歌舞伎の中でも大役とされる三つの代表的なお姫様役の一つである。他の二つは「鎌倉三代記」の時姫、「祇園祭礼信仰記」の雪姫だそうだがまだ観たことがない。米吉はそういう役を立派に演じていた。

与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)源氏店
三世瀬川如皐 作

切られ与三郎:中村 隼人
お富:中村 米吉
番頭藤八:市村 橘太郎
蝙蝠の安五郎:尾上 松也
和泉屋多左衛門:中村 歌六(73、播磨屋)

お冨(中村米吉)は深川の芸者だったが木更津のヤクザ赤間源蔵に身請けされた、与三郎(中村隼人)は武士のお坊ちゃんだが木更津の親戚に預けられて謹慎中、その二人が海岸で出会い恋仲に。それが源三に見つかりお富は逃げて海に飛び込むが与三郎は全身を切り刻まれる(切られ与三郎)。お富は夜釣りをしていた江戸の質屋の大番頭の多左衛門(中村歌六)に拾われ妾として楽な暮らしをしていると、ごろつきに落ちぶれた与三郎が訪ねてきて、死んだと思ったお富が自分を忘れて楽々と暮らしているのに腹をたて強請る。多左衛門は、商売でも始めてそれからまた来なさいと与三郎に金を渡して帰す、多左衛門は帰り際にそっと自分の紙入れを置くがそこに入っていたお守り、それはお富の持っているのと同じもの。見て驚くお富、多左衛門は兄さんだった、これがわかり与三郎と寄りを戻すが・・・

この演目は初めて観るもの。昨年歌舞伎作者の河竹黙阿弥を題材にした小説「元の黙阿弥」(奥山景布子)を読んだが(こちら参照)、その中で、黙阿弥が作った「切られお冨」と言う作品が出てくる。この「切られお冨」は当時黙阿弥のライバルであった瀬川如皐が先に作ってヒットした「切られ与三郎」の書き換えであり、この「切られ与三郎」こそ本日上演の与話情浮名横櫛の通称であるのだ。そういったこともあり観たくなったのだ。

さて、今日の演目の解説をイヤホンガイドで聞いていて驚いた。この「切られ与三郎」を歌にしたのが今の60才以上の人なら知っている人が多いと思うが、春日八郎がむかし歌って大ヒットした「お冨さん」なのである。

粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エッサオー 源冶店

歌詞の粋な黒塀というのはお冨が住んでいる多左衛門の屋敷の洒落た渋墨塗りの黒い塀のことであり、与三郎とお冨は赤間源蔵に逢引きを見つかり、二人とも生きてはいないと思っていたのだ。それが両方とも生き残り、与三郎はゆすりたかりで生活し、お冨は大邸宅に住む身になっていたことから騒動になるのがこの演目だ。「玄冶店」(げんやだな)と言うのは現在の東京都中央区日本橋人形町3丁目あたりの地名で、今でいう高級住宅街、徳川家光に仕えた医師の岡本玄冶の敷地跡から、その一帯が玄治店と呼ばれるようになったそうだが、歌舞伎では実名を使わず「源冶店」としたものだ。今ではこの玄冶店と言う地名は残っていないが、ちょうどそのあたりに「玄冶店濱田屋」という料亭があり、人形町の交差点に玄冶店跡という石碑が立っているようだ。濱田屋は知っていたがこの石碑は知らなかった。こういう石碑などは原敬首相や浜口雄幸首相の暗殺現場にもあった(それを見たときのブログ)が普段は気付かないものだ。今度人形町に行ったとき確認したい。

さて、与話情浮名横櫛(切られ与三郎)であったが、与三郎役の中村隼人が良かった、大向こうから何回も声がかかっていた。また、お冨役の中村米吉もなかなか良かったと思う。この2人は両方とも似合いの役だと思った。また、蝙蝠安の尾上松也も良い感じを出していた。さすが座頭だ。

神楽諷雲井曲毬(かぐらうたくもいのきょくまり)どんつく

荷持どんつく:坂東 巳之助
親方鶴太夫:中村 歌昇
太鼓打:中村 種之助
大工:中村 隼人
子守:中村 莟玉
若旦那:中村 橋之助
芸者:中村 米吉
白酒売:坂東 新悟
田舎侍:尾上 松也

ウィキによれば、若手登竜門として歌舞伎の常連客らに親しまれている『新春浅草歌舞伎公演』の2024年開催が決定時点で興行主・松竹より「今回で一区切り」との話があり、座頭・尾上松也のみではなく、四代目中村歌昇や巳之助ら主な30代メンバー7名の卒業が決定されたので、巳之助は全員が一緒に出演可能な演目をと考え、三津五郎家の家の芸でもある『神楽諷雲井曲毱、通称:どんつく』を選択した。舞台上の賑わいを江戸時代の民衆にとってのエンタメとして、観客にも疑似体験して貰えれば嬉しいとインタビューにて語っている。

午前の部の最後を飾る演目として、新春歌舞伎出演の全員が勢揃いの所作を存分に楽しめた。

 

さて、今日の幕間の食事は、淺草松屋の地下で「ゆしま扇」の弁当にした。また、甘味は公会堂近くの舟和の「あんこ玉」にした。1個から売ってくれるので有難い。

2時過ぎに終わったので、蔵前のパンのペリカンに寄ってロールパン5つ入りを買って帰り、夕食で食べた。相変わらずおいしいパンであった。