投稿日: 2015年07月23日 09時49分 JST 更新: 2015年07月23日 10時19分 JST
16日、 安保関連法案が衆院を通過した。反対の声が日増しに強くなる中、今国会中に成立するのかどうか、大きな注目を浴びている。数人の識者に法案の評価、メディア報道、反戦デモについて聞いてみた。
関連:内閣官房「平和安全法制などの整備について」、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」など。
今回は、孫崎享氏にお話をうかがった。氏は駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。東アジア共同体研究 所理事・所長。日米関係の戦後を綴った「戦後史の正体」(創元社)は22万部の売れ行きとなった。「日本の国境問題-尖閣・竹島・北方領土」(ちくま新 書)などほかにも著書多数。最新刊は「日米開戦の正体」(祥伝社)。ニコニコ動画やツイッターで積極的に情報発信をしている。
今回の安保関連法案の是非について考えるとき、日本の文脈だけで考えていては見えてこないものがあるのではないか、と思っていた。外務省の元国際情報局長 で、米、英国、イランなど、世界を様々な視点から見てきた孫崎氏に、国際的な文脈を踏まえての視点を聞いてみたかった(取材日は7月10日)。以下はその 一問一答である。論旨を明確にするため、言葉を整理した部分がある。
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ソ連崩壊後の世界で
—現在の安保関連法案をどう見ていらっしゃるか。
孫崎享氏:私は92-3年から(話が)スタートすると思っている。
(1991年)ソ連が崩壊した。アメリカの軍需産業、作戦とか、戦略であるとか、武器であるとか、すべてがソ連と戦うために進んできた。ソ連が崩壊する ことによって、 もうアメリカの軍は要らなくなった。今後は経済に特化するべきであるという意見を、マクナマラ元国防長官などが言っていた。
しかし、せっかく世界一になったので、この位置を維持したい、と考えた。その軍事を使って、アメリカの意図を政治に反映させていくという考えが主流になってきた。
1992年に、こうした考えが一応完成し、93年のクリントン(民主党)政権にも引き継がれた。その後、共和党、民主党を超えて、ソ連崩壊後も米国の軍事力が展開されてきた。
さて、ソ連がなくなったら、誰が「脅威」になるのか?当時は「脅威とはイラン、イラク、北朝鮮である」、という位置付けをした。
しかし、イラン、イラク、北朝鮮といっても彼らはアメリカを攻撃するような力がないので、アメリカ側は積極的に相手に関与していくという路線を作った。それが今日まで続いているわけだが。
アメリカにとって1990年代始めに一番脅威となったのは日本やドイツの経済力だった。ドイツと日本を蚊帳の外に置いたら、彼らは経済に特化するから、これを中に入れよう、という形が戦略になってゆく。
じゃあ、日本をどうするかというと、日本には平和憲法がずっと続いているから、いきなり、日本を軍備に向かわせることはできない。だからまずは人道支援、 災害救助、こういうところに自衛隊を使っていくことによって、軍隊が海外に出るアレルギーをなくしていこう、という動きが続いて、それが徐々に徐々に、 1990年代、拡大していった。
2002年ぐらいには、もうそろそろ自衛隊を軍備のほうに使っていいだろうという感じがアメリカの中に出てきて、それが日本政府には2004年ぐらいに明確な形で伝達される。こうして、2005年10月に、「日米同盟未来のための変革と再編」という文章ができる。
—どんな形となったのか。
国際的安全保障環境を改善する、という日米共通の戦略のために自衛隊を使う。その内容には、今の集団的自衛権で議論されているものがすべて入ってきている。
例えば、秘密を守る法律を強化する、機雷の掃海を行う、後方支援を行うなど。2005年の時点で、日米が軍事的な関与をすることに。これは小泉首相が辞め て、小泉さんから安倍さんになった頃。安倍さんは第1回目の政権(2006年9月ー2007年9月)ではこの路線に非常に積極的に関与していく。集団的自 衛権という言葉が、ここから出てきている。
