「どうした?」
「今度は、コミュニケーションとは何だと質問をするかと思ったから・・・・・・」
「お前からマーメイドがコミュニケーションを学んでいると聞いていたから、コミュニケーションに関してはもう調べてあるのだ。コミュニケーションが得意であるとは、何も雄弁なことばかりではない。皆が見落としていることを指摘したり、最後にうまく全体の意見をまとめたり、雰囲気作りがうまいとか、あるいはタイミング次第では沈黙することさえ有効なコミュニケーションとなる。つまり、コミュニケーションの神髄とは、時宜(じぎ)に応じた対応ができることであろう。弁論術の始祖アリストテレスとかもうす哲人が、レトリックを『いかなる状況においても説得の方法を見いだす能力』と定義している。これこそ、最古のコミュニケーション的有能さの定義なのだ。この男は公的な説得の技法としてのレトリックは、道徳にかなった目的のための正しい手段であるべきだ、とも述べている。もしもレトリックが政治家に不可欠ならば、政治家にはつねに現状をしっかり分析し、問題に対する現実的な解決案を提示することが求められる。例えば、政治家が公共の福祉という道徳的な目的を掲げても、目標達成のための正しい手段を提示できなれば失格となる。逆に、いくら多くの人民の支持があり、巨額の金を動かす力があっても、その目的が道徳的な目的を目指していなければやはり失格となる」
「フフッ」
「何がおかしい?」
「むずかしい哲学には精通しているのに、富や政治のように誰でも知っていることは知らないのがおもしろいと思って」
「人間とは不思議な存在じゃ。物事の本質よりも、理論をこねたり応用することばかりに夢中になっている。人間とは、物事の本質を考えないために、長く生きれば生きるほど神々の境地からは遠ざかっていく。人間たちの限られた寿命を考えれば、そうした行動もむべなるかな」
「でも、わたしは人間界に来て、冥主はひとつだけ素晴らしいことをしてくれたと思うようになった。わたしを不死者にしなかったこと。もしも不死の生命というものがあるなら、それは祝福ではなく罰であり呪い。未熟さとは若さの裏返し。だが賢者は若くとも賢く、愚者は年を経ても愚かしい」
「マクミラよ」
「なに?」
「盲目の身で人間界に来て、お前がどれだけ苦労したものかと心配していたが、心配は無用であった。冥界にいてはできない、人生とかいうものを体験してきたようだな」
「わたしは盲目の身で人間界に来て幸いだった。誇り、やさしさ、愛、そうした目に見えないものと見えるものの区別をつけずに生きて来られた」
アストロラーベは、冥界時代には「誰も愛さず、誰からも愛されず」を信条にしていた妹の口から愛と言う言葉が出て、信じられぬ思いだった。
アストロラーベは、愛する相手とはむすばれない自らの不幸を忘れて思った。それもまたよいであろう。人間界で短く限られた命を生きねばならぬ妹が、「愛」を見つけられたならば。
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