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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第6章−5 ナオミ、カンザスへ

2019-12-15 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九〇年七月二十五日、ナオミは、アメリカの「心臓地帯」(ハートランド)と呼ばれる米国中西部にあるカンザスシティ国際空港に降り立った。

 カンザスシティとはまぎらわしい名だが、市の三十パーセントの行政区がカンザス州に属しているだけで、実は大部分がミズーリ州に属している。ユナイテッド航空機外に出ると夏草の匂いと熱気に圧倒された。それでも乾燥した空気のために汗はすぐ乾く。

 海に囲まれたハワイからどこまでも広がる草原地帯に来て、まるで自分がドロシーになった心境だった。トトはどこにもいなかったが親友のケイティが一緒だった。今日もスペイン製のサマーセーターがフリル付きのスカートに似合っている。大型客船の船長を父に持つ彼女は島一番大きな家に住むお嬢様だった。身長百七十センチでスタイル抜群、何事にも素直な性格の彼女がナオミにはうらやましかった。

 ハワイ育ちとは信じられないほど色白のナオミに対し、ケイティは健康そうな褐色の肌をしていた。ハイスクールでの八年間パートナーとしてハワイ州内では負け知らずの二人は聖ローレンス大学でもディベートを続けるつもりだった。

「潮の香りがしないね」当たり前だと思っていたものがなくなって初めて気づいたという風にケイティが言った。

「でも、夏草の匂いがするよ」不安を感じていたのは自分だけでない、と安心してナオミが言った。「風が気持ちいいわ」

 カンザスという地名は、スー族に属するカンサ族の言葉で「南風の人々」を意味する。カンザス州にはトピーカやウィチタなど先住民族の言葉に由来する地名が多い。

 ナオミが本土に進学したのはマウスピークスに魅せられて聖ローレンス大学に行きたいと考えたのと、ケネスが「かわいい子には旅をさせろ」を実践したおかげだった。夏海が去って以来、一時的にせよ糸の切れたタコのようになってしまったケネスを残して来るのは心残りだった。しかし、いつまでも親離れ出来ないでどうすると言われて、そっちこそ子離れが出来てるのと言いたい気持ちを抑えてナオミは旅立ったのだった。

 ケネスは、誘われていた海軍特殊工作部隊教官のポジションの依頼を受けることにした。ほとんどの教官は、本土、フィリピン、沖縄、グアムといった基地で年間三百日以上を若手隊員の訓練のために過ごす。しかし、ケネスは夏海との思い出のつまったハワイの家を売ってしまうと決めたため一年間を世界中の基地を回って過ごすことになる。

 これまでも補助役として年間数十日は訓練に参加し、有事には呼び出しを受ける立場だったケネスはポケベルの持ち歩きを海軍から義務づけられていた。そのため、電波の通じなくなる映画館に入ることが出来なかった。

 それでも、ナオミにせがまれるとビデオを自宅で映画を見ることはあった。

 彼のお気に入りは『ネイビー・シールズ』であり、最悪の評価が『G・I・ジェーン』だった。シールズ(SEALs)は、sea, air, land teamの頭文字から成っており、海、空、陸のすべての戦闘はもちろん偵察、監視、不正規活動にまで長けた米国最高の特殊工作部隊の評価を得ている。ケネスが『G・I・ジェーン』を嫌いな理由は、そもそも女がシールズに入ってくるなんてストーリーがめちゃくちゃだし女をいじめるなんて野郎は隊員にはいないとのことだった。

 ナオミも『ネイビー・シールズ』は一緒に見ていて興奮した。むちゃで見ていてもはらはらするチャーリー・シーン演じる主人公に対して、映画『ターミネーター』でカイル・リース役の俳優の冷静沈着な隊長はかっこよかった。

 二人は、別れの直前、こんな会話を交わした。

「あんなむちゃな隊員ばかりだったら、皆の命がいくつあっても足りないよね。シールズの隊員って全部あの隊長さんみたいにかっこいいんでしょ?」

「実際のシールズの隊員なんてチャーリー・シーン以上にめちゃくちゃな奴ばっかりだぜ」ケネスは言った。

「本当?」

「特殊工作部隊に入るのは、いつ死ぬかわからない運命に身を捧げるってことだ。任務も非合法すれすれや、紛争地帯での極秘任務が多い。まともにやりあう戦闘なら名誉の戦死になるが、俺たちの死は訓練中の事故として取り扱われる。二十キロ沖の海上にパラシュート投下して深夜の海を黙って泳いで海岸線のレーダー網を手作業で切断する俺たちがいるから、レーダーの効かないエリアから安全に爆撃機が入れるんだ」

 ナオミは、しばらく経ってから言った。「なんで、そんな仕事に戻るの?」

「ほとんどの隊員は年収一万ドル以下の極貧家庭の出身だ。誰だって死にたくない。だけど、ハイスクールさえまともに出ていない奴にこの国でどんな未来が開けてる? 従軍すれば三度の飯も保証されるし、希望すれば軍人奨学金だってもらえる。俺はそうして大学にも大学院にも行けたんだ。いいか、俺はお前のためにもぜったい死んだりしない。世界中から手紙を送るからな。年に一度は必ずこれからも会おう」

「フーンだ。『愛と青春の旅だち』のルイス・ゴセット・Jr.を気どろうってのね。だけど約束をやぶったら承知しないから。鍛える側に回るからには誰にも死なせちゃダメだけど、自分が生き残れないなんて鬼教官失格だよ」

 

 

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