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ポール・バターフィールド・ブルース・バンド

2023-04-26 13:19:42 | band

ポール・バターフィールド・ブルース・バンド Paul Butterfield Blues Band


【活動期間】
  1963~1971

【メンバー】
 <vocal>
   ポール・バターフィールド/Paul Butterfield(vocal, harmonica) 在籍1963~1971
 <guitar>
   エルヴィン・ビショップ/Elvin Bishop(guitar) 在籍1963~1968
   マイク・ブルームフィールド/Mike Bloomfield(guitar) 在籍1964~1967
   バジー・フェイトン/Buzzy Feiten(guitar) 在籍1968~1969
   ラルフ・ウォルシュ/Ralph Walsh(guitar, vocals) 在籍1969~1971
 <keyboards>
   マーク・ナフタリン/Mark Naftalin(keyboards)在籍1965~1968
   テッド・ハリス/Ted Harris(keyboards)在籍1969~1970
 <bass>
   ジェローム・アーノルド/Jerome Arnold(bass) 在籍1963~1967
   バグジー・モー/Bugsy Maugh(bass) 在籍1967~1969
   ロッド・ヒックス/Rod Hicks(bass, contrabass, vocals) 在籍1969~1971
 <drums>
   サム・レイ/Sam Lay(drums, vocal) 在籍1963~1965
   ビリー・ウォーレン/Billy Warren(drums) 在籍1965
   ビリー・ダヴェンポート/Billy Davenport (drums) 在籍1965~1967
   フィリップ・ウィルソン/Phillip Wilson(drums) 在籍1967~1969
   ジョージ・デヴィッドソン/George Davidson(drums) 在籍1969~1970
   デニス・ホィッテッド/Dennis Whitted(drums) 在籍1970~1971
 <horns>
   キース・ジョンソン/Keith Johnson(trumpet) 在籍1967~1969
   スティーヴ・マダイオ/Steve Madaio(trumpet, percussion, backing-vocal) 在籍1969~1971
   デヴィッド・サンボーン(alto-sax, percussion)  在籍1967~1971
   ジーン・ディンウィッディ(sax, flute, vocals)  在籍1967~1971
   トレヴァー・ローレンス/Trevor Lawrence(baritone-sax, percussion, backing-vocal) 在籍1969~1971


     


 シカゴで生まれ育ち、シカゴ・ブルースの洗礼を受けたポール・バターフィールドが1963年に結成したバンド。
 バターフィールド・ブルース・バンドはイギリスにおけるブルース・ブレイカーズ同様、バンドの歴史の中で何人もの名プレイヤーを輩出していることでも知られている。


 バターフィールド・ブルース・バンドは、ポール・バターフィールドとエルヴィン・ビショップとの邂逅にはじまる。
 1960年代初頭、バターフィールドがシカゴ大学に入学したばかりのある日、バターフィールドは家の前でビールを飲みながらギターを弾いていると、通りがかったひとりの青年から話しかけられた。ふたりはブルースについて語り合い、あっという間に意気投合した。この通りがかりの青年が、ギタリストのエルヴィン・ビショップである。オクラホマの農村出身のビショップは、シカゴ大学に入学するためにその日シカゴに着いたばかりだったそうである。
 この頃のバターフィールドが演奏していた楽器はギターであり、ハーモニカを吹いたことすらなかったが、ビショップとの出会いを境にすぐハーモニカに取り組み、半年ほど後には見違えるほど上達したという。後年ビショップはバターフィールドのことを「生まれつきの天才だ」と語っている。


 やがてバターフィールド(vocal, harmonica)とビショップ(guitar)は「バターカップス」(The Buttercups)という名のデュオで演奏活動を始めた。経験を積んでゆくうちに、ふたりはシカゴのノースサイドにあるフォーク・クラブ「ビッグ・ジョンズ」からレギュラー出演のオファーを受ける。1963年のことである。
 バンドとして出演することを考えたふたりは、いずれもハウリン・ウルフのツアー・メンバーだったジェローム・アーノルド(bass)とサム・レイ(drums)をメンバーに加えた。これが「ポール・バターフィールド・ブルース・バンド」結成のいきさつである。
 このバンドでの「ビッグ・ジョンズ」でのライヴは大成功を収めた。
 以後彼らは結成以来2年間にわたって「ビッグ・ジョンズ」で毎週6晩演奏し続け、シカゴ界隈では次第に有名になっていった。そして著名なプロデューサーのポール・ロスチャイルドの目に留まることになったのである。
 このバターフィールド・ブルース・バンドは、人種的な観点で見ると、白人ふたり(バターフィールドとビショップ)とアフリカ系ふたり(アーノルドとレイ)から成り立っていた。1950年代半ばにアフリカ系アメリカ人の公民権適用と人種差別解消を求めて起こった公民権運動は、たちまち野火のように広まり、シカゴでも1964年8月に暴動が起こっていた。緊迫した空気に満ちていたこの当時、いわゆる「白人」と「黒人」の混成バンドの結成は非常に画期的なことだった。
 
