カトリック情報 Catholics in Japan

スマホからアクセスの方は、画面やや下までスクロールし、「カテゴリ」からコンテンツを読んで下さい。目次として機能します。

6-9-2 蒼い狼の子孫

2023-07-18 04:52:55 | 世界史
『宋朝とモンゴル 世界の歴史6』社会思想社、1974年
9 草原の英雄
2 蒼い狼の子孫

 エスゲイに死なれて、テムジンたちの境遇は一変した。
 それまでエスゲイにしたがっていたタイチウト氏の人々が、テムジン一家をすてて、去ってしまったのである。
 エスゲイのもとにいた部衆も、タイチウトを追って移動した。
 たちまちにして、一家は窮乏のどんぞこにおちいってしまった。
 それでも、ホエルンは男まさりに生まれたので、おさない子供を養うに、しっかりと裾(すそ)をからげて、帯しめて、オノンの川を上へ下へと走りまわり、木の実をひろって、草の根をほって、昼夜の糧(かて)とした。
 子供たちもまた、母を養おうと話しあって、オノンの岸べにすわっては、片目や、かたわの魚をつった。
 あみを結んでは、小魚をすくった。
 モンゴリアのように、乾燥した草原に住む人々は、農耕をいとなむことはできない。
 そこで、馬や羊のような家畜をやしない、それらの家畜が食べる草をもとめて、あちこちに住居を移動しながら、生活をつづけてゆく。
 すなわち遊牧の生活である。
 家畜の群れが大きく、ひろい牧地を占めて、また召使の人の数が多ければ多いほど、その家は勢力がつよい、ということになろう。
 家畜の数もかぎられ、召し使う人もなく、本や草をあさって暮す生活などは、草原の民にとって、もっとも落ちぶれたものに違いない。
 しかし、ホエルンも、一家の人々も、心まで落ちぶれていたわけではなかった。
 子供たちを前にして、ホエルンはモンゴルの古老がつたえる話を例にひき、いましめとした。

 むかし、モンゴルにはアラン・ゴア(ゴア=美女)という気高い女性があった。
 夫との間に二人の子供を生んだのだが、夫がなくなって後、さらに三人の子供が生まれた。
 さきに生まれた二人は、母のことをうたがって、さまざまに言いかわした。
 それに気づいて母のアランは、ある春の一日、羊をにながら、五人の子供を並べてすわらせ、矢を一本ずつわたした。
 「折ってごらん。」
 五人はたちまち折ってしまった。こんどは五本の矢を一つにたばねて、わたした。
 「折ってごらん。」
 だれも折れなかった。そこで母なるアラン・ゴアは語りはじめた。
 「お父さまがなくなってから、三人の子供が生まれました。
 だれの子なのかと、疑うのも、もっとものこと。しかし、これには、わけがあるのです。
 夜ごとに、ひかる黄色のひとが、家の空窓(そらまど=帳幕の上部に開いている煙り出しの窓)から入ってきて、私のおなかをさすります。
 その光は、腹のうちまでとおるほど。
 出てゆくときは、日や月の光によって、黄色い犬のように、はって出るのです。
 こうしてみれば、この三人の子供は、天の光によって生まれたのですよ。
 天の御子(みこ)なのですよ。かるはずみなことを言っては、なりません。」
 そうしてアラン・ゴアは、五人の子供に教えをたれて、言うのだった。
 「みんな、五人とも、ひとつの腹から生まれたのだよ。あたかも五本の矢のようなもの。
 ひとりひとりでいるならば、一本ずつの矢のように、たやすく折られよう。
 束ねた矢のように、何ごともいっしょに力を合わせてゆけば、だれにもたやすく破られることはありますまい。」
 この光によって生まれた三人の兄弟のうち、末のボドンチャルが、テムジンたちの先祖なのであった。
 カブールも、アンパガイも、クトラも、そしてエスゲイも、みなボドンチャルの子孫なのである。
 祖先にまつわる輝かしい伝えは、エスゲイの残された子供たちを、ふるいたたせずにはおかなかった。

 さらにモンゴルには、もっと古い伝えもある。
 それはモンゴルの発祥を告げる話であった。
 「天から命をうけて生まれた蒼(あお)い狼(おおかみ)があった。
 白い鹿(しか)を妻とした。大きな湖を渡ってきた。オノン川の源のブルガン山に住みついて」モンゴル全体の先祖となった、という。
 してみれば、モンゴルの人々は、蒼い狼の血をうけている。
 さればこそ、父たるエスゲイのような勇猛な武将もあらわれたのだ。
 テムジンたちは、あらためて白分たちの血にめざめた。





最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。