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亡き次男に捧げる冒険小説です。
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一〇
冒険の行き先がまとまると三人の動きは早かった。ハーラは食事代をテーブルに置き二階に戻った。ハーラとナーレは旅をしてきただけあって、今すぐにでも冒険に出られるだけの携行食や野営の準備ができていた。直近の記憶のないテーリは、わずかな着替えと武器と《魔法技師》の呪文発動具である《盗賊ツール》しか持っていなかったため、宿屋で手配することにした。宿屋は冒険者が身体を休めるだけではなく、装備品の補充にも活用される重要な拠点である。《リザードフォーク》の主人に必要なものを伝えると、すぐに奥から持ってきた。テーリの準備もこうして整った。
魔獣の追跡と渓谷の探索には馬が足手纏いとなるため、五日以内に戻ると約束して宿に預けた。戻らなければ宿屋の主人の所有物にしていいという契約だ。少なからぬ餌代を渡し、義兄弟の三人は《サンダー渓谷》に続く街道を小走りに走っていった。
足早に出かける義兄弟を横目にヴァッロがヘロに耳打ちする。
「オデたちも行くぞ。」
「言うまでもない。」
義兄弟の話を何から何まで聴いていた二人はゆったりとした足取りで宿を出た。義兄弟がだいぶ先に見えたが、慌てる距離ではなかった。ヴァッロたちは今ある距離を保つことに注意して、義兄弟の尾行を開始した。
がらんとした食堂で老夫がポツリと呟いた。
「ヴァッロのやつめ、機転がきかなくて困る。」
ご馳走様と言って食事代を置くと、老婦人を連れ立って店を出た。店を出た瞬間、二人は白い光に包まれる。輝きが収まるとそこには《ドラゴンボーン》の《魔術師》と《ケンタウロス》の《聖職者》の姿があった。
《ディスガイズ・セルフ》(変装の呪文)を解いた二人はふうと息を吐いた。二人の変装がバレる危険性はなかったが、ヴァッロがボロを出しそうで肝を冷やしたと二人で苦笑した。
「ところでマッマさん。儂の食べ方に文句をつけるのやめていただけないものかな。」
穏やかな物言いだったが、チッチの不満がありありと滲み出ていた。
「あら?差し出がましいようですがチッチさんとご一緒する限りは口出しさせて頂きます。《パーティー》全体の品位が問われますもの。」
マッマと呼ばれた《ケンタウロス》は一切の妥協を見せなかった。
「儂は貴方の倅じゃないんだ。儂の食べ方は儂の美学です。本当に放っておいてもらいたい!」
チッチは語気を強めるとマッマの返事も聞かずに歩き出した。マッマも頬を膨らませている。
「うちの子だったら尚更こんなことは言いません!しっかり躾けておりますので。もう、独身者はこれだから。」
「独身と食の美学は関係ないでしょう!まったく既婚者はこれだから。」
お互いにぶつぶつ文句を言い合いながら、二人は東に歩を進めた。そう、義兄弟やヴァッロたちと同じ目的地を目指して。
【第2話 一一に続く】
次回更新 令和7年2月13日木曜日
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ヴァッロとヘロの珍道中。そこに忍び寄る「あの人」の影!?