亡き次男に捧げる冒険小説です。
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一二
宿場町から《サンダー渓谷》までは、早足で2時間の距離だった。午前中の早い時間にも関わらず、街道を行き交う人々は多かった。《坩堝》と呼ばれるだけあって、この大陸は多くの人種で溢れていた。
向かいから大きな荷物を背負った猫型の獣人《タバクシー》が歩いてきた。親子らしく手を繋いで歩いている。行商で街に向かうのだろう。
冒険者らしい一団ともすれ違った。翼のある《アーラコクラ》や《ドワーフ》、《エルフ》の《パーティー》だった。腕に自信があるのかすれ違いざま、テーリの顔を見てふふんと笑って見せた。悔しくもないが嫌な気分になったので、ナーレになんだあいつら、と愚痴ってみた。
すれ違う人々よりも、同じ方向に向けて進む人の方が圧倒的に多かった。早足で移動しているため追い抜いていくのだが、ほとんどの者が《新都ネオキオ》に向かっている様子だった。すれ違う人々も追い抜いた人々も漏れなく《ゴール橋》を渡っていく。中には《サンダー渓谷》に降りる者だっているかもしれない。《ウォーグ》の傷が癒えないうちに駆逐しなくては、と義兄弟の気持ちはいっそう逸るのだった。
前を歩く《ティーフリング》を追い越す瞬間だった。
「渓谷の《竜》の話は聞いたか。運悪く遭遇したら堪らんな。」
赤い肌をした銀髪の男が隣の青い肌の男にそう話しかけていた。《ティーフリング》は悪魔の血を引く人種だが、だからといって邪悪な存在ではない。その長い歴史の中で悪魔の血が混じって生まれた存在に過ぎない。恐れる存在ではなかった。
《竜》。この世界、《タツノオトシヨ》を産み落とした《辰》(シン)の末裔たち。空を飛び、火や氷を吐き出す最強の生物。知識と財宝に溢れ、高度な呪文を易々と扱う。爪、牙、翼、尾。全身が人型生物にとって脅威となる凶器で武装されている。年を経ることにその力が増していくのも《竜》の特徴だ。生まれたての《囀る竜》から《息巻く竜》を経て《年降る竜》に至る。この年齢に達した《竜》を押し留める人型生物は英雄としてその名を馳せる。《年降る竜》を超える年齢段階を迎える《竜》もいるにはいるが、それは既に伝説の存在とされる。
その《竜》が《サンダー渓谷》に潜んでいるというのだ。テーリは思わず前を歩く《ティーフリング》に話しかけていた。
「ちょっと失礼。今、《竜》と仰いました?」
話しかけられた赤肌の男は突然のことに驚いていたが、気の良い男で少しの間立ち話ができた。偶然にも耳にできたことは、この先の冒険に役立つ情報ばかりだった。
一つ、ここ数ヶ月《サンダー渓谷》を出入りする「小型」の《竜》が目撃されるようになった。
一つ、《竜》は住み着いているわけではなく、頻繁に出入りを繰り返している。
一つ、深夜から夜明けに行動しているため、人的被害は「まだ」でていない。要約するとこの三つの情報が重要に思えた。
ハーラはいい話が聞けたよと銀貨一枚を赤肌の《ティーフリング》へ手渡した。男はなんだか悪いね、と上機嫌で手を挙げた。ハーラたちも手を挙げ返すと、足早に歩を進めた。
「テー兄の言う通り、《サンダー渓谷》には《竜》のお宝がありそうだ!」
ナーレは興奮していた。ドラゴンスレイヤー、いわゆる《竜殺し》の仲間入りができるかもしれない。自分が英雄として持て囃される姿を夢想して、鼻息を荒くする。
ナーレを担いだテーリは焦っていた。まさか本当に《竜》がいるとは。渓谷の伝説は遥か昔に《竜》がいたというものだ。その残骸を探索できたらしめたものくらいの考えだったのが、まさか現在進行形で《竜》の巣になっている場所とは思いもよらなかった。テーリは身震いをした。どんなに年若い《竜》であろうと駆け出しの自分達が叶う相手ではないからだ。鎮痛な面持ちでテーリは俯いたが、歩むことはやめなかった。
ハーラはテーリよりもさらに暗い顔をしていた。尊敬する祖父君と父上を殺した《竜》。遠くから見たことしかないが、圧倒的な存在感と恐怖を思い出し足が竦んだ。前に進むことが怖くなったが義兄弟の長男分としての威厳があった。テーリにも増して俯きながら、速度を緩めることはなかった。
【第2話 一三に続く】
次回更新 令和7年2月17日月曜日
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竜の作りし世界《タツノオトシヨ》。あまりに身近な生き物だけれど、《竜》を目の当たりにする機会は少ない。《竜》の脅威を前に、義兄弟に臆病風が吹きつける。