 
 このころロスチャイルドは、当時シカゴ周辺ではすでに有名だった新進ギタリスト、マイク・ブルームフィールドにも注目していた。
 バターフィールドとブルームフィールドの間に起こる音楽的化学反応を見たロスチャイルドは、「ブルームフィールドをバンドに入れるよう」バターフィールドの説得にかかった。
 そしてブルームフィールドの加入後、バンドはエレクトラ・レコードと契約を交わすのである。
 1964年12月、バンドは初録音を行う。この時収録された『Born in Chicago』がデビュー・シングルとしてリリースされた。この曲はバンドの旧友ニック・グレイヴナイツが作曲したものであった。『Born in Chicago』の初期ヴァージョンは、1965年にエレクトラから発表されたコンピレイション・アルバム『Folksong '65』に収められており、これによってバンドは次第に注目されるようになってゆく。


 1965年10月、ようやくデビュー・アルバム『ポール・バターフィールド・ブルース・バンド』をリリース。この時、ブルームフィールドの提案によってマーク・ナフタリン(keyboard)がバンドに加入している。ナフタリンの加入はあまりにも急だったため、デビュー・アルバムのジャケット写真の中にはナフタリンは入っていない。
 このアルバムにはエルモア・ジェイムスの『Shake Your Moneymaker』、マディ・ウォーターズが歌った『I Got My Mojo Working』、ジュニア・パーカーの『Mystery Train』、ウォルター・ジェイコブズの『Blues with a Feeling』や、再録音された『Born in Chicago』のほかオリジナル曲などが収録された。この時のブルームフィールドの圧倒的なギター・テクニックの前には、ビショップはサイド・ギターに徹せざるをえなかった。
 アルバム・チャートは1966年に記録したビルボード123位が最高位だったものの、デルタ・ブルースとカントリーを取り入れた作った新しいスタイルは、フォークを好む若者とオールド・ブルースを好む年長者達双方から支持されるようになっていった。
 なおドラマーのサム・レイはデビュー・アルバムのリリース後に病気のためバンドを離れ、後任としてブルース界のベテランであるビリー・ダヴェンポートが加入した。サム・レイはのちロック、ブルース、ジャズで殿堂入りした。また当時10代の青年だったジェイムズ・オスターバーグ(のちのイギー・ポップ)にドラムのレッスンを行ったことでも知られている。


 1965年7月、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドは「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル」に出演する。
 出演者のなかにはボブ・ディランも出演もいた。
 ディランは早くからバターフィールド・ブルース・バンドに注目しており、フェスティヴァルで演奏する直前に彼らをサポート・バンドに指名した。この頃バンドはディランのマネージャー、アルバート・グロスマンと契約しており、またマイク・ブルームフィールドとサム・レイは過去にボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の録音に参加したことがあるという繋がりもあって、ディランの要望はすんなり受け入れられた。
 ニューポートでのディランは、バンドを従えて強烈なエレクトリック・ブルースを4曲を演奏したが、アコースティックなフォークを信奉するファンは動揺し、「ディランがエレキ・ギターを持った」と非難を浴びせた。ただしその非難は「劣悪な音響とあまりにも短すぎる演奏に向けられたもので、実際には歓声もあがっていた」とも言われている。エレクトリック・ディランについてはその後も論議が続いたが、少なくともバターフィールド・ブルース・バンドに関しては、このステージによってその名を広く知らしめることになった。


     


