・2021/09/09
・もうあれから20年が経ちましたね。9.11と直接は関係ありませんが、丁度同じ時期のわが身の出来事を思い出します。私と会社の同僚と2人で、アフガンの隣、イランの山の中の鉄鉱石選鉱プラントの立ち上げに2人とも単身で赴任していました。tv放送は、大きなパラボラアンテナを衛星に向けて設置していたので、NHKの放送も見ることができていました。
・選鉱プラントの方は、ドイツ、スエーデン、ブラジル、イギリス、のエンジニアとイラン人の若手技術者たちの努力の結果、赴任して3年目で、ギャランティテストをクリアーできるまでに、安定操業が出来るようになったところでした。(ここでひとこと、中近東の技術者、カタール、リビア、エジプト、ベネズエラ、イランなど、長い間一緒に作業を行いましたが、イランの若手技術者が、何事にも熱心で真面目で向上心も高かったです。それから、部品の材質などを調べる能力は、我々よりは、はるかに高く、慎重に行います。)
・9.11は、人の乗った旅客機を高層ビルにぶっつけて破壊、爆破する、戦争でも思いつかないような、多くの犠牲者を出してしまいました。
・この事故が起きる約1か月前に、家内が丁度、民俗学の一行とともにイランへ団体旅行をしてきて、私が間もなく休暇を取得するので、その時まで私の宿舎に身を寄せていました。この事故の後、日本大使館から在留者の調査があり、日本へ帰るのに航空機はどこ周りはダメだ。とか通達が出て、最終的には、トルコ航空で関空へ飛んで帰りました。(この後、トルコ航空は、イスタンブールー関空線を廃止となりました。私は日本での休暇の後、成田-イスタンブ-ルで再赴任しました。)私にとっては、このイランへの赴任が海外赴任の最後となりました。
・イランは、ピスタチオ、サフラン、夏の西瓜、などが美味しいです。特に、イランの方が日本米(秋田こまち)を耕作されて、米を蒸して作るサフランライスは私の好物でした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます