【修士論文「民間企業の青年海外協力隊現職参加について-希望する社員への対応に関する一考察」(Copyright: 吉備国際大学大学院(通信制)連合国際協力研究科 国際協力専攻 学生番号:M931003 All rights reserved.)】
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読みづらい点ご了承ください。
第1章
1.研究の課題
青年海外協力隊事業には、勤務先のある有職者が退職しないで参加することのできる「現職参加」という制度がある 。民間企業の社員で勤務先を退職せずに協力隊活動に参加する隊員には例外なくこの制度が適用される。毎年100人近い民間企業の社員がこの制度の下で派遣され、帰国後はその企業に復職する。一方で、毎回、勤務先の企業からこの制度の適用を認められずに退職したり、無給休職で参加する例も継続している。
45年以上にわたる国家事業であり事業開始当初より現職参加の実績もある青年海外協力隊事業において未だにこのように企業の対応にばらつきがあるのはなぜか、またそれが容認されているのはなぜか。これが、本研究で解明したい課題であった。
2.研究の背景
青年海外協力隊事業は、技術協力による開発途上国の発展への貢献と友好親善、派遣される日本の青年育成を目的とする国家事業である。独立行政法人国際協力機構(Japan International Corporation Agency、以下JICA )により実施され、予算は日本政府の政府開発援助(Official Development Assistance, 以下ODA)である。1965年(昭和40年)に初代隊員が派遣されてから45年以上、3万5千人を超える隊員が派遣されている。隊員の平均年齢は27~28歳、訓練及び派遣は年4回実施され、現地での任期は通常2年である。
隊員の募集は年2回、20歳以上39歳 の日本国籍を持つ青年が広く一般から募集され、現在の職業の有無にかかわらず自由に応募できる。その中で、勤務先を退職しないで参加することを「現職参加」と呼び、これを実現できる制度が「現職参加制度」と呼ばれる。民間企業の社員で勤務先を退職せずに協力隊活動に参加する隊員にはこの制度が適用される。
協力隊事業開始当初より途上国からの要請を満たすのに必要な人材を質、量ともに確保することは、日本全国からの公募といえども無職の人からだけでは難しかった。しかし、終身雇用という日本の雇用環境の下で2年のボランティア活動への参加のために退職することは、有職者にとってはリスクが大きく、休職という形で退職しないで参加できることが望まれた。
これを解決するのが「現職参加」であり、「現職参加制度」であった。社員は勤務先を退職しないで協力隊活動に参加でき、企業は社員を失わずに社員の国際協力を支援することができる。国は企業で実務経験を積んだ、途上国の要請を満たす能力と技術を持った隊員を派遣することができ、その隊員の帰国後の就職先の心配もない。
現職参加者に対する民間企業のスタンスは、一般的に一定期間社外業務に従事するための休職を認可であり、協力隊活動に参加したいと手を挙げた社員に、自社の支援制度を適用して2年間の個人的なボランティア活動に従事するための休職を認めその後の復職を保証するという支援のスタンスである。この支援の根拠は、CSR (Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任、以下CSR)を果たすことであり、社員は企業のCSR上のステークホルダーのひとつである。社員の協力隊活動への現職参加を支援することが企業の基本的なスタンスであるが、青年海外協力隊事業の内容上、その支援が国家事業への協力、国際協力、国際貢献にもつながることになる。
一方で、協力隊への参加志願者が、所属先の企業から現職参加制度の適用を認められずに退職して参加する例、有給休職を可能にする協力隊事業の制度の適用が認められず無給休職で参加する例が継続しているなど現状は企業による対応の振れ幅が大きい。CSRの考え方は、消費者の購買行動に影響を及ぼすほど日本の一般社会にも浸透しており、企業でも自社の存続要件として看過できなくなっている。青年海外協力隊事業は歴史もあり、現職参加を支援するJICAの制度も比較的整い、その利用実績も多く、民間企業にとっては社員の多様性を認め自己実現を支援する意味でも無視できないCSRメニューのひとつである。この環境の中にありながら企業によって対応の差が存在し、それが許容されているのはなぜかという疑問が浮上し、本研究のテーマに至った。
3.研究の目的と意義
本研究は、青年海外協力隊事業への現職参加を希望する社員に対する民間企業の対応の現状を把握し、対応に至る理由を解析することにより今後の企業の対応について考える一助とすることを目的とする。
また、研究の意義としては、次項のように先行研究の調査の中で民間企業の視点からの青年海外協力隊への社員の現職参加派遣についての研究は見当たらなかったため、これまでの研究にこの視点を補うと考えられる。
4.先行研究について
