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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第8章−3 不安の町

2020-02-14 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 KKK団が聖ローレンス大学で週末に講演するというニュースは、キャンパスだけではなくカンザスシティ全体にあっという間に広がった。まるで街全体に、火薬の臭いが漂っているかのようだった。

 白人のガールフレンドと手をつないでいた黒人学生がいきなり誰かから殴られたとか、あちこちで人種間対立が原因の「ヘイトクライム」が続発した。ダウンタウンの中華料理店でも女を巡って中国人留学生が店の客と殺し合いを演じたとか、騒ぎが起こって警察が駆けると死体はおろか怪我人の姿もなかったという噂も流れていた。

 百年以上の伝統を誇る学校新聞『聖ローレンス・タイムス』は、連日カンザスKKK団の講演に反対の論陣を張ったし、リベラルな白人学生と有色人種の学生、留学生を中心に講演会反対集会があちこちで開かれた。

 特に人々を不安がらせたのは講演会に不満を持つ「ニュー・フリーダム・ライダー」と自ら名乗る団体が、講演会になぐり込みをかけるそうだ、いやKKK団の方でも重火器で対抗する用意があるという噂だった。

 マウスピークスはイベントの中止を学校に働きかけられないかとLUCGのメンバーとも対策を練った。だが、一度出された正式な決定がひっくり返るはずもなく学校当局はカンザスシティ市警と共同警備体制を敷くと発言するにとどまった。

 講演会まであと一日と迫った木曜日の夕方ナオミはマウスピークスに自宅に呼び出しを受けた。これまで何度か行ったことがあったが、学期中は研究室に毎日詰めている彼女がこんな時期になぜと思いながらナオミは玄関のチャイムを押した。肩まで伸びた長髪にマリンブルーのレザーパンツを履いた姿が玄関のガラスに映っている。

 軽い揺れを地面に感じた後、ドアが空いてマウスピークスが現れた。

「よく来てくれたわね。入ってカウチに腰掛けてちょうだい。あなたはコーヒーよりティーだったわね?」

 そこにいたのは、大学で見かけるのとは別人のように疲れはててイライラしたマウスピークスだった。

「驚かせてしまったようね。無理もないわ。あなたには冗談を言っていつも笑っているわたししか見せていないから」

「マウスピークス先生、そんなに今回のことが心配なんですか」

「ナンシーでいいわ。答えはイエスでありノーだわ。たしかに講演会が引き金になってるけれどわたしには神経症の気があるの。たまにどうしようもないほどグルーミーな時期が続くの。不意打ちみたいにイヤなことが原因の時もあるし、ついがんばりすぎて体力的なことから始まることもある。別に秘密にしているわけじゃなくて、付き合いの長い親しい人ならかなりの人が知っていることよ。こんな時のわたしはマウスピークス(舌好調)ではなくてマウスボトムス(舌不調)ってとこかしら。あるいはマウスピース(mouthpiece)が口に入ってマウスピース(mouth peace)かな?」

 彼女は今夜初めて力なくではあったが、いつものように笑った。

 自分も親しい一人に入れてもらったのだと思うとナオミはうれしかったが、すぐに人の不幸を喜ぶなんて恥ずかしいと思い直した。

「精神病というほどじゃないから入院や薬を飲むほどではないの。人前では気が張っているから大丈夫だけど一人きりになった時は正直つらいわ。そんな時は映画の梯子をしたりして気を紛らわせる。そんな時、ふと気がつくとわたしに話しかけているもう一人の自分がいるわ。ナンシー、今は落ち込んでいる途中よ。もうちょっとで最悪にたどり着くわ。そうすれば後は上がるだけ。そんな風にしてわたしはいままでやってきたの」

 


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