2月19日(日)雪 -1℃
長い間頭の隅に突き刺さったような詩を、ある日突然思い出している。
明日の自分・・・。
――へんな運命が私を見つめている リルケ
顎を むざんに引っかけられ
逆さに吊りさげられた
うすい膜の中の
くったりした死
これは いかなるもののなれの果だ
見なれない手が寄ってきて
切りさいなみ 削りとり
だんだん稀薄になっていく この実在
しまいには うすい膜も切りさられ
惨劇は終っている
なんにも残らない廂から
まだ ぶら下っているのは
大きく曲った鉄の鉤(かぎ)だけだ
<この詩には「へんな運命が私を見つめている」(リルケ)
というサブタイトル風な言葉が添えてあり、
それが「さんたんたる鮟鱇」という標題によくマッチして、それだけで一篇の主題をうかがわせる。
無残な詩だ。鉄カギで逆さ吊りされて肉を切りとられ「だんだん稀薄になっていく この実在」。
そうして最後に「ぶら下っているのは 大きく曲った鉄の鉤だけだ」ということ。
この不様な魚が象徴するのは、或る場合における人間の運命である。
生の姿が不様であるばかりでなく、ぶら下がった死もみじめである。
そのうえ死の肉体は残酷に切り取られ、いっさいが無になったとき
ようやく運命の惨劇が終わる。
私どもの運命にもこれがある。永遠にうしなわれて形をのこさぬような、無の運命が行手に影を落としている。
『抽象の城』の詩人は、このような意識を作品の恒久的主題にしたのである。>
【伊藤信吉「解説」(『村野四郎詩集』(思潮社、1987))】
長い間頭の隅に突き刺さったような詩を、ある日突然思い出している。
明日の自分・・・。
――へんな運命が私を見つめている リルケ
顎を むざんに引っかけられ
逆さに吊りさげられた
うすい膜の中の
くったりした死
これは いかなるもののなれの果だ
見なれない手が寄ってきて
切りさいなみ 削りとり
だんだん稀薄になっていく この実在
しまいには うすい膜も切りさられ
惨劇は終っている
なんにも残らない廂から
まだ ぶら下っているのは
大きく曲った鉄の鉤(かぎ)だけだ
<この詩には「へんな運命が私を見つめている」(リルケ)
というサブタイトル風な言葉が添えてあり、
それが「さんたんたる鮟鱇」という標題によくマッチして、それだけで一篇の主題をうかがわせる。
無残な詩だ。鉄カギで逆さ吊りされて肉を切りとられ「だんだん稀薄になっていく この実在」。
そうして最後に「ぶら下っているのは 大きく曲った鉄の鉤だけだ」ということ。
この不様な魚が象徴するのは、或る場合における人間の運命である。
生の姿が不様であるばかりでなく、ぶら下がった死もみじめである。
そのうえ死の肉体は残酷に切り取られ、いっさいが無になったとき
ようやく運命の惨劇が終わる。
私どもの運命にもこれがある。永遠にうしなわれて形をのこさぬような、無の運命が行手に影を落としている。
『抽象の城』の詩人は、このような意識を作品の恒久的主題にしたのである。>
【伊藤信吉「解説」(『村野四郎詩集』(思潮社、1987))】