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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第3章−2 仮面の男

2019-08-09 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 緑色の霧が城内を包み、兵士たちがバタバタと倒れていく中を、ゆうゆうと歩いていく一人の怪人がいた。
 カツカツと靴音をさせて石段を降りて行って地下牢の前で立ち止まると、ヴラドの顔を見つめた。眠ることもなく待っていたヴラドが声をかける。
「今日は金色の仮面か?」
 怪人は二〜三日続けて訊ねてくるかと思えば十日以上も姿を見せないこともあったが、訪問はここ数ヶ月にもわたっていた。
 訪問が不定期でも、いつも決まって不思議な紋様の仮面をつけていた。ある時は南ドイツのペルヒト、またある時はスイスのクロイセ、そして最後の訪問となったその日はイタリアのヴェニス謝肉祭の仮面らしきものをつけていた。
「ヴラドよ。お前のところに来るのも今宵が最後となろう。どうやら儂のことが噂になりすぎたようだ」
「パラケルススよ。与えてくれたさまざまな知識には感謝している。だがお前が持つ力の源泉についてはまだ聞かせてもらっていなかったな」
 パラケルススと呼ばれたこの男が十六世紀ヨーロッパ史上最大の錬金術師と同一人物だとするなら、それはあり得ない。彼は一四九三年に生まれ一五四一年に死んだことになっている。一四四五年では、まだパラケルススが誕生する五十年近くも前である。
「聞きたいか? 置きみやげにあの話をしてやるのもよいかも知れぬ。儂が時を越えてさまざまな国を旅する力を得た秘密を」
「お前は半世紀も後の世界から来たと言う。そんなことが本当に出来るものなのか」
「神導書アポロノミカンのおかげじゃ」
「アポロノミカン?」
「賢者の石を求めて世界をさすらっていた儂の運命は、神導書を見て以来すっかり変わってしまった。お前たち人間が使える脳の力など一割にも満たない。だがアポロノミカンは人と神を隔てる敷居をはずしてしまう。アポロノミカンを見た者は禁断の知識が解放されてもはや人とは呼べぬ存在になってしまう。それがどのような変身か一人一人違うし、ほとんどは圧倒的な開放された力を受けとめきれずに発狂してしまう。儂はそれ以来、『時を翔るもの』となって時空間を越えて旅を続けておる」
「我もその神導書を見ることは出来るのか?」
「出来る。なぜなら、儂がアポロノミカンを持っているからだ」
「見たい。アポロノミカン。その名には我が心を捕らえて離さぬ何かがある。お主が今まで物語を語って聞かせたのも今宵のためではなかったのか?」
「よかろう。望むなら不死の肉体と不屈の精神をあたえようではないか。だが、ひとつだけ聞いておく。お前に人間以外のものになる覚悟はあるか? たとえ、それが自分自身を不幸に導くことになっても?」
「もちろんだ。叶うことなら不思議な力を手に入れて、いつ日かトルコ軍を倒し我が民に安定をもたらしたいのだ」
「力は手に入るかもしれぬ。だが、民に安定をもたらしさえすれば君主が幸せかどうかなどは知らぬし、民が不幸せだから君主も不幸せとも限らぬ。歴史上、民を苦しめ続けた暴君が自分は不幸だったと嘆いたなどという例を聞いたことなどはないであろう?」
「我が民に安定をもたらせるなら我が身が地獄に堕ちようと悔いはないわ。後世の人々に魔王呼ばわりされようとも。父のように敵方から悪魔と呼ばれることこそ君主にとって最高の栄誉ではないか」
「今、地獄に堕ちようともと言ったか?」
「言ったがどうした?」
「見せてやろうではないか、アポロノミカン!」
 パラケルススは懐から一冊の本を取りだしてゆっくりと開いた。その瞬間、ヴラドの頭の中のプロテクターが音を立てて崩れ神導書が膨大なメッセージを語りかけてきた。

     

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