次兄スカルラーベの思念でマクミラは我に返った。
(プルートゥ様、恐れながらわたくしめにも一暴れする機会をお与えください。マクミラ一人に大役をお任せになるとはあまりの仕打ちではございませぬか)
(今回は人間共が墓穴を掘る手助けじゃ。お主まで行っては果てしない闘いが始まってしまうわ)とプルートゥは素っ気ない。
しかし、マクミラだけが送り込まれるのにはアストロラーベも納得いかないようだった。あからさまに申し立てこそしないが、その顔色から不満は明らかであった。
(アストロラーベまでそんな顔をするものではない。日の当たる道ばかりを歩いてきたマクミラだからこそ未来の読めぬ世界でどう生きていくかを見てみたくなったのじゃ。それに今回の任務はマクミラでなければつとまらぬ)
(マクミラでなければ・・・・・・でございますか?)アストロラーベが伝えた。
(アポロノミカン、あの神導書は危険すぎる。魔女ゴーゴンの眼を見るごとく、お主に「見る」ことがかなう限りその危険からは逃れられはせぬ。だが、マクミラならその心配はない)
アストロラーベとスカルラーベが、顔を見合わせる。
(プルートゥ様、生まれ落ちた日より盲目のわたくしには目の見えるよさなど想像もつきませぬが、もし兄たちも人間界に行ったならばすぐに汚れ果てた世界では何も見えぬ方が幸いと知ることでしょう)マクミラが思念を伝えた。
ふと、気がつくとマクミラの足下にまとわりつく三匹の獣がいた。
ケルベロスの息子たちで、「守護するもの」キルベロス、カルベロス、ルルベロスだった。すすり泣くような声を出してマクミラから離れようとしない。
(プルートゥ様、恐れながらお願いがございます)
(人間界には盲導犬とか申すものがあるそうじゃ。連れて行くがよい)
(ありがたき幸せに存じます)
(そうとばかりも言ってはおられぬぞ。今後、お主の能力はめったなことでは使えなくなる。悪意あふれる人間界では不自由なことも多いであろう)
三匹はマクミラと離れずにいられると知ってはしゃいでいる。生まれたての頃から育てた三匹は親兄弟にさえ心を開かなかった彼女の真の友たちであった。
(スカルラーベと共に火劇を舞って神官への惜別のご挨拶とさせていただきとうございますが、お許しいただけますか?)アストロラーベが思念を伝える。
(もちろんじゃ。スカルラーベもよいか?)
(お言葉を待っておりました)
アストロラーベが漆黒のマントを脱ぐと青い羽が左右にゆっくり広がる。左右の手に握られた半透明の剣が、宙を切り裂くと青い炎が次々と生まれる。生命を持ったかのような炎は獲物を求める三つ首青色ドラゴンになった。
次にスカルラーベが白いマントを脱ぐと真っ黒な羽がゆっくり広がった。背負っていた大鎌を振ると白い炎が次々生まれた。鎌を一閃する度に炎の数がふえて、やがてひとつの巨大な炎になりすべてを焼き尽くそうとする三つ首白色ドラゴンになった。
サラマンダーの血の薄いマクミラに出せる炎は摂氏三千度の熱と言われる。それに対して、サラマンダーの血が濃いアストロラーベの炎が六千度、性格が母親そっくりなスカルラーベの炎は九千度から時に一万度さえ超える。
右の炎にアストロラーベが立ち上ると舞を踊りだした。次に、左の炎に飛び乗ったスカルラーベが鎌を振り回す。青色ドラゴンと白色ドラゴンと絡み合う美しさは、見るものに瞬時、これが別れの場面であることを忘れさせた。
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