先行研究の調査では、「青年海外協力隊」を題に含む論文は多数存在するが民間企業の現職参加という視点で取り上げた研究を見つけることはできなかった。青年海外協力隊に関する文献調査については、社団法人青年海外協力協会(Japan Overseas Cooperative Association, 以下JOCA)の受託を受けて実施された東京大学大学院総合文化研究科による調査で詳細に報告されている 。
国立情報学研究所CiNii論文検索サイトで検索語「青年海外協力隊」の検索では450件表示された が、本研究と同様の内容、「青年海外協力隊」「現職参加」「民間企業」の3つのキーワードをタイトルに含む論文を検索したところ該当する論文は表示されなかった。
450件の研究の内容は、青年海外協力隊事業内容の研究、青年海外協力隊隊員の活動内容やその効果に関する研究、活動中の隊員の状態について異文化適応、メンタル面やストレスについての研究、隊員の帰国後についてのキャリアパス、日本再適応、社会還元に関する研究等であった。
「青年海外協力隊」「民間企業」で検索すると、いくつかの論文が表示されたが、内容は青年海外協力隊の民間企業の社員の現職参加についてではなく、民間企業が青年海外協力隊員と連携して行った事業等についての研究や論文であった。「青年海外協力隊」に「現職参加」という検索語を加え表示された論文は、「現職参加」の対象である公務員、教員と民間企業のうち教員への現職参加制度導入に関する論文だった。このうち、文部科学省のプロジェクトでの斉藤泰雄の報告 は、研究を開始した当時、資料を暗中模索していた中で最初に現職参加についての歴史や考えかたの糸口となった報告書でその後も研究の基本としてたびたび参照し非常に参考になった。
範囲を広げインターネットの通常検索を行った。「青年海外協力隊」「現職参加」「民間企業」の3語に加え、「論文」という検索後を追加して検索を行った結果 、1件本研究と非常に類似している題を含む修士論文が存在したが非公開であったため参照できていない 。また、現職参加自体を扱った研究ではないが、次の2つの論文が非常に参考になった。1つは岡部恵子の修士学位論文 で、第2章「青年海外協力隊の変容」部分は協力隊事業の開始に先立つアメリカ平和部隊の創設から協力隊事業の開始、その後の変容について体系だって詳細に述べられており、協力隊事業の基礎概念や変化の流れを理解する上で非常に参考になった。もう1つは堀江新子の博士論文 で、3つの点で非常に参考になった。1つは他国との比較等興味深いデータも交えて詳細に述べられていた青年海外協力隊事業の概要の把握、2つ目は、筆者が一旦断念した青年海外協力隊隊員報告書を隊員活動の重要な情報源として収集し、丁寧に読み込み分析、解析して結論に至っていること、そして3つ目は、筆者が研究を始めてから、初めて現職参加について否定的な意見の所在 の情報を示していた資料であったことである。斉藤の報告を含め、研究開始当初にこれら3本の報告書や論文に出会い、手がかりとなって資料収集も広がっていった。
以上のように、先行研究の調査では本研究の扱う青年海外協力隊への現職参加について民間企業の対応という視点での研究は見当たらなかったため、本研究は、青年海外協力隊事業が国家予算であるODAによって実施されている公共事業であることから、この事業についての記録や評価といった公開された資料の存在が予想され、次の方法でこれらの情報収集に基づく論考を試みることとした。
5.研究の方法
本研究にあたっては、青年海外協力隊事業に関連して公表、開示されている誰でもアクセスが可能である情報、資料、データを基本として収集し、これに基づいて考察を行った。これらの情報源は、青年海外協力隊が政府のODA予算によって実施されている公共事業であることからその公共性を考慮し、客観性、中立性、公平性、公正性、透明性のある情報を取得するよう配慮した。
主な情報源として、青年海外協力隊事業についてはJICA(国際協力機構)や協力隊の支援団体、政府関係から開示されている資料や調査研究から、民間企業については、経済団体連合会(以下、経団連)や経済同友会(以下、同友会)等の資料から収集した 。公開されているデータが古い場合、該当団体に直接問合せをして更新されたデータを入手したものもある。更新されたデータが入手できなかったものについては、入手できた範囲で最新のものを利用し、データの期日を明記した。また、協力隊活動における具体的な内容等は、公開、公刊されている資料のほか、青年海外協力隊隊員に配布される資料等を参照したものもある。これらの資料を利用する際には、内容に大きな変更がないかJICAに問合せをし、変更がある部分は内容を更新して利用した。
情報管理については細心の注意と配慮を行う。企業や個人から得た情報で非公開情報の場合は個人、企業が特定されないよう配慮する。書き起こしたデータの管理も、外部へ漏洩することのないよう情報管理には細心の注意を払い、個人の同意を得て保持する資料以外は研究の終了後に完全に滅却する。また、筆者は青年海外協力隊OGであるため、2011年11月に青年海外協力隊事務局と電子メールのやりとりにより「青年海外協力隊隊員の派遣に関する合意書」第7条(禁止行為)規定に基づき必要な届出等手続きについて青年海外協力隊事務局に確認したところ、活動期間を終えている元隊員の修士論文提出についての届出は不要であるが、本文の中でJICAの資料を使用する際は出典を明記すること、また、個人が特定される記述で現在活動中の隊員の情報を記載する場合には、隊員自身が所轄の在外事務所に届出を出して承認を得る必要があるとの回答であった。これら留意点に従って適切な情報管理を行うにあたり、本論中、出典が複数にわたる数点の図表については、脚注ではなく巻末に図表出典を添付した。
