ナオミは、はっと我に返った。
躾にきびしいアフロンディーヌから、もしもかわれるものなら代わってあげたいけれど、と思念が伝わってきた。
いいえ、お姉さま、わたしは望んでいくのよ、と思念を返す。
アレギザンダー、ジュリア、サラからも、達者でね、でも今までのようなわがままではいけないよ、と思念が伝わってくる。
仲良しの「唄い誘うもの」セイレーンたちの送別の唄声が聞こえてきた。
いつも聞くものの心を揺さぶるカイヨ、エイミ、ショウヨの三姉妹の唄が今夜はとびきり強く訴えかけてくる。こんな日に海を渡る船は運が悪いなどと自分の行く末よりも船乗りたちを思いやるナオミだった。
一番後ろでトーミが、しわだらけの顔に笑みを浮かべた。
最高神たちさえ一目置く齢数千年のマーメイドと対峙して、とうとうこの日が来たという思いが沸き上がってきた。
仕事に追われて忙しい父と幼い時に亡くなった母にかわりナオミを育てたのはトーミであった。外界のことを教えてとせがむと、最初はしぶってもいつも最後はしかたがないという風に知っていることを教えてくれた。
豪華客船で夜毎繰り広げられる舞踏会、海辺の神々を祭った数々の建造物、季節の祭の数々、けっして見つかってはいけないという漁師たちなどの話にナオミは胸を踊らせたものだった。
かつて「うらなうもの」であったトーミは、きまって最後にこうつけ加えた。(かわいそうな娘だよ。お前は、いつか人間界に出ていく星の下に生まれついている。だけど、どこへいってもやっかいごとに引き寄せられていく)
それを不安に思うより、まだ見ぬ人間界に夢を膨らませるナオミだった。
人間界に出ていく覚悟はとうに出来ていたはずだった。しかし、祖母との別れのつらさがナオミにのしかかってきていた。
トーミの弱々しい思念が伝わってきた。
(天界、海神界、冥界の最高神様が、一同に会すのを死ぬ前にまた見られるとは、ましてや、それがかわいい孫のためとは儂は幸せ者じゃ)
マーライオンやマーメイドの寿命は、人とは比較にならないほど長い。
それでも、神々にくらべれば寿命は限られておりトーミにも黄昏の時がせまってきていた。
(おばあ様・・・・・・)
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