そのセピア色の若い女性の写真は仏壇の隅にひっそり置かれていた。
たっぷりとした黒髪は庇に結われ、着物の襟をきっちり合わせた上品な人である。
綺麗な二重瞼とふっくりした唇が愛らしいが、その目は寂しげでその唇は固く結ばれていた。
7歳の真由は、写真の女性に強く惹かれるものがあった。今まで見た事のない写真だが、過去帳に隠れていたのだろうか?
「ねえお母さん、この人誰なのって聞いてるのに」
母の敏恵は困ったような顔をして、答えた。
「お父さんのお姉さんよ。
若くして亡くなったの」
「綺麗な人ねえ」
「ええ、とても綺麗で頭の良い人だって言うわ、、、」
敏恵は困惑した表情を隠さぬまま答えた。
二、三日過ぎて、真由はその写真立てが仏壇から消えているのに気づいた。
敏恵が隠したに違いない。
「何故隠すんだろう?お父さんのお姉さんでしょう、隠す理由がある訳ない」
幼い真由はそれが不思議で仕方ない。
真由にとってその写真の女性は謎めいて、とても神秘的な美しさを秘めているように思えた。
その女性は一体どんな人なんだろう?真由の好奇心がどんどん膨らんできた。
謎を突き止めたい、と言う気持ちが止められないのである。
爽やかな5月の休日、居間で一人寛いでいる父の智に真由はこっそり聞いた。
「お父さん、死んだ私のおばさんってどんな人?」
不意を突かれた智は目をパチパチさせた。
「、、、」
「だから、、美江おばちゃんじゃなくて、翠おばちゃんじゃなくて、朋子おばちゃんじゃなくて、もっとずっと綺麗なおばちゃんが私にいたの?」
ややあって智は重い口を開いた。
「お母さんの違うお姉さんなんだ。おじいちゃんの前の奥さんの娘」
「???」
「前の奥さんが若死にしちゃって、その後、お父さんたちのお母さん、おばあちゃんと結婚したんだ」
「じゃあ、そのおばさんって継母に育てられたって事?」
智は無言で頷く。
「ねえもっと聞かせて、そのおばさんの事」
「その人は千代と言ってとっても優しいお姉さんだった。だけど20歳の時、駆け落ちしてその後死んじゃったんだよ」
それを口に出してから、智の表情は硬く変わった。
「えええ!駆け落ち!それって何ですか?どうして死んじゃったの?」
「亡くなった人の話をしても生き返るものではない。世の中にはね、言っちゃいけない事があるんだ。もうこれ以上おばちゃんの事は話せない」
とりつく隙のない父に、真由はこれ以上秘密を探るのは無理だと悟った。
しかし、その伯母の謎めいた一生は真由にとって、ドラマチックでロマンそのものに思えてしまったのである。