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こころのジューク・ボックス / Please, Please Me

2004年08月20日 23時09分55秒 | about him
 何週間かまえに、

 たんじょうびを迎えた。

 べつに、約束をしていたわけではないけれど、勝手に、たんじょうびには、かれ と会えると思っていた。

 勝手に、その日は、予定を空けていた。

 blog の記事なども、ほったらかしておこう、とも思っていた。

 その前日、じぶんにとって、会心の一作を書いていた。

 (あくまでじぶんにとって、であるが)

 (いままでいろんなことを書いてきたが、いちばん好きな記事だ)

 ちょうどいい部分を書いているさいちゅうに、彼から電話がかかってきた。

 しかし、わたしは、キーボードを叩く手を止めることができなかった。

 ぜんぶ書き上げて、アップしてから、かけ直そうと、思っていた。

 夜十一時過ぎに、やっとアップして、電話をかけ直そうと思っていたら、かれ から、携帯電話のほうにメールが届いていた。

 (かれ は PC を持っていないので、携帯電話にしかメールは来ないのだが)


 「一日早いけれど、誕生日おめでとう。

  申し訳ないけれど、明日は用事があるので、

  プレゼントをさっき、郵便受けに入れといた」


 あわてて、マンションの表の郵便受けを見に行くと、Tower Records のビニール袋が。

 中身は、わたしが欲しがっていた、あるアーティストの新作の二枚組みライヴ盤と、『レコスケくん』 というレコードコレクターの男の子の漫画作者のかたが描いた、ポストカード・セットだった。

 かれ らしい贈り物に、思わず、笑ってしまった。

 せっかくプレゼントを持って、やって来てくれたのに、わたしは、blog の記事なんか書いていて ... と、申し訳ない気持ちになった。

 と、同時に、せっかくのたんじょうびなのに、なぜ、明日は会えないのだろう? という、ちょっとした怒りに似た気持ちも、ふつふつと沸きあがった。

 あとで、お礼のメールを返したけれど、とくに、それへの返事はなかった。

 そして、たんじょうびは、孤独に。 いつもと同じように、blog の記事を書いて、アップし、時間が流れて、日付が変わっていった。

 二、三日は、たんじょうびにも会ってくれない人なんて ... と、ちょっとすねてみせようかとも思ったけれど。

 結局、その週末には、いつものように、会って、いつものように、過ごした。

 ふと、気になった。

 わたしのたんじょうびになにをしていたか。 ではなくて。

 ここで、一度書いたのだけど、かれ は、七月の中旬くらいにお財布をなくし、そのときの全財産を失ってしまっていたのだ。

 まだお給料が入っていなかったはずなので、このプレゼントは、いったいどうしたのだろう? と思った。

 そう。 わたしは、プレゼントなど要らなかった。 ただ、そばにさえいてくれたら、それで良かったのに ... 。

 わたしは、思いきって、かれ にたずねてみた。

 「お金、だいじょうぶだったの?」 と。

 すると。 レコードを中古店に売った、という。

 レコードを ?!

 「なにを売ったの?」 と訊いたら、The Beatles の “Please Please Me” だという !

 なんてことだ。

 このアルバムは、The Beatles の記念すべきデヴュー・アルバム。 そして、かれ が持っていたのは、たしか、くわしくはよくわからないのだが、英国オリジナル盤だかなにかで、ファン垂涎の、コレクターズ・アイテムだったはず。 そして、かれ のたいせつな宝物だったはず。

 「なんで、そんなことするの?!」

 「金が一銭もなくなっちまったからよ、うちにあるレコードでいちばん金になりそうなやつを売っぱらったんだわ。 まあ、プレゼント代と、二、三日のメシ代くらいにはなったわ」

 ああ、どうして、そんなことをするのだろう。

 わたしのプレゼント代なんかと、二、三日の食事代のために、たいせつな、たいせつなレコードを売ってしまうなんて ... 。

 わたしが、ことばを失っていると、

 「いいんだよ。 プリーズ・プリーズ・ミーなんてさ、もう何百回って聞いてるから、モノがなくても、だいじょうぶなんだよ。 おれのココに、ぜんぶ、インプットされてるからさ」

 と言って、かれ は、じぶんのあたまを指差した。

 ・・・ 。

 よりによって、かれ がいちばん好きだという The Beatles の、そして、記念すべきファースト・アルバムを売らなくてもいいのに ... 。

 けれど、かれ は、だからこそいいのだ、という。

 あたまンなかで、いつだって、自由に再生できるんだから、レコードは、たんなるカタチでしかないのだ、と。

 好きな作品だからこそ、擦り切れるほど聴いている。

 だから、歌詞カードなんか見なくたって、ぜんぶソラで歌える。

 コードもぜんぶ憶えている。

 じぶんのこころのジューク・ボックスから、好きなときに、好きなだけ、再生オン。

 そこまで愛して、レコードを聴いてきた かれ。

 たんじょうびに会ってもらえなかったこと、それがいったいなんだろう。

 かれ、という人は、こんなすてきな人なのだ。

 にんげん ジューク・ボックス。

 きっと、かれ には、iPod は、いらないのだろう。






 BGM:
 Ramones ‘Do You Remember Rock'n Roll Radio?’

コメント (12)
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