主の御目はどこにでもあり、悪人と善人とを見張っている。 (旧約聖書、箴言15章3)
多くの日本人にとって、すっと入ってくる言葉ではないでしょうか。
日本には、むかしから「お天道さまが見ている」という言葉があります。
「だれの目がなくても、神様が見ているんだよ」
と解説してくれたおばあちゃんがいました。
そのような言葉は、子供の心にこた(堪)えたものです。
子供だって、小さな嘘をつく必要が、けっこうありますからね。
太陽が神と同義だったのか、太陽以上に偉大なものを見出せなかったのか、と
純朴に正直な人たちを責めるのは、酷かと思います。
たしかに、太陽は数えきれないいのちの元だと思えるのです。
しかし、その太陽さえも、お造りになった方(創造主)がいるということに、
人が気がついたのは、やはり、すごいことです。
お日様なら、夜はその目をごまかせそうですが、夜も昼も、物陰も心の中も、
見通す方がいる、
そのような方こそまことの神であると言うことに、だれが異議を唱えることができるでしょう。
ぶどうは美しくて、おいしくて、そのうえ・・・、遊ばせてくれます。感謝!