6.本論文の構成
本論文は、5章から構成される。
第1章では、研究の課題、研究の背景、先行研究調査の状況、研究の方法、目的と意義、論文の構成を記述し、本研究の枠組みを提示した。
本論第2章は「民間企業からの現職参加状況」として、青年海外協力隊への民間企業からの現職参加について、派遣実績や企業の制度整備状況等から企業の対応の現状を把握する。
第3章「企業が支援する理由」では、民間企業が現職参加を支援する理由を主にCSRの観点から考察する。企業は一般的に、青年海外協力隊事業への社員の現職参加については、社員というステークホルダーの自己実現への支援というスタンスである。が実際は、青年海外協力隊事業は国家事業であり、その協力先が途上国であることから、国家や途上国、国際社会というステークホルダーへの責任も果たすことになる。企業の支援によってこれらそれぞれのステークホルダーにもたらされるものを確認し、この支援によって企業がどのようなCSRを果たしているかを検証した。また、事例からこの支援によって企業自身にもたらされる果実も考察した。
第4章「支援を見送る理由」では、第3章で見たようにCSRが企業の存続要件と言われるほどの社会的要請の中で、民間企業が青年海外協力隊への社員の現職参加の支援を見送るという決断をする企業側の理由を考察する。社員の現職参加を支援することによって生じる企業の負担やリスク、企業への影響、その他の要因等からの考察である。
第5章「結論」では、以上の民間企業の青年海外協力隊事業への社員の現職参加支援の現状とその現状が容認されている理由について解析、検証、考察の結論を述べる。また今後について、青年海外協力隊事業の新しい動きに言及し、本研究を総括する。
巻末には、文献リストのほか、図表出典、資料を添付した。
注)<すみません、脚注の掲載は編集中です 2013/1/27現在>
1) 添付資料1「現職参加とは?」参考
2) 「JICA」の略称が使われるようになったのは、1974年(昭和49年)以降であるが、本文中はそれ以前もJICAと表記した。添付資料2「JICAの変遷(青年海外協力隊関連)」参考
3) 募集〆切日の満年齢
4) 東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム(2009)『国際協力における海外ボランティア活動の有効性の検証』青年海外協力隊(JOCA)受託調査研究報告書2007年-2009年,東京大学大学院総合文化研究科 (2012年12月10日取得, http://www.joca.or.jp/upload/item/43/File/report01.pdf).
5) (2011年12月4日再度取得, http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E9%9D%92%E5%B9%B4%E6%B5%B7%E5%A4%96%E5%8D%94%E5%8A%9B%E9%9A%8A&range=0&count=20&sortorder=1&type=0).
6) 斉藤泰雄(2009)「青年海外協力隊『現職教員特別参加制度』の成立経緯と制度的特色」文部科学省平成21年度国際開発協力サポートセンタープロジェクト「青年海外協力隊『現職教員特別参加制度』による派遣教員の社会貢献と組織的支援・活用の可能性」第Ⅰ部第二章。
7) 2370件表示(2011年12月4日再度取得, http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4ADBS_jaYE318YE336&q=%e9%9d%92%e5%b9%b4%e6%b5%b7%e5%a4%96%e5%8d%94%e5%8a%9b%e9%9a%8a%e3%80%80%e6%b0%91%e9%96%93%e4%bc%81%e6%a5%ad%e3%80%80%e7%8f%be%e8%81%b7%e5%8f%82%e5%8a%a0%e3%80%80%e8%ab%96%e6%96%87).
8) 立教大学大学院修士論文(筆者名非公表、表題のみ)(2008)『民間企業社員の青年海外協力隊現職参加における現状と課題』(2011年12月3日取得, http://www.rikkyo.ac.jp/grad/i-c/program02.html#s08).
9) 岡部恵子(2006)「青年海外協力隊帰国後のキャリア形成―国際協力人材情報の共有にむけて」, 東京大学大学院総合文化研究所 超域文化科学専攻(文化人類学分野)「人間の安全保障」プログラム2006年度修士論文
10) 堀江新子(2008)「青年海外協力隊の国際協力活動に関する研究」, 山口大学大学院東アジア研究科 平成20年度博士論文
11) 添付資料6「経済団体概要」参考