Hyperionから発売されている「バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ(全曲)」(CDA-67691/2)を聴いてみました。演奏は、ヴァイオリン:アリーナ・イブラギモヴァ(録音:2008.12~2009.2、ヘンリー・ウッド・ホール、ロンドン)です。レコード芸術準特選です。
イブラギモヴァという名前はなかなか覚えにくいのですが、写真から見て、彼女の風貌は一匹狼的で、孤高の謎めいた女性といった感じです。ジャケットの感じも無伴奏の雰囲気に合っており、思わず買ってみようと思わせる装丁です。
彼女は1985年、ロシア生まれで、グネーシン音楽院(モスクワ)を経て、メニューイン音楽学校(イギリス)、王立音楽院(ロンドン)で研鑽を積んでいます。バロック・バイオリンも学んでいるようですが、古典派、ロマン派、近現代音楽など、幅広いレパートリーを持っているようです。
このディスクは、モダン・ヴァイオリンでピリオド奏法のセオリーで演奏しているようです。ピリオド奏法とはヴィブラートをなるべく控えることのようですが、バイオリンの演奏法についてはよく分かりません。昨年1月のレコ芸(矢澤孝樹著)では、「彼女のヴィブラートへの禁欲ぶりは、近年モダン化傾向にあるピリオド楽器奏者たちより、いっそう徹底している。」、「彼女は"ノン・ヴィブラートの歌"というかつてない世界を私たちの前にくり広げている。」と評されています。
聴き始めて最初の印象は、冬の寒い大地の澄みきった空間の中に繊細でやや悲しげな感じがするものの、引き締まった音が情感豊かに響いている、といった感じです。ハーンの無伴奏が前面に音を押し出した分かり易い演奏であるのとは対照的に感じます。堅苦しくなく自然な演奏のように思いますが、やや線が細く聞き手からやや距離があるように感じるところがあります。素人的にはもう少し距離感が近い方が迫力がでるのではないかと思います。
イブラギモヴァの演奏は、派手でなく気負いのないストイックな演奏で、澄みきった引き締まった音の中に豊かな叙情を湛えており、聞き手を惹きつけます。今までの演奏にはない、新たな無伴奏へのアプローチと思いました。