初めて投稿します。
一昨年、大同コレクション「京都からアフリカへ」の展示会を京都工芸繊維大学で開かれましたが、
たいへんな反響で、久しぶりに「大同マルタ染工」の名を聞き、私ども古いOBは感激しました。
あれから大学の先生方と繫がりが出き、何かと『捺染』のお話をいろいろするようになりました。
今年、年末ですが、別紙のとおり 12月7日(月)~12月18日(金) 10時~16治30分
「京都近代捺染産業の奇跡」 という展覧会が同じく京都工芸繊維大学で催されます。
ローラー彫刻が中心ですが、大同の久世さんの記録も参考にされ、大同のグリンワックスも展示されます。
ギャラリートークは12月12日(土)14.00~
大学の学食は安くて美味いですから、たまには展示会を見て、食事して、(ギャラリートークを聞くのも)
よいと思いご案内しました。 東山十条八十五
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<別紙>
各位
2015年11月吉日
京都工芸繊維大学
美術工芸資料館長 並木誠士
展覧会開催のご案内
拝啓 時下ますます0青祥のこととお慶び申し上げます。
平素より、本学および当館の活動に対しまして格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、このたび当館では、下記のとおり展覧会を開催いたしますので、ぜひともご覧くださいますよう
ご案内いたします。
敬具
記
展覧会 京都近代捺染産業の軌跡 一ローラー彫刻の祖武田周次郎とその後一
概 要 本展は、ローラー彫刻の祖・武田周次郎に関わる新出資料を手掛かりに、近代京都の機械
捺染産業に焦点をあて、ローラー彫刻業の軌跡を辿ろうとするものです。鉄工所の旋盤工と
して出発した武田周次郎(1877-1931)は、明治31年(189粉に機械捺染機を西洋から初めて
導入した堀川新二郎の工場で彫刻技術の研鑽を積み、大正5年(1910日本初の彫刻専門工場
を開設しました。ここから始まったローラー彫刻業の発展によって、新柄の彫刻を輸入に頼
っていた日本の機械捺染産業は独立し、流行に柔軟に対応した生産が可能となったのです。
展覧会では、これまで進めてきた機械捺染についての研究成果をまじえ、武田周次郎の彫
亥口い、大正期の武田商会、ヨーロッパ視察旅行などの資料を紹介します。
武田彫刻所からは、ローラー彫刻技術者が数多く育ち、全国で活躍しました。徳岡彫刻所、
京美彫亥り株式会社など、現在にまでその系譜は続いています。絣柄の機械捺染の黄金時代で
あった大正期、第二次世界大戦後アフリカまで輸出を拡大した1960年代、こうした日本の
経済を支えるまでに成長する捺染産業もローラーによるデザイン彫刻なしには語れません。
こうした基礎を築いたのが武田周次郎だったのです。
本展で、京都の一大産業となった機械捺染の原点に迫る資料を紹介することで、またひと
つ機械捺染の歴史の記録を増やしたいと思います。
会期 2015年12月7日(月)~ 12月18日(金)
主催 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
画 立命館大学アート・リサーチセンター 日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点
デジタル・アーカイブ手法を用いた近代染織資料の整理と活用プロジェクト 京都。大学ミュージアム連携
文部科学省 共同利用・共同研究拠点 立命館大学アート・リサーチセンター 日本文化資
源デジタル・アーカイブ研究拠点
日程、 祭日・日曜休館 10:00~ 17:00ひ、館は16:30まで)
京都工芸繊維大学美術工芸資料館(京都市左京区松ヶ崎)
市営地下鉄烏丸線「松ヶ崎」駅下車、 1番出口より徒歩約10分)
入場料 一般200円、大学生150円、高校生以下無料
元大同マルタ染工社長の中山久英さんが他界されました。
中山さんは去る10月9日94歳で永眠なされました。
中山さんは
大正11(1922)年 7月13日奈良県天理市(旧・丹波市町)生まれ(享年94歳)
昭和15(1940)年 奈良商業学校卒業
昭和17(1942)年 9月名古屋商業学校卒業
昭和17(1942)年 10月旧・東京商科大学(現・一橋大学)入学
昭和18(1943)年 学徒出陣(海軍第14期飛行予備学生)・マニラ勤務
昭和20(1945)年終戦・捕虜収容所へ
昭和21(1946)年復員・復学
昭和22(1947)年旧・東京商科大学(現・一橋大学)卒業
昭和23(1948)年東洋染色(株)入社・その後(S.24)東洋紡績(株)に吸収合併
昭和和53(1958)年同社常務取締役
昭和56(1981)年大同マルタ染工(株)顧問・翌年同社取締役社長・その後会長
平成4年(1990)年日本染色協会会長
中山さんは若い時からいろいろ御苦労なされ、最後の会社勤めも大同マルタの再建という全く予期もせぬ苦難と闘い、大変だったと思います。その様子は中山さんの著書「渇仰」・「返照」・「私の風景」に詳しく書かれております。
私たちは中山さんが大同マルタの中興の祖と心に刻んで欲しいと思います。それと同時に、折角中山さんが立て直した大同マルタを失ったことに心からお詫びをしなければならないと思います。
中山久英さんのご冥福を心よりお祈りいたします。 合掌
この稿 田中 頌でした。