満開だった桜もひらひらと舞い散って青葉が目立ってくるようになりました。
気温も上昇
外に出ると汗ばむ季節になってきました
今日は長崎旅行の続きです。
早く書かないとどんどん忘れていくもんね~
門司港到着後
早朝うどんを食べて一気に熊本まで南下。
ここから再びフェリーで島原へ向かいます。
熊本⇔長崎間を45分でつなぎます。
お天気ヨシ
フェリーの待合所で買ったこちら御朱印じゃなくて「御船印」
¥300 日付は自分で記入します (後で書かなきゃ!!)
船内でフェリーカードももらえます。
船内の売店でカード下さい。と言ってもらいました。
こちらは船からの景色。
キラキラと海がキレイ
カモメが船に沿って飛んでいて、餌をあげてる人がいましたね。
船内で珈琲を飲んでゆっくりしてるとあっという間に長崎、多比良港へ到着~下船。
上陸して最初に目に入ったのがこの街灯でした。
サッカーボール型ですね~~
国見高校が近くにあって、サッカー有名ですもんね。 イケてる街灯でした
ドライブしながら立ち寄った「道の駅ひまわり」
こちらは雲仙普賢岳の土石流で被災した家屋保存公園が隣接されているので見学しました。
土石流で埋まった家屋がそのままの状態で保存されています。
当時、住人は事前に避難していたので人的被害はなかったという事で良かったけど、
山の上からものすごい勢いで流れてきて全てをあっという間に飲み込んでいく
当時の土石流の映像を思い出しました。
津波もそうだけど、一瞬で人々の暮らしの全てを破壊する自然の脅威! 恐ろしいです
ゆっくり見学した後、お土産を買ってそろそろお昼をという事で
島原城方面へ戻りました。
築城400年の島原城
松倉重政、築城の島原城は姫路城大天守と同じ五重天守をもつ立派なお城。
ただ、この島原城築城が島原の乱の原因になったと言われています。
4万石の領地しか持たない重政がこの城を作る為には莫大な資金と労力が必要で
そのしわ寄せが領民へのしかかり、不満がたまっていた所に大飢饉や厳しい年貢の取り立て、
キリシタンへの弾圧。酷い拷問も行われたそうです。
そんな領民達の不満が爆発して「島原の乱」が勃発
1637年 島原の乱 日本最大の一揆と言われている。 歴史で習いましたね
一揆を率いた総大将の天草四郎は16歳。すごいですよね。
対抗するも一揆軍は陥落、最後は斬首のうえさらし首。。。
たくさんの人がなくなった島原の乱
その後もさらにキリスト教弾圧は強まったという。知れば知るほど酷いっていうか
改めて、今の時代に生まれて良かった~って思います。
5階まで色々な展示物や資料を見ながら登って天守閣から島原市内を眺めました。
年貢も弾圧も争いもなく平和ですよね~
お昼は島原城が目の前のこちら「姫松屋本店」で
お客さんいっぱいの人気店。少し待ちました。
この日は暑かったけど、8割の人が注文するという「具雑煮」を注文
実は、お雑煮でしょって、あまり期待してなかったんだけど、これが美味しかった
お出汁が効いたおつゆの中に沢山の具材が入っていて色んな味が楽しめて美味しい。
小振りで柔らかいお餅も沢山入っていてこれだけで満足できる一品でした。
デザートに頼んだ「かんざらし」
黒糖の冷たいお汁に浸かった白玉 あっさり味の白玉だんごでした。
具雑煮食べ終わってからこの白玉出てくるまで随分待たされました
島原城を後にして仁田峠を抜けて雲仙地獄へ
ものすごい噴煙が立ち上っています。
硫黄臭もすごくて、息苦しい感じ
ぐるっと一周して帰ってきました。
温泉は良いんでしょうね~
この後は宿泊先の長崎へ~
続く