 1966年7月、セカンド・アルバム『イースト・ウェスト』を発表。
 このアルバムは、ブルースの追求はもちろん、ジャズ、インド音楽、サイケデリックなどからも影響を受けた、
 収録されているのは、ロバート・ジョンソンの「Walkin' Blues」、マイク・ネスミスの「Mary, Mary」、R&Bシンガーのリー・ドーシーが歌った「Get Out of My Life, Woman」、ナット・アダレイ(ジャズ・コルネット奏者)が作曲した「Work Song」などであるが、アルバムのハイライトは、なんといっても13分のインストゥルメンタル・ジャム・セッション「East-West」であろう。
 この曲はインドのラーガやジョン・コルトレーン(ジャズ・サックス奏者)、ドラッグによる幻覚などに影響されたブルース・ロックで、バターフィールドおよびふたりのギタリスト(ブルームフィールドとビショップ)によるインプロヴィゼイションが展開されている
 「East-West」は、ロック史上においてジャム・セッションをフィーチャーした最初の曲とも言われており、サンフランシスコの多くのバンドに影響を与えた。ライブではおよそ1時間に渡って演奏が続けられることもあった。
 この曲がきっかけとなり、アル・クーパーの『スーパー・セッション』など、ジャム・セッションを収録したアルバムが多く制作されることになる。
 後年エルヴィン・ビショップは「クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、ビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニー、グレイトフル・デッドなどのバンドはフォーク・バンドのようなもので、コードをかき鳴らしていただけだった。ブルームフィールドはどんなスケールも弾きこなし、彼らをノックアウトした」と語っている。
 この頃の『イースト・ウェスト』のライヴ・バージョンは、1996年に発表されたアルバム『East-West Live』で聴くことができる。


 セカンド・アルバムのリリース後にバンドはツアーに出る。
 バンドがイギリスに滞在していた1966年の冬、当時ピーター・グリーン(guitar)が在籍していたジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズと何曲か録音する。このうち4曲が1967年1月にイギリスで『John Mayall's Bluesbreakers with Paul Butterfield』というタイトルの45回転EPとして発売された
 1967年6月には、カリフォルニアで行われた「モントレー・ポップ・フェスティバル」に出演。


 バンドは音楽的成功を手に入れたが、この1967年には、ブルームフィールドやアーノルドが相次いで脱退する。(ブルームフィールドは脱退後「エレクトリック・フラッグ」を結成)
 このためバンドはホーン・セクションの導入と、ジャズとロックのクロスオーヴァー・サウンドへのシフトを図り、新たにバグジー・モー(bass)、フィリップ・ウィルソン(drums のちアート・アンサンブル・オブ・シカゴ)、キース・ジョンソン(trumpet)、デヴィッド・サンボーン(alto-sax)、ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)を加えて再出発した。
 デヴィッド・サンボーンとは、もちろん後年世界的なジャズ・サックス奏者となるデヴィッド・サンボーンのことである。


 1967年、サード・アルバム『ピグボーイ・クラブショー』を発表。アルバム・タイトルは、「オクラホマの田舎者」というイメージがあるエルヴィン・ビショップのニックネームに由来するものである。
 マイク・ブルームフィールドが脱退したため、ビショップにかかる比重は必然的に大きくなっている。ブルースをベースに、R&Bのテイストを加えたこのアルバムは、ビルボードのチャートで52位まで上昇しているが、これはバンド史上最高位である。
 


 1968年、ソウル・ミュージックへより接近した4作目のアルバム『イン・マイ・オウン・ドリーム』を発表。このアルバムを最後として、1968年末にマーク・ナフタリンと、バンド結成以前からのパートナーであるエルヴィン・ビショップが脱退する。ビショップはのちセッションマンとして活躍している。


 1969年8月、ウッドストック・フェスティヴァルに出演し、7曲演奏する。映画にはバンドの演奏シーンは登場しなかったが、「Love March」がアルバム『ウッドストック・オリジナル・サウンドトラック』(1970年)に収録されている。
 この年、ジャニス・ジョプリンと、永遠の名曲「One Night Stand」を録音。これは14年後の1983年にリリースされたジョプリンのアルバム『白鳥の歌』に収録された。


     


 1969年にジェリー・ラゴヴォイのプロデュースによる5作目のアルバム『キープ・オン・ムーヴィング』を、1970年にはウェスト・ハリウッドの「トルバドール」での演奏を収めたライヴ・アルバム『ライヴ』を発表したが、ビショップ脱退後からバンドの勢いは下降線をたどり、1971年に発表した6作目『サムタイムズ・アイ・ジャスト・フィール・ライク・スマイリン』を最後に、同年ポール・バターフィールド・ブルース・バンドは解散した。
 解散後、バターフィールドは「ポール・バターフィールズ・ベター・デイズ」を結成し、2枚のアルバムを発表している。
 1972年には、ベスト・アルバム『Golden Butter:The Best of the Paul Butterfield Blues Band』がエレクトラからリリースされた。

