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2010年1月帰国、イエメン、青少年活動隊員より

ホストマザー

2015-07-18 | Weblog

ホストマザーのことを記録しておきたい。個人情報大丈夫?の心配については、彼女はここに彼女の個人情報がアップされたからといって特に気にしないか、喜んでくれるぐらいだと思うので大丈夫、ということにしておこう。

サンフランシスコで3か月ホームステイしたときのホストマザー、ジョイ。昭和9年生まれ、今は独身。2013年に日本を訪れた際にきいた彼女の結婚後の人生の話がずっとメモのまま机の上に置いてあり、どうやって記録に残そうかを考えていた。短編でも書こうかと思っていたが、いつまでたっても書ける気がしないので、3連休、のんびりしている間にここに記録しようと思う。

・・・ 高校を出て結婚、相手は中学の同級生だった。ミシガン州立大学にアクセプトされていたが回答期限8月1日まで、結婚は7月19日、大学へは行かなかった。

21年間の結婚生活で4人の子宝に恵まれたが、結婚相手はディクテーター(独裁者)だった。ある日頬をはたかれた(びんた)。そして16か月後、もう一度はたかれた。40歳のとき。「You should have killed me」(はたくぐらいなら殺すべきだった)、といって離婚した。

2回目の結婚は4年デートしたあと4年間結婚した。フロリダの私立学校で夫と時間差で働き、長女の誕生日に家族6人で26日間のカリフォルニア旅行をした。

メモは以上。どうももっといろいろきいたような気がするので、もしかしたらメモはもう1枚ぐらいあったのかもしれない。

ホストマザーはサンフランシスコの借家で学生相手のホストファミリー(といっても彼女一人)や、近所の知り合いのうちのそうじなどでお金を貯め、今は年金でトルコに移住した。KASという、地中海西岸の美しい田舎町、家も買ったそうだ。年中旅行に出ていたが、最近はうちがあまりに大好きで快適なので旅行も減ったと言っている。

彼女が2013年に訪日した折、今年2015年に彼女にトルコに会いに行く約束をした。約束を果たすべくトルコ行きの航空券は手配したが、彼女には会えないことになりそうだ。KASまでバスで10時間近くかかるとのことで、中東近辺の不穏な動きの中、一人でバス10時間は私には無謀だ。航空券のキャンセルは前日まで3万円払えば可能だが、せっかくとったので行こうという気になっている。飛行機は大好きで乗れるのはうれしい。久しぶりの長時間フライトだ。

行くとなればホテルの手配もしなくてはならず、現地では観光もしないでホテルでのんびりしてもよいと思うぐらいだが、さすがに1つか2つは観光名所へも行って来ようという気になりはじめている。アヤソフィア、ブルーモスク、アジア側、旧市街、新市街、スーク(市場)、1ヶ月前にはまったく関心のなかった名詞が生活の中に出現しはじめた。とても自分で調べて行くほどの気力はないので現地では半日、一日観光ツアーに参加しようと考えている。