真夜中のカップらーめん

作家・政治史研究家、瀧澤中の雑感、新刊情報など。

誤ったシグナル

2018-03-07 00:38:42 | Weblog
1935年、ベルサイユ条約を無視(違反)し、徴兵制と再軍備開始。
1936年、ベルサイユ条約を無視(違反)し、ラインラント進駐。
1938年、オーストリア併合。
      チェコスロヴァキアのズデーテン地方を割譲させる。
1939年、チェコスロヴァキア解体。
      ポーランド侵略。

わずか四年の間に、ナチスドイツが、条約や話し合いを一方的に破棄したり無視をして、ヨーロッパに最悪の緊張感を与えた軌跡である。

ひるがえって、現代。
たとえば。
近所に、親子孫三代にわたってピストルや刀を振り回し、幼い子を誘拐しているとんでもない家・Kがあったとする。
で、警察があてにならなかった、とする。

近所は力を合わせて、「誘拐した子を返せ、刀やピストルを捨てろ」と説得する。
でもKは無視。
それどころか、近所との合意に違反して、武器の開発をやり、機関銃も自宅でつくりはじめた。時々試射までする。

で、仕方がないので、K家にモノを売ったりK家からなにかを買ったりしないことを、近所で申し合わせた。

隣のMさんは、その暴力的な家と親戚だったので、話し合いで解決しようとした。

しかし、これまでも何度もだまされてきたので、近所は誰も信用していない。

Mさんはそれでも話し合いに行き、合意を取り付けて大喜び。
しかし、中身を聞いて、近所はがっかり。

「話し合いの間は、機関銃の試射はしない」

だって。

機関銃は、持ち続けるんだ。
誘拐した子は、返さないんだ。
たぶん生活に困ったKは、親切なMさんからお金を援助してもらって、時間を稼ぐんだろうなぁ。
近所の誰も手出しできなくなるような強力な武器をつくって、脅せるようになるまで。

ナチスドイツのヒトラーは、本格的な侵略のための時間を稼いだとも言われている。
英仏は宥和政策によって、ドイツに、「ここまで許されるんだ。じゃあ、こっちをやっても平気だな」と、誤ったシグナルを送り続けた。
妥協すべき線と、譲ってはならない線を間違えるなと、歴史は教えている。

ちなみに、ドイツに大幅な妥協、誤ったシグナルを送って見せかけの平和をつくった英国のチェンバレンは、その直後は英雄となった。
が、ドイツに宣戦布告したのもチェンバレンであった。
やがて政権はチャーチルにかわり、英国の圧倒的不利な戦況下、病没した。

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