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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第4章−1 冥主、摩天楼に現る

2019-09-13 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 ある作家が言った。

「ニューヨークの摩天楼は成功を象徴する屹立した巨大な男根だ」 

 この比喩に従うなら、十九世紀には巨大船舶、二十世紀にはジャンボジェットに乗って「アメリカの夢」を求めてやってくる移民たちは港に吐き出される大量の精子かも知れない。

 しかし、彼らは知らない。

 ほとんどが外に出た瞬間に命を失いせいぜい数億個に一つか二つが生き残る運命なのだ。

 

 一九七二年二月二十九日。

 ニューヨークの摩天楼の中でもひときわ高くそびえ立つ、九十九階建てのヌーヴェルヴァーグ・タワー。全米は言うに及ばず一攫千金を夢見て世界中から集まってきたビジネスマン、ビジネスウーマンたちの最終目的地のひとつ。

 ヌーヴェルヴァーグ製薬が借り切る最上階フロアの窓から外を眺める一人の男。厳しい製薬業界のサバイバルレースに敗れて人生の舞台の幕を下ろそうとしている。開けられてはならないはずの窓ガラスが開いて強い風が吹き込んでいる。

 受付にいる社長秘書兼愛人のダイアナは、バタバタとたなびくブラインドの隣りで雇い主が一時間も窓下のアリのような車の動きを眺めていることを知らない。

 

 あのほら吹き共が。何が世紀の大発明だ・・・・・・

 摩天楼なんて墓標のそっくりさんコンテストに出れば優勝間違いなしだと毒づく。

 ワインをラッパ飲みしているのはジェフこと、ジェフェリー・R・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア。今夜、彼が奏でるのは勇敢な進軍マーチでなく、映画「死刑台のエレベーター」の主題歌になりそうだった。彼は、一代でヌーヴェルヴァーグ財閥を築き上げた偉大なるジェフェリー・A・ヌーヴェルヴァーグ・シニアの後継者のはずだった。つい、この間までは。

 名門ジョージタウン大学出身で、一年前までは擦れ違う女たちが思わず目を奪われる美貌の持ち主だった。それが今では三十代半ばとは思えないほどやつれ果ててしまい、かつて似ていると言われたハンサム俳優の面影はなく、絶体絶命の危機に出会ったヒッチコック映画の主人公ジェームス・スティワートに瓜二つ。

 社運をかけた健康薬品だったが、一年以上服用すると病気になったブタのように身体がむくむ、笑いのネタにもならない「不健康食品」。集団訴訟を起こされて自暴自棄になっていた。

 シェイプアップブームに乗って設備投資に走った矢先だけに数億ドルに上る賠償請求は致命的だった。見切りをつけた研究者たちは次々ヘッドハンティングされてしまいクズばかりが残った。業績の上がっていた時期には愛想のよかった銀行団も融資引き上げに走り、今月中に完済しなければすべての担保物件を巻き上げると言う。

 

 おぼっちゃまはウイスキーは飲まないのだよとばかりに、最高級フランスワインをボトル二本も空けながらまだ踏ん切りがつかない。高層ビルから眺める地上の車の明かりが自分を誘っているような気がしてようやく窓に引き寄せられる。

 ああ、眼鏡をはずしておこう、落ちたときに割れるとあぶないからなと独り言をつぶやく。震える手でゆっくり眼鏡をはずした。あたりの景色がぼやけて、これなら行けるかと決断した彼がさあ飛び込むぞと身構えた時だった。

 いったい、あれは何だ?

 

     

 

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