紅君のお部屋

 
紅君の生活や政治家としての活動や考え方を掲載しています♪
  

大切な鏡?(認知症)

2019年01月02日 | Weblog

 皆さん、明けましておめでとうございます。

さて、このブログもたくさん更新できると良いですね(^-^)

 今日は、昨日の実話から書いてみることにしました。

 東京に戻った次男が正月休みに戻ってきましたが、立派な社会人です。

 妻に建て替え料金を余分に払うと元旦にはおばあちゃん(認知症)にお年玉を用意していました。

 あいにく、体調が悪いのでお雑煮を食べずにいると、次男が…

「おばあちゃんに、お年玉だよ!、渡しといて~」

 そういうので、妻と声をそろえて言いました。

「直接渡してあげなさい』

 …しかし、寝ていたので、結局おばあちゃんのいつも座る席に置いておくことになりました。

 夕方には何とか起きれたおばあちゃんは、そのお年玉を見ると何度もありがとうと言っていました。

 「これ、H志がくれたのかい(^^♪」「いっぱい入っているねぇ」

自慢げに机の前に置いている、母ですが、しばらくすると忘れます。

「この袋は何だい!」

「おばあちゃん、H志がくれたお年玉ですよ~」

「ああ、そうかい、ありがたいねぇ…良い子になったねぇ~」

こんなことを何回も繰り返しているうちに、やがておばあちゃん(母)は着ている袢纏の中にしまいます。

しばらくして・・・…忘れているはずなのに・・・?

「あれ~、ここに何かあったよね~・・・」

鋭い嗅覚で、私たちに尋ねます!

 この質問の意図を理解している妻はすぐさまに言います。

「おばあちゃん、袢纏の懐を見てください、左ですよ!!、自分でしまいましたよ」

「懐?、あっこの袋は何だっけ…」

「H志がくれたお年玉ですよ」

「ありがたいねぇ~」

 (^-^)良いんですかねぇ~、一回しか渡していないお年玉でこんなに何回も喜んでもらって・・・

 認知症の本人もわざと何回も言っているわけではないのですが…

 嬉しいことを何回も味わえるのは、良いことなのかもしれません???

 でも、これが嫌なことだったら・・・同じことをやはり何度も言われるかもしけません?

 それって、私たちの行動に対して言っていることなのかもしれません。

『もしかして、私たちの行動を映す鏡にもなっているかもしれません』

 ※自分の心や行動を映すには必要な鏡かもしれません。

 そんなことに気が付くと、私はこの一枚の鏡を大事にしなければと思っています。…(TT)(^-^)

コメント
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