人間の身体は六十兆個の細胞からなっているが、細胞の種類はたったの二百種類しかない。それが連絡を取り合って秩序の取れた状態を生みだしている。
不要になったり身体に害を与えるため「死ね」という指令を受けた細胞は、あらかじめ増殖や分化と同じようにすでに遺伝子に書き込まれている「自殺」のプログラムを起動させる。
身体自体がひとつの組織で組織のトップにいて指令を出すのが脳だとしたら、まだ我々の知らない指令系統が存在するのではないか。なぜなら人間の脳で使われているのは十から三十パーセントにすぎないと言われているからじゃ。
もし残りのプログラムを活用できるようにかかっているプロテクターを外せれば・・・・・・人間を従来の科学では想像も出来ない存在に作り替えられるのではないか。
まさに神の業の領域だ。
若かった儂はこのアイディアに夢中になった。
儂は何日も大学病院に泊まり込んでは寝食を忘れて、アポトーシスのコントロールに取り組んだ。研究は遅々として進まなかった。仲間たちからも、もしもそんなものが見つかればノーベル医学・生理学賞ものだよと冷やかされた。
あっという間に五年が過ぎていた。
嘲笑った学者の中には三十億あるDNAの遺伝子情報を読み込む「ヒトゲノム計画」を提唱する愚か者もいたが、あんなものは砂漠にまぎれ込んだ一粒のダイヤを捜すのにも等しい。だいたい、ヒトゲノムの内、九十五パーセントはがらくたで遺伝子を司るのは五パーセントほどしかないし、あいつらには読み込んだDNAをどのように操作するかの指針さえもない。
だいたい六十兆もの細胞のどこをどの程度まで差し替えることが出来ると思っているのか。早い時期の病気の診断や予防が可能になるというが、あんなものは保険業界や医療業界が得をするだけの代物に巨額の税金をつぎ込むという暴挙を国家レベルで競っておるだけではないか。
そんな時だった。ヌーヴェルヴァーグ財団から、資金を提供するという申し出を受けたのは。儂は天にも昇る心地だった。すでに日本の徒弟制度的な人間関係の中で独創的な研究資金を得るために血道を上げるのには疲れ果てていた。
開闢以来の秀才だった儂に大学院時代こそ周りも期待したが、いつまでたっても出口どころか入り口さえ見えてこない研究に没頭する儂を、彼らは陰でマッド・サイエンティストと呼んでいたのじゃ。
ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!
にほんブログ村