安倍さんはNATOに行って演説をした。私が防衛大学にいた時に、同僚の先生が数えたところ、安倍首相は「アフガニスタン」という言葉に13回言及していたという。アフガニスタンに入るという意思表示を既にしている。
ところが先ほどの日米協力が重要だということで、こういう流れにはあまり反発はしなかったわけだ。
安倍さんが首相を辞め、福田首相が就任した(2007年9月—08年9月)。福田さんは集団的自衛権の危険性をものすごく感じていた。具体的にアフガニスタンで協力をしてくれということを言われて、これを断っている。概念自体の集団的自衛権も断る、と。
—福田首相の在任期間は短かったが—。
次の自民党は短期政権で、民主党が政権党(2009年9月—12年12月)になった。
(日米の軍事協力についての)流れがいったん消えていたが、第2次安倍政権の発足(2012年12月—)でまた出てきたーこれが現在までの流れだ。
—今回の法案では、具体的にもっと自衛隊が関与できるように法制化することになった—。
そうだ。集団的自衛権をやるといっても、実際に自衛隊を運用しなければいけないので、これまでは規制がかかっているから、その規制を取っ払わないといない、と。そういう作業が今、行われている。
—特に新しいものではなくて、法律でしっかりとできるようにしてゆく、と。
理念的には、出発点は93年で、日米間で方針が固まったのは2005年。その当時、憲法との関連はそれほどつけなかった。
憲法と関連付けて、国民が目を向け始めた
—それ以来、少しずつ、法律解釈などを変えることでやってきた、と。
そうだ。そのようにしていれば、私は今度の法律も簡単に通ったと思う。
ところが、安倍さんは政治的な野心があったから、自分は憲法に手をいれたという形にしたいと思って、この問題を憲法と関連づけてしまい、国民が目を向け始めた。
9条に違反するという部分がクローズアップされて、今、かなりの批判勢力が出てきてしまった。
—反戦を掲げる、いわゆるリベラル系の論壇は、それ以前の段階ではあまり声をあげなかった?
黙っていた。勉強をしていないから。
護憲派の一番の問題は、これまで、9条を守ることだけをやっていたこと。現実の政治の問題でどういう動きがあるのか、それを見ながら、一つ一つ、反論し たり、問題点を提起したりという努力はせずに、9条だけ守ればいい、という姿勢だった。9条に抵触するようなことがあっても、勉強して問題点を提起するよ うな流れまでには行かなかった。9条が残っていれば、それでいいんだ、と。
そういう意味では、安倍政権やアメリカにとって一番良かったのは、憲法には手をつけない形でやってくれることだった。しかし、安倍さんに野心があったから、憲法にまで手をつけようとしてしまった。
だから、今の関連法案というのは、もしも黙って法律を出してきたら、国民は全然反対しなかったと思う。憲法というものに関連づけてしまったから、 それが憲法に抵触するというので、いったい何が起きているのか、という形で反対が出てきた。
—今回の法案が成立することで何が変わるのか。
大きな違いがある。いろいろあるが、例えば今までは、自衛隊がイラクにも行ったが、これは特別措置法でやっている。法案が成立すれば,(海外派遣が)恒久法の下で行える。
—いつでも行ける・・・。
いつでも行けるようにしてある。
概念的には、特別措置法で行っていたことを今回は恒久法で、というのは本来はそれほど抵抗がないはずだった。しかし、憲法と関連づけたので、国民はそんなことまでやるの、という話になってきた。
—法律となれば、普通に海外派遣ができるようになる。
私は、その時の政治的な空気に影響すると思う。例えば、「3条件」というのがあって—。
