終戦の日、戦没者追悼式において、天皇陛下は案の定、昨年に続き今年も天皇陛下は「反省」の「赤いおことば」を述べられた。
終戦以来既に71年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
早速左翼陣営から、毎日新聞が以下の通り、
「陛下が反省のおことばを述べられているのに安倍総理は(陛下に背くのか)・・・」
的な叩き方をしてきている。
こういう論調は、左翼陣営から何度出てきたかわからない。
一方、このところの「お気持ち」「生前退位」(正確には譲位)問題を見てつくづく思うのだが、保守言論は「天皇陛下」で思考停止してしまっている。信じ込んでいる人も少なくない。だから何の疑問も感じないのだろう。
本当に日本人の、とりわけ保守派の弱点を突かれたとしか言いようがない。
当サイトは、本件については明らかに憲法違反であり、皇室典範違反であることをすでに述べている。これは天皇陛下によるクーデターであり、法治国家として断じて許されるものではない。また、八百万の神々や、昭和帝まで続いてきた崇高な身位や伝統や御心も否定することであるからだ。
まず、政治的背景がきな臭い。
そもそも「生前退位(譲位)」の御意向が出てきたのは、参院選の直後であり、都知事選を控えた時期である。そして「お気持ち」が表明されたのは8月8日。
ただでさえ6日、9日の原爆の日の合間。終戦の日も近い。増して今年の場合、参院選後、都知事選後、安倍内閣改造後という時期であり、非常に政治的な意図を感じる。
さらに、これに合わせるかのように、中国の武装船団が尖閣に侵入してきているのだからなおさらだ。
左翼陣営が、両選挙で打撃を受けて、ついに最後の切り札、赤い天皇陛下を出してきたと考えるのが自然であろう。「天皇陛下」の名のもとに、一般国民はおろか保守陣営までも黙らせる意図。そして、恐ろしいことに、それは確かな手ごたえとなっている。
以下、本文について、筆者の考えを述べたい。
- 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)
- http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12#41
- 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)
- <英文>へ
- 戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。
- ⇒ちょうど、安倍総理の任期満了の年。政治的な意図。
- 私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。
- 本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。
- ⇒何故、社会の高齢化という一般社会のことと皇室を同列に扱われるのか。また、個人としてと言われるが、天皇陛下という御位に個人の立場がおありなのか?それは象徴と矛盾されませんか?
- 即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。
- ⇒またここでも、憲法にこだわっておいでですが、その象徴たるお立場を先に否定しておいでです。
- そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。
- ⇒重いお勤めとはどの範囲ですか?そもそも国内海外に頻繁に行かれることは本来の公務ではありません。本来のお勤めは宮中祭祀をなさることです。それを休んでまで海外に行かれるのは本末転倒です。
- 私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間かん私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。
- ⇒上述の通り、旅は本来の公務ではありません。
- 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
- ⇒在位してくださっていることが尊いのです。摂政を拒まれるのも、憲法や皇室典範に抵触します。
- 天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯もがりの行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀そうぎに関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。
- ⇒家族という仰せ、これも平民の考えです。もがりというのは皇室の伝統行事であり、それだけ天皇陛下が重いお立場であるという証でもあります。それを捨てられるのですか?また、「上皇」になられたら、それはそれで国民にも新たな負担を強いられる。また、昭和から平成になった折、国民生活は影響をほとんど受けておりませんが?
- 始めにも述べましたように,憲法の下もと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。
- ⇒国政に関する機能を有しないのなら、憲法違反の言動をなさらないでいただきたい。
- 国民の理解を得られることを,切に願っています。
- ⇒主権者たる国民に暗に法改正を求める。これも違憲です。
- <<
- 結論を先に言えば、まず総論として、これは、
- ①天皇の平民宣言
- ②天皇の三権から独立した独裁権力宣言
- であり、皇室制の根本を天皇自ら破壊するとんでもない亡国宣言である。
- 慰霊の旅やご訪問は本来の公務ではない。平成になって勝手に公務とされたのだ。これにより、どれだけの税金がかかり、警備の負担が強いられる、これこそ国民に迷惑ではないか。
- それから、昭和帝は戦後でさえも国民の前に膝をつくことはなさらなかった。
- 今上は簡単に国民に膝をつかれる。
- 特に幻滅なのが以下の画像。園児たちとともにダンスされるなど、「天皇陛下の安売り」も甚だしい。