 
 2015年、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドは「ロックの殿堂」入りを果たした。
 彼らは殿堂入りしたアーティストのなかで唯一トップ40入りしたシングルもアルバムもない存在であるが、「シカゴ・ブルースとエレクトリックなロックを融合させ、それまではほぼアフリカ系アメリカ人のものだったブルースを一般大衆の元に届けた」という大きな功績があり、1960年代のミュージック・シーンにとって非常に重要なバンドであったことが評価されたといえる。。


【メンバーの変遷】 
 #1(1963~1965)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  ジェローム・アーノルド(bass)
  サム・レイ(drums, vocal)

 #2(1964~1965)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マイク・ブルームフィールド(guitar)
  ジェローム・アーノルド(bass)
  サム・レイ(drums, vocal)

 #3(1965)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マイク・ブルームフィールド(guitar)
  マーク・ナフタリン(keyboards)
  ジェローム・アーノルド(bass)
  サム・レイ(drums, vocal)

 #4(1965)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マイク・ブルームフィールド(guitar)
  マーク・ナフタリン(keyboards)
  ジェローム・アーノルド(bass)
  ビリー・ウォーレン(drums)

 #5(1965~1967)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マイク・ブルームフィールド(guitar)
  マーク・ナフタリン(keyboards)
  ジェローム・アーノルド(bass)
  ビリー・ダヴェンポート(drums)

 #6(1967)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マーク・ナフタリン(keyboards)
  バグジー・モー(bass)
  ビリー・ダヴェンポート(drums)
  キース・ジョンソン(trumpet)
  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)


 #7(1967~1968)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  エルヴィン・ビショップ(guitar)
  マーク・ナフタリン(keyboards)
  バグジー・モー(bass)
  フィリップ・ウィルソン(drums)
  キース・ジョンソン(trumpet)
  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)

 #8(1968~1969)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  バジー・フェイトン(guitar)
  バグジー・モー(bass)
  フィリップ・ウィルソン(drums)
  キース・ジョンソン(trumpet)
  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)


 #9(1969)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  バジー・フェイトン(guitar)
  テッド・ハリス(keyboards)
  ロッド・ヒックス(bass)
  フィリップ・ウィルソン(drums)
  キース・ジョンソン(trumpet)
  スティーヴ・マダイオ(trumpet, backing-vocal)

  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)
  トレヴァー・ローレンス(baritone-sax, backing-vocal)

 #10(1969~1970)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  ラルフ・ウォルシュ(guitar)
  テッド・ハリス(keyboards)
  ロッド・ヒックス(bass)
  ジョージ・デヴィッドソン(drums)
  スティーヴ・マダイオ(trumpet, backing-vocal)

  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)
  トレヴァー・ローレンス(baritone-sax, backing-vocal)

 #11(1970~1971)
  ポール・バターフィールド(vocal, harmonica)
  ラルフ・ウォルシュ(guitar)
  ロッド・ヒックス(bass)
  デニス・ホイッテッド(drums)
  スティーヴ・マダイオ(trumpet, backing-vocal)

  デヴィッド・サンボーン(alto-sax)
  ジーン・ディンウィッディ(tenor-sax)
  トレヴァー・ローレンス(baritone-sax, backing-vocal)


【ディスコグラフィ】 ☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレイション・アルバム
  1965年 ポール・バターフィールド・ブルース・バンド/The Paul Butterfield Blues Band US123位
  1966年 イースト・ウェスト/East-West US65位
  1967年 ピグボーイ・クラブショー/Resurrection of Pigboy Crabshaw US52位
  1968年 イン・マイ・オウン・ドリーム/In My Own Dream US79位
  1969年 キープ・オン・ムーヴィング/Keep on Moving US102位
 ☆1970年 ライヴ/Live US72位
  1971年 サムタイムズ・アイ・ジャスト・フィール・ライク・スマイリン/Sometimes I Just Feel Like Smilin' US124位
 ★1972年 Golden Butter:The Best of  the Paul Butterfield Blues Band US136位
 ☆1996年 Strawberry Jam(1966年~1968年録音)
 ☆1996年 East-West Live(1966年~1967年録音)
 ☆2016年 ガット・ア・マインド・トゥ・ギヴ・アップ・リヴィング-ライヴ1966/Got a Mind to Give Up Living-Live 1966(1966年録音)
 


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