神々の世界に3枚の知られたる鏡あり。
精神体がそのままの姿を取る神々の世界では、鏡はうわべを取り繕う化粧のためのものではなく、さまざまな秘術を行うための神聖な道具であった。
第1番目の鏡が、浄玻璃(じょうはり)の鏡である。
冥主プルートゥが管理しており、亡者の生前のすべての行いを映し出す鏡で過去の記録が蓄積されている。仏教では、閻魔大王によって嘘をついた亡者が動かぬ証拠を突きつけられて舌を引き抜かれる絵で知られる。
第2番目の鏡が、月日貝の鏡である。
海主ネプチュヌスが管理しており、月食の日にのみ未来を映し出す鏡だが、使うものの命を半分に縮めるためにめったに使用を許されない。月食の晩にロゼワインを月日貝の鏡にかざせば、人間に未来を見る望みをかなえてくれるという伝説があるが真偽のほどはさだかではない。
今、大広間にあるのは第3番目の鏡である。
天主ユピテルが管理し、通常、オリンポス神殿に仕舞われているヤヌスの鏡は、前後を見通す二つの顔を持つ守護神ヤヌスの名にちなんでいる。彼の守る門の扉は、平時には閉ざされており戦時にのみ開かれるのが慣習である。同時に、ヤヌスの鏡は天界と魔界をつなぎコミュニケーションを取ることができる通信装置でもあった。
だが、それはとてつもなく危険な行いであった。
ヤヌスの鏡の右に、海主ネプチュヌスが水球体の中に鎮座する。気のせいか、顔色が青ざめて見える。
隣には、海神界最高位の神官アフロンディーヌが控える。美の女神の名を与えられた、天界、海神界、冥界を通じて最高の美女とたたえられた顔は、例によってベールに隠れて見えない。
左には冥主プルートゥが、半透明の暗黒の球体中に鎮座する。いつもの不敵な顔が、こころなしか緊張して見える。
隣には、冥界の貴公子の渾名を持つ冥界最高のネクロマンサーであり、軍師でもあるアストロラーベが控える。
ユピテルが、会議の開始を伝えた。
(皆の者、これより魔界との相談ごとを開始する)思念と同時に激しい雷鳴が天界中に響き渡る。(ヤヌスよ、魔界につながる扉を映し出すがよい)
ヤヌスが、うなずくと扉を開く呪文を唱え始める。
太古からの約束事
神界と魔界の禁断の扉
一度開けば神界のすべての理を流しさるやもしれぬ扉
一度つながれば魔界のすべての闇を輝かすやもしれぬ扉
天主ユピテル、海主ネプチュヌス、冥主プルートゥの求めにより
あえてのぞくことを今、願うなり
魔界の支配者たちよ
我が呼びかけに応じて
ヤヌスの鏡に禁断の扉をしばし映し出したまえ
神界と魔界の支配と破滅の諍い(いさかい)をしばし忘れたまえ
神界と魔界の禁断の扉を開きかりそめに我らに語らう機会を与えたまえ
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