— 内閣官房のウェブサイトにある、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」に、「自衛の措置としての武力 の行使の新3要件」が書かれている。これによると、(1)「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力抗争が 発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」、(2)「これを排除し、我が 国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」、(3)「必要最小限度の実力酷使にとどまるべきこと」とある。
安倍さんや安倍さんたちの周辺は、3条件を基本的にクリアできると思っている。あの3条件でできないことはない、と思っている。
だが、一応3条件みたいなものがあるから、この問題がこれだけみんなの着目を浴びてきたら、今後の国民の反発の度合いによっては、そう簡単に実施はできないと思う。
方便である3条件が、ある意味で実際上、有効なものになるかもしれない。
よく、「関連法は成立するのだから、今さら抵抗してもしょうがない」という人がいるが、私はそうではないと思う。
—確かに、私もそういう意見をよく耳にした。
この問題に対する国民の反発が安倍政権の支持に影響を与える、ということが見えてくると、次の段階で実施する時にちゅうちょすると思う。
若者と女性の声
—では、反対の声を上げることは無駄ではない。
全然、無駄ではないと思っている。
非常に新しい動きは2つあって、今までの日本の(政府案への反対)運動のマイナスは、学生が動いていないこと、女性が動いていないこと。運動の展開に非常にエネルギーを欠いていた。だいたい反対というと60代以上の男性。ここにきて流れが変わってきた。
「女性自身」と「週刊女性」が最近、同じようなタイトルで(安保関連法案について)書き出した。それも10ページの特集だ。一般人の関心事になってきたことを示す。1回火をつけると、どんどん広がってくる。
学生さんの「シールズ」もある。
今までとは違った雰囲気が出はじめた。
ある週刊誌系の人と話していたのだが、「週刊文春」や「新潮」まで安倍批判を始めた。今までは、(大政)翼賛会みたいだったのが、ちょっと流れが変わってきた。
もうすでに毎日新聞は政権批判の方が賛成を上回ったと言っており、実際に、政権批判の方がもう世論は強くなっている。
今後反対の動向がどうなるかのターニングポイントに少なくとも来ていると思う。
—反対運動は、もし法案が通ったとしても、実際の運用時に歯止めになる、と。
歯止めになるし、通っても(実行できなくなる)。安倍政権が無理をしたということで、自民党政権の基盤がぐらついてくる。ぐらついてくれば、実行できるわけがない。
—日本として海外派兵ができ、アメリカと一緒になってやることができるようになる状態というのは、これはいいことなのだろうか。
いや、非常に悪い。
一番簡単なことは、行く理由がないからだ。
—海外派兵ができ、アメリカと軍事行動ができるようになると、アジアの他の国はどんな風に見るか。
基本的には、アセアンは武力行使には消極的な地域だったが、中国の台頭の中で、ベトナムとフィリピンがかなり中国に対して好戦的な動きを出してきた。そう いう中で、日本の軍事的な関与に対しては批判というよりは、中国にどう対応するかであって、全体として日本を批判するというふうには今はなっていないかも しれない。
私は、ベトナムとフィリピンの動きというのは一時的だと思う。中国の経済力が圧倒的なわけだから、台湾と同じ路線をたどると思う。
台湾は反中、独立志向だったわけだが、今は自分の国の生存は中国市場にあるということで、ベトナムもフィリピンもそのうちその方向に行くのではないかと思っている。
—私が住むイギリスからすると、9条の憲法がある日本では、どうやって国を守っていくのかと不思議になる。
冷戦が終わった時と今とは状況が違う。非常に大きな点として、西側に対しての攻勢があるわけではない。誰かが西側に対して攻撃があったから、西側がレスポンドしているのではなくて、自分たちの利害の為に戦争に行っている状況がある。
—冷戦後にそうなった、と。
そうだ。そういう意味で、西側が行動しなかったら、我々がやられるという状況ではないと思う。
そういう中で、米国がなぜ軍事行動をしているのか。
中東を見ると、大きな理由が2つある。1つはイスラエル寄りの政策を実行し、イスラエルの安全保障に向けて行動を起こしている。もう1つは、軍産複合企業体の利益、ということだと私は思っている。イギリスの保守層はアメリカと非常に密着している。
イギリスの保守層から見ると、今のような議論(軍隊がないのにどうやって身を守る事ができるのか)が出ると思うが、国全体として日本がおかしいのではないかという考え方にはならないのでは。
—自衛隊の能力について聞きたい。実戦に参加しなくても、十分に機能できるか。
第2次大戦後の枠組みはそれ以前の枠組みから非常に大きく変化している。
大きな枠組みの変化の1つは超大国同士では戦争できないということ。これは非常に大きな意味合いを持っていて、(米政治学者)ジョセフ・ナイが、私がハー バード大に研修に行っていたときに、戦争はどういうときに起きるか、と言って、それは、ナンバーワンがナンバーツーに覇権を脅かされる、そのようなときに 戦争というものが起こってくる、と説明した。
これに核兵器という問題が入ってきたので、核兵器で戦争をナンバーワンとナンバーツーがやると双方ともに破れてしまう。そこで、ナンバーワンとナンバーツーはどういうことがあっても戦争はできないという大きな枠組みが出てきた。
2つ目は、イギリスが代表的だが、植民地経営というのは結局はマイナスだ、と。コストがかかって。ということだから、今の戦争でどこかの国がどこかの国を植民地にするような形の戦争というのはもうなくなってきたと思う。
唯一残りは領土問題。これを戦争にしないような枠組みを作れば良いわけで、その努力をやれば、私は戦争は起きないと思う。
例えば中国をどう見るかというときに、カザフスタンという国がある。石油やガスの、世界で5-6番の産油国だ。中国が一番欲しいものはエネルギーだ。じゃあ、カザフスタンをとってしまえばいいじゃないか、と。
カザフスタンはアメリカと同盟関係にあるわけじゃない。軍事力が中国に対抗できるものではない。じゃあ何故とらないのか。
答えはどういうことかというと、基本的に、中国も国際社会との連携によって発展しているわけだから、それにマイナスになることを行うことのほうが、とることによる利益よりも大きくなってきた。
だから、軍事力でどこかがどこかをとるという時代では、私は基本的になくなっていると思う。
—イギリスは古い考え方の国かもしれない。ずっと戦争をしている。自国ではなく他国に行って戦闘行為などを行い、常に干渉をしている。
それを切り抜けたのがドイツだ。
ではイギリスがどうしてやっているのか—。それは、戦争する層がいるからだろう。
—イギリスメディアの論調を読んでいると、外国の中ではロシアや中国については、怖い事が起きている国というイメージを与える。東アジア地域においては、日本に一定の戦闘力を望む報道を見かける。
欧州については、私はウクライナ問題というのは、アメリカのネオコンに仕掛けられたと思っている。
今から3-4年前に、NATOが言葉の表現は別として、ロシアを敵にしないという決定をした。軍事的に欧州が努力する必要は何もない。米軍も欧州から撤兵した。
安全保障を冷戦構造的にやってきた人から見ると、ものすごく困る状況だ。それで出てきたのが、ウクライナ問題。
仕掛けていったのが、ヌーランド米国務次官補。夫はネオコンの(歴史家)ロバート・ケイガン。今、アメリカの中ではネオコンが国務省を乗っ取っている。ネオコンは、基本的に対立構造を求めている。ウクライナ問題は自然発生的に出てきた問題ではない。
尖閣諸島も棚上げ合意という方法があって、これは、日中の間で合意しているので、本来的には紛争になるものではない。
ところが、領土問題を利用することによって、日中の対立が深まる、日中の対立が深まれば、それは日本をより軍事的な方向に持っていくことができる。それはアメリカにとってプラスだという考え方がある。
—アメリカにとって、都合がいい?
そうだ。
冷戦時代に、日本とソ連の間に領土問題を置けば、日本が自分たちが都合の良いように動いてくるーという報告をイギリス大使館が本国に出している。こういう考え方はイギリスには昔からある。