彼らの議論が白熱した頃、マウスピークスが、マーチン・マーキュリーとロイド・アップルゲイトと一緒に部室に戻ってきた。彼らは全米ディベート選手権優勝者ということで委員に選ばれたのだった。
「最悪の事態よ。委員会はKKK団にオーデトリアムの使用許可を与える決定をくだしたわ」
「どうしてそんなことが?」ナオミは思わず叫んだ。
「検討委員会は満場一致の結論に達することが出来なかった。最後は投票で決着がつけられることになったの。そして四対三の一票差で講演会は一週間後の実施が決まったわ」
多数決!
ナオミは思った。
なぜ人間は少数派の苦悩を平気で無視するだけでなく、多数派の横暴にもこれほどまでに寛容なることが出来るのだろう。
「しかし、マクミラというKKK団の女性指導者には驚かされたな」すでにハーバード大学法科大学院に進学が決まっているロイドが独特のしゃがれ声で言った。
マクミラ?
ナオミはどこかで聞いた名前だったが、それがどこかは思い出せなかった。「マクミラのラストネームは何というの?」
「たしかヌーヴェルヴァーグだったと思うが。知ってるのかい彼女を?」
「いいえ、なんとなく気になっただけ」
シカゴ大学大学院で国際政治学を専攻することになっているマーチンが野太い声で言った。
「カリスマというのか。女性がああした極右組織の指導者についていることは極めて少ないんだ。あいつらには、女性蔑視の傾向があるから」
「腑に落ちないわ。彼女、盲目なの。どんな理由でああいった連中とつながりが出来たのか。会議が紛糾して意見がまとまらなくてもう提案は流れると皆が思った時だったわ。彼女がバランスト・ニュートラリティ(片寄らない中立性)という考え方を持ち込んだの」マウスピークスが言った。
「バランスト・ニュートラリティ?」部屋で待っていた連中が、不思議そうな声を上げた。
「この大学は伝統的にリベラルで六〇年代の公民権運動の時代にはフリーダム・ライダーと呼ばれた人種差別反対を掲げる白人と黒人からなる学生団体にも多くの参加者を出してきたし、ウィリアム・デゥ・ボイスを招こうという運動をした歴史があるわ。KKK団はそうした事実を調べた上で、バランスト・ニュートラリティの観点から、学生にリベラルな思想だけを聞かせるのは片寄った思想を植えつけるもので彼らはリベラルと保守の両方の意見を聞く権利があると主張したの」
「それがどうしたと言うのですか? まるで、『毒をもって毒を制する』論理ではありませんか。大学では自治が保たれるべきでその時々でベストと思われる判断を下す権限と責任があるんじゃないですか」ナオミが言った。
「その通り。でも、それまで黙っていた彼女は抜群のタイミングで論点を持ちだしたの。わたしは六〇年代に公共交通機関の人種差別撤廃を求めて南部諸州を巡回していたフリーダム・ライダーのバスに火をつけたのがKKK団だったことまで思い出させたのに。他の委員も暴力でなく言論活動をしようとしている彼らにはチャンスを与えるべきだ、評決による決定をしないことは不公平だ、と言いだしたために従わざる得なかったの」
「だけど、ナンシー、どうしてそんなにおこっているの?」ケイティが聞いた。
「賛成票に入れたのよ。いくらすごい美人だからって、マーチンとロイド以外の男性全員が賛成票だなんて、いったいどういうこと!」
ああ、マウスピークス博士も人間だったのだとナオミは思った。
イヤな予感がした。
そして、ナオミのその予感は当